それでも、この世界で、光を

季節はひとつ、またひとつと移ろっていった。

研究所の朝は、いつも静かだった。
地下にあるその場所には太陽の光が届かず、壁の時計が唯一、時の流れを知らせていた。


無機質な空間の中で、リアは今日もゆっくりと目を覚ます。
白い寝台、整えられた毛布、清潔な部屋。

けれど、心の中は何も変わらない。
胸の奥に空洞があって、それが何なのかもわからない。

「おはよう、リア」

部屋の扉が開き、サンティスが顔を覗かせる。
淡い笑みを浮かべたその表情は、いつもどこか痛々しかった。

「今日は……朝食にパンケーキを焼いてみたんだ。少し焦がしちゃったけどね」

リアは何も言わず、ゆっくりと身を起こす。
感情は、波立たないままだ。

食卓には、ふたり分の皿が並んでいた。
焦げ目のついたパンケーキに、溶けかけたバターとメープルシロップが垂れている。

リアはナイフを持ち、無言で食べ始める。
その姿を、サンティスはそっと見守っていた。

彼は毎日、同じように声をかけ、食事を用意し、短い会話を試みた。


リアが感情を取り戻せる日を、ただ、信じて。



サンティスはリアがコアと共鳴できるように毎日研究を重ねた。

「落ち着いて。ゆっくり、息をして……リア、君の心を見つめるんだ」

研究室の中心で、リアは両手を胸に当て、薄く震えていた。
その胸の奥、ルクシミウム・コアが、強く脈動している。

まるで彼女の感情に呼応するように、時折、淡く光が脈を打つ。

「大丈夫。私はそばにいる。リア、君はひとりじゃない」

サンティスの言葉をきいても、コアは強く脈動し、リアの体から光があふれた。

「だめ……わたし、また、壊してしまう……」

空気が震え、周囲にある計測機器が一斉に軋みを上げる。

「──リア、とめなさい! ここまでにしよう!」

だが、もう遅かった。
彼女の背後の壁がバチバチと音を立て、次の瞬間、光の奔流が爆発的に走った。

「っ……く……!」

サンティスはすぐにリアの周囲に防御フィールドを展開し、彼女のエネルギーから周囲を守った。
しかし、床が砕け、壁面がひび割れていく。

リアは胸を押さえ、膝をついた。
目から涙が溢れ、止まらない。

サンティスはゆっくりとリアに近づき、背後からそっと抱きしめた。
その腕から伝わるぬくもりに、リアの光は、波が引くように沈んでいった。

「まだ、完全に共鳴できていない……でもいつか、本当に君の心となる時がくる」

リアの胸の奥で脈打つそれは、まだ熱を持っていた。

「リア……大丈夫だ。感情は、命と共にある。ゆっくりでいい。君のペースで、自分の人生を歩みなさい」

サンティスは、リアの肩に手を添え、優しく言った。



その夜、サンティスはリアに一冊の記録端末を差し出した。

「……リア。これは、君に託しておきたいものだ」

リアはそれを見つめる。
黒く、重そうな外装。
手に取ると、微かなぬくもりが指に伝わった。

「生きていれば、必ず決断しなければならない時がくる。その時に見るんだ。……私が、何を思って、君に何を願っていたのか。その全てを、ここに残した」

サンティスの目には、言葉にできない悲しみがあった。

「君が感情を持たないまま生きることが、どれだけ苦しいか、私は知っている。それでも、私は信じている。いつか君が、君自身の心で笑い、誰かのために涙を流し、そして……大切な人を想える日が来ると」

リアは黙って頷く。
言葉にはならない。

でも、その手は、そっと端末を抱き締めた。



その夜、サンティスはリアの部屋を訪れた。
眠るリアの中で脈打つルクシミウムは、反応も穏やかで、彼女の呼吸も安らかだった。

「……リア、私は君を信じている」

そう呟くと、サンティスは彼女の額にそっと手を添える。
名残惜しそうに、優しく撫でた。

「君には……これからも、強く、優しく、生きてほしいんだ。私のような愚かな者の代わりに」

そして彼はそっと、扉を閉めた。