それでも、この世界で、光を

リアの体に、まばゆい光と共に流れてくる過去の記憶──


どこかで、ぽたりと水滴が落ちるような音がした。


それが現実なのか、
夢なのか、
わからなかった。


まぶたが重い。

呼吸のしかたを忘れてしまったかのように、
全身が水の底に沈んでいるかのように、
身体は言うことを聞かない。

それでも。

「……リア」

低く、優しい男の声が、遠くから呼びかけてきた。

「……聞こえるかい?」

生きるために、呼吸をひとつ。

胸の奥で、かすかに不思議な音がした。
やがて、ゆっくりと、瞼が持ち上がっていく。
滲んだ光の中で、最初に見えたのは、ぼやけた白い天井だった。

「……あ……」

喉が、からからに乾いていた。
声が出せない。

身体を動かそうとしても、突き刺すような痛みが全身を走り、目線を動かすので精一杯だった。

視界の端で、何かが揺れる。

白衣。
その影がゆっくりとこちらに近づいてくる。
椅子のきしむ音。

そして、目の前に現れたのは、やせた頬と、深く刻まれた疲れの面影を持つ中年の男だった。

「……意識が戻ったんだね」

その言葉とともに、リアの額にそっと触れた手は、どこかぎこちなく、それでも、たしかに温かかった。

「大丈夫だ。もう、何も君を傷つけたりはしない」

リアの視線が、ようやく彼の顔をとらえた。
だが見知らぬその人の名は、どれだけ探しても浮かんでこなかった。

「……ここ……は……」

それだけで精いっぱいだった。
自分の声が、まるで他人のもののように遠い。

男はほんの少し、眉尻を下げて言った。

「ここは、アルメリアという街にある研究所だ。アルファ・コア研究所という」

リアは微かに眉をひそめる。
言葉の意味が頭に入ってこない。
けれど、男の声だけが、不思議なほど静かに心に届いた。

「君は……ノアレという町で、命を落としかけていたんだ」

その言葉に、リアの瞳が小さく揺れる。


ノアレ。


その名に、心のどこかが微かに反応するような、そんな感覚だった。


「私は……サンティスという。君の命を繋いだ。……ルクシミウムを使って」

彼の声は淡々としていた。
だがその奥に、言葉にならない痛みがにじんでいた。

「でも……その代償に、君がこれまで生きてきた証を、奪ってしまった……」

リアはまた、男を見た。
証。
それが何を指しているのか、わからなかった。

「……記憶と、感情だ」

まるで罪を告白するように、男は言った。

「……君の中にかすかに灯っていた命の火を、私はどうにか繋ぎとめた。でも……それには、君の記憶と感情を……エネルギーとして差し出さねばならなかったんだ」

リアは淡々と聞いていた。

「……私は、それが正しかったのか、今でも分からない。けれど……」

男は言葉を切り、顔を伏せる。
肩がほんの僅かに震えているように見えた。

「それでも……私は君に、“人として”生きてほしいと思ったんだ」

リアは、ただ黙ってその姿を見つめる。

「この世界は……君にとって、あまりにも不条理だ。正しさは捻じ曲げられ、命の価値は不安定だ。君のような存在は、理解されず、利用されるかもしれない……」

一言一言が、まるで吐き出すように紡がれていく。

「けれど……」

ゆっくりと彼は顔を上げた。
瞳の奥で、かすかに揺れる祈りのような光。

「それでも……私は君に、笑っていてほしいと思ったんだ。楽しいときには笑って、嬉しいときには微笑んで……悲しいときには、泣いてほしい。誰かを思う気持ちが生まれたときは……その心を、大切にしてほしい」

男の手が、リアの手に触れた。
その瞬間、胸の奥で、かすかに光がまたたいた。

青く、小さく、息をするように。

「君が、生きていてくれてよかった。本当に……ありがとう、リア」

その言葉が、胸の奥にそっと落ちる。
まだ理解できなくても、その言葉だけはゆっくりとリアの心に染み込んできた。
リアは、ゆっくりと瞼を閉じる。