それでも、この世界で、光を



満月が沈んだ頃、闇の中で、研究所の天井に、かすかな振動が走った。
嫌な予感が、研究所の空気を凍らせた。

最初に気づいたのは、サンティスだった。
研究室の管理用のモニターに、小さく、けれど確かな反応があった。

「……ついに、来たか」

呟いたその声には、どこか諦めに似た響きがあった。


何度も想像していた。

いずれ彼らはこの場所を突き止め、そして、リアを取り戻しに来るだろうと。
だが、いざその瞬間を迎えると、
不安と恐怖が否応なく彼の胸に押しよせてきた。


その直後、研究所の入り口が轟音とともに破られた。


黒い装備の兵士たちが、機械のようにサンティスの部屋へ侵入してくる。

サンティスの手には何の武器もない。
あるのは、ただ、その信念だけだった。

「久しぶりだね……セリオ」

兵士たちの中から姿を現したのは、かつての弟子。
セリオ・ヴァイスだった。

その姿は、今や国家の正義を背負う存在として、軍とともにあった。

「こんなところに身を隠して……とんだ実験の邪魔が入ったものですよ」

大袈裟にため息を吐き、セリオは続ける。

「まさか、ルクシミウムに汚染されたノアレの地下に隠れているなんて思いもしませんでした。居場所を突き止めるのに一年もかかってしまった」

セリオの言葉に、サンティスはゆっくりと問いかけた。

「君が信じるものは、今でも変わらないか?」

セリオはひとつ、冷笑を浮かべた。

「……いつになっても世界は残酷だ。信じるだけじゃ何も変わらない」

その言葉に、サンティスは俯いて言った。

「セリオ……本当に可哀想な、私の弟子よ……いつかきっとわかってくれると思っていた」

「綺麗事ばかり並べたあなたの偶像をですか? ……ルクシミウムは神の力。あれは、世界を救える!」

セリオの言葉に、サンティスは、低く言葉を紡いだ。

「私が見ていたのは人間だ。兵器ではない。彼女の命を、心を……君はまだ、わからないのか」

「人間? 笑わせる。あなたが感情だの奇跡だのにこだわった結果、どれだけの可能性が失われたか……」

「可能性か……。それは、破壊だ……」

「いや、世界を守るための力だ。あなたの情は、いつも足を引っ張った。だから、こうして……切り捨てられる」


次の瞬間だった。

軍のひとりが放った銃声。
蛍光灯の冷たい光の中に、鮮やかな赤が咲いた。

サンティスの身体が、ゆっくりと傾く。
それでも彼の目は、決してセリオから逸れなかった。

「……正しさは、力で証明するものじゃない……セリオ……お前も、いつか……その呪縛から、自由になれる時が来るだろう……」

その言葉とともに、彼の身体は床に崩れ落ちた。

セリオは、しばし無言でその姿を見下ろしていた。
静かに歩み寄り、血に濡れた記録端末を拾い上げる。

「……本当に、愚かな人だ」

そう呟いた彼の声に、怒りも悲しみもなかった。
ただ、空虚な響きだけが残っていた。

だが──ふと、セリオの背後で、空気が揺れた。
白い寝衣をまとった少女が、そこに立っていた。

ゆっくりと、崩れ落ちたサンティスのもとへ近づいていく。
セリオには見向きもせず、まるで夢の中を歩くように。

セリオの眉が、かすかに動いた。
だが、それ以上の言葉はなく、ただじっと彼女を見つめていた。


リアは、赤く染まったサンティスの隣にしゃがみこむ。
その手が、血に濡れた服を握りしめた。
小さく、ふるえる声が落ちた。

「……どうして……?」

リアがこの世界で最初に触れた優しさ。
最初にかけられた、言葉。
そして、柔く呼ばれた自分の名。

胸の奥で、何かが崩れた。
崩れて、溢れ出した。

リアの瞳に、ひと筋の涙が伝う。
サンティスの頬に、そっと落ちたその雫は、
あまりにも静かで、あまりにも美しかった。


そして彼女の瞳に、ふたたび青白い光が灯った。