それでも、この世界で、光を



地上では、季節がいくつ巡っただろうか。

研究所の主制御室で、セリオがひとり、データを眺めていた。


「……やはり限界がある。このままでは、コアの真価は引き出せない」

彼はゆっくりと立ち上がる。

「……君のルクシミウム・コアに、私自身が直接、同調を試みる」

それは、これまで禁じられてきた行為だった。
人の感情や記憶と直結するコアに、生身で接触することは、禁忌だった。

だが、セリオはその禁忌に触れてようとした。

「コアの中心を見なければ、本当の制御はできない。あの男……サンティスが恐れて逃げた領域に、私は踏み込む」

彼の声には確かな確信と、狂気が混じっていた。

リアは、わずかに眉を寄せた。
胸の奥がざわめく。

サンティスがいつか言っていた。


『ルクシミウムの力は、君の心そのものだ。暴かせてはいけない。誰にも』と。


「始める」

セリオは装置をリアの胸に装着した。
リアを一人部屋に残すと、セリオは分厚いガラスで隔てられた隣の部屋から装置のスイッチを押した。
ルクシミウム・コアがわずかに脈を打ち、淡い光が漏れる。

そして、次の瞬間、すべてが狂い始めた。


暴走音。警報。歪む空気。
リアの身体が、熱に包まれて浮かび上がる。

コアから伸びた光が、制御装置を一瞬にして焼き切った。

「……なに……っ!?」

セリオが叫ぶと同時に、火花が散る。
空間が波打ち、重力が狂ったかのように壁が軋む。

リアは声を上げなかった。
ただ、胸の奥が、強烈な熱に引き裂かれていた。

目を閉じて見えるのは、あたたかい日々。


パンケーキの香りに、焦げたバターの味。

サンティスの笑顔。

初めて、生きていてくれてありがとうと言われたこと。


それらが、次々と溶けていく。

ルクシミウムが、それをすべて吸い上げていく。

記憶と、感情と、想い。

その全てが、白く、眩い光に変わって、コアの中に、封じ込められた。



その瞬間、爆風が研究棟を突き破った。
リアの身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

天井が落ち、あちこちで火花が散り、兵士たちの声が遠ざかる。

そして、リアは身体中の痛みに耐えながら、走っていた。

とにかく、前へ。

すべてを失ったその瞬間、
リアの耳元で、誰かが、

「生きるんだ」

と、たしかに、ささやいた気がした。
手を引いてくれた気がした。

その祈りのような声が、彼女の足を動かした。
白い瓦礫の中を這い、炎の熱を背に。


初めて見る外の世界は暗く、どこへ向かえばいいのかも分からない。
身体の痛みの理由も、もう今のリアにはわからなかった。

けれど、確かに胸の奥で、小さな声が響いていた。

──逃げるんだ。
──生きろ。

それは、誰かの声。
誰かが、本当に大切にしてくれた気がする。

そんな、遠い記憶。



木々が風に揺れる、深い森。
雨に濡れ、冷たい空気に震えながら、リアは、それでも前へ進んでいた。

息を切らしながら、遠くへ。
空のある場所へ。
風の吹く場所へ。

あの人の祈りが届く場所へ。

夜の闇が、ゆっくりとほどけていく。
木々の隙間から、朝の光が差しはじめていた。

白んだ空が、静かに世界の輪郭を照らしていく。

森に射し込む光が、彼女の銀色の髪に触れた。


その瞬間、視界がぐらりと歪み、リアはその場に倒れ込んだ。

やわらかな落ち葉が、衝撃を受け止める。

静かな深い森。朝露で湿った土の匂い。
鳥の声が遠くで響き、木々の葉が風に揺れる。


彼女はそこにいた。
記憶も、感情も、何も持たずに。


遠く、誰かの足音が近づいてくる。


リアは、そこで、一人の少年に出会う。



それが、すべての始まりだった。