何日が経ったのか、もう分からなかった。
白い部屋。
白い天井。
機械の音。
誰の感情もない声。
自分の声も、感覚も、どこか遠くに置いてきたまま。
リアは、ただ生かされていた。
その日も、いつもと変わらぬ実験の日々が続くと思っていた。
小さな部屋の片隅で、リアは膝を抱えて座っていた。
実験の開始時間になるまで待つよう言われたのだった。
そこに、小さな靴の音が届いた。
振り向かずとも、その音だけで誰かが分かった。
彼女の記憶の中で、たった一人、違う温度を持つ人間。
サンティスだった。
彼は、少し痩せたように見えた。
長くのびた白衣の裾を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。
目の下には相変わらず濃い影。
けれどその瞳には、決して消えない意志の光があった。
「リア」
名を呼ばれたのは、どれくらいぶりだっただろう。
サンティスはしゃがみ込み、彼女と視線の高さを合わせた。
彼女の身体中の傷を見て、サンティスは顔を歪ませた。
「……準備が遅くなってしまって、本当にすまない」
声は少しかすれていた。
リアは、黙って彼を見上げた。
「行こう。ここを出るんだ」
「……?」
「君には、生きる資格がある。誰がなんと言おうと、私はそう思う。君が何も知らなくても、記憶や感情をなくしていても……それでも君は、ここにいる。今も、ちゃんと生きている」
リアの瞳が、わずかに揺れた。
「リア。君は一人の人間だ。実験体でも、兵器でもない。痛みに耐えるために生まれてきたわけじゃない。君は、君らしく、生きていいんだ」
声が震えていた。
それでも、サンティスの目はまっすぐだった。
リアは、少しだけ俯いて、胸に手を当てた。
そこには、かすかに脈打つコアの音。
不思議と、その音は、
目の前のこの人といる時だけ、ほんの少し静かになる気がした。
この力に、運命に、抗ってもいいのだろうか。
リアはサンティスを見つめて、小さく、こくりと頷いた。
「ありがとう、リア」
彼は、そっとリアの手を握った。
「さあ、行こう。ここから、遠くへ。誰も君を傷つけない場所へ」
リアは立ち上がる。
足は少し震えていたけれど、その目はまっすぐだった。
彼女の足音が、はじめて、自分の意思で踏み出した音を刻んだ。
そしてふたりは、アルファ・コアの研究棟を抜けて、古い搬送路を使い、外へ出た。
向かう先は、ノアレ。
あのルクシミウムの事故で廃墟と化した町の、さらに地下深くに隠された、もうひとつの研究所。
シェルハイム研究所。
静かに、その扉が開かれた瞬間、リアの新たな日々が始まった。
