現実のざわめきの中で、リアの記憶は、堰を切ったように溢れ出した。
イファを抱えるリアを、セリオを前に、軍の兵士たちが取り囲む。
コアによって封印されていた記憶が、嵐のように彼女を貫く。
焼けつくような痛みが胸を裂き、
息ができないほどの哀しみが、全身を締めつけていた。
思い出せなかった声、忘れていたはずの光景。
それらは、確かにリアの中にあったものだった。
サンティスに救われ、生きることを学び、
セリオに囚われ、感情と記憶を削られていった、あの時間。
忘れていた空白の三年間。
そのすべてを受け止めるには、あまりに脆かった心を、
あのときこの光が守ったのかもしれない。
記憶を封じ、感情を眠らせ、ただ生き延びさせるために。
けれど今、リアはそれを取り戻した。
そして、たったひとりで耐え続けた、あの時の全てを身体は覚えていた。
痛い。苦しい。
そのときだった。
「……リア……」
かすかな声が、届いた。
そっと、風のように触れる。
懐かしく、あたたかい声。
「……だい…じょうぶ…? …リア……」
優しいその声が、崩れかけた世界に輪郭を戻してくれた。
リアは目を見開いた。
自分の腕の中にいるイファは、微かに笑った。
今にも消えてしまいそうなほど弱々しく、けれど、それは確かに生きているイファの微笑みだった。
ほんのついさっきまで、彼は死のふちにいたはずだった。
胸を深く撃たれ、血に染まっていた。
それなのに。
リアは、自分の胸元に残るたしかな熱を感じる。
震える指先が、そっと彼の頬に触れる。
「……イファ……」
白銀の光が揺れる瞳から、ひとすじの涙がこぼれた。
それは静かに、彼の胸元へと落ちていく。
私の声が届いて、彼が返してくれた。
私の想いを、彼がつないでくれた。
やっと掴んだ、大切なもの。
誰のものでもない。
私は、兵器なんかじゃない。
感情が溢れ出す。
今この瞬間に、確かに生まれている想い。
その光景を見つめながら、セリオは一歩、光の外縁に近づき、吐息のように、低く呟いた。
「……私の計算では、リアに足りないのは悲しみや怒りの感情だ。つまり、リアが君を失えば、完全に覚醒すると踏んでいた」
リアは顔を上げる。
セリオの目は、青白い光に照らされながらも、冷たく揺るぎなかった。
「でもまさか、君のルクシミウム・コアの力で、生かすことまでできるとはな……さすがの私でも計算外だよ」
まるで観察対象に感心するような、静かな声色。
リアは、イファの温もりを抱いたまま、ただ睨み返す。
まるでその光こそが答えだと言うように。
セリオの眼差しには、警戒と期待が入り混じる。
「……セリオ」
リアは、ゆっくりとその名を呼んだ。
声は穏やかだった。
けれど、そこには強い思いがあった。
「あなたが見たかったもの……それは、私の暴走じゃない。私が……私自身が選ぶ、未来」
セリオの目が、わずかに揺れた。
「だって、あなたが二年の歳月をかけても、たどり着けなかった……それが、答え。あなたには、ルクシミウムを起動することはできない」
セリオはゆっくりと目を伏せる。
再び開いた時には、冷たい理性に覆い隠されていた。
「……記憶が戻ったのか……?」
リアは答えなかった。
ただ、静かにイファへ視線を落とし、彼の胸に手を当てる。
鼓動を感じた。
それは、紛れもなく、生きている証だった。
セリオは、ふっと小さく笑う。
「なるほど……面白い! ルクシミウムは記憶や感情を“消費”して力を生む……だが、逆も然りか……。その力を使えば、その分だけ内包された記憶や感情が“戻る”んだ! 完全な相互変換……思い出すことも、忘れることも、この光の中では、等価なんだっ!」
高く笑ったセリオを、リアは目を細めて、ただ見つめていた。
彼は、髪をかき揚げ、大きく息を吐いた。
「……それで、お前は、何を選ぶ? 覚醒寸前のお前に、選べる未来があるのか?」
光が瞬くリアの瞳は、ゆっくりと瞬き、再びセリオを捉えた。
「まだ……足りないの」
「何がだ?」
「サンティス博士が、私に残した最後の手がかり」
リアの瞳が、ふっと遠くを見つめた。
「黒い端末……私の部屋にあった。今だから、思い出せる。あの中に、私の全てがある……」
──私のすべてを、選べるようになる。
「セリオ。私は、あなたの兵器じゃない」
リアは、セリオの瞳を見つめて言う。
「私は、自分で答えを見つける」
「……お前の言う“答え”が、私の想像を超えるものかどうか……」
セリオは、少し沈黙した。
軍の包囲は、依然として厳重だったが、
彼は、そっと手をあげ、周囲の兵士たちに一歩退くよう合図を送る。
「見せてみろ。私が創り出した可能性の、その結末を」
リアは、そっとイファの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
まだ彼の身体は重かったが、彼の目はしっかりとリアを見つめ返していた。
ふたりで歩き出す。
ルクシミウムの光がまだ残るこの広場を、静かに抜けていく。
その背に、セリオの視線が注がれていた。
「……私は、見届ける」
彼は誰にともなく呟く。
「世界が神の光に震える姿を……それが希望か絶望かを知るために。この道を選ばせたのは……私だ……」
光と影が交錯する、静かなノアレの広場。
冷たい空気の中、リアとイファはゆっくりと並んで歩き出す。
彼女の部屋──記憶の最奥にある、最後の扉へと向かって。
