「お前は、父親と同じ顔をするんだな」
セリオの声が、刃のように割って入った。
イファは、はっと息を呑む。
セリオは冷たい目を向け、淡々と語り始める。
「まったく、よく似ていたよ。あのときもそうだ。“人間らしくあれ”だの、“命の尊厳”だの――」
口元に、かすかな嘲りが浮かぶ。
「きれいごとを盾にして、現実から目を背けていた。まるで、それが正義だと信じているような顔だった」
声が、低く沈む。
「ノアレの事故はな……私だけじゃない。国も、理解したうえで進めていた」
夕暮れの光が、崩れた町の影を長く伸ばす。
「……だが、あの町は“小さく”、そして“遠かった”。最悪の結果になったとしても、戦局には影響しない。そう判断された」
淡々とした口調でセリオは続ける。
「戦争を終わらせるには、一度、力を示す必要があった。ノアレは、そのために選ばれた」
イファの瞳が、大きく揺れる。
「……まさか……」
「失敗する可能性は低かった。だが、ゼロではなかった。それに気づいていたのは、サンティスだけじゃない」
視線が、まっすぐイファを射抜く。
「お前の父親――レオ・エルネスも、分かっていた」
イファの胸が、強く打たれる。
「だから止めようとした。だがな……」
セリオは、一歩前に出る。
その影が、夕日に引き伸ばされ、イファの足元に重なった。
「平和や倫理を掲げていても、戦争は待ってはくれない。理想論しか持たない者は、前線にはいらない。だから、ノースフィアへ送られたんだ」
一拍置き、静かに続ける。
「それでも、諦めなかったがね。裏で証拠を集め、理想を掲げ、抗おうとした」
セリオは、冷たい視線を落として言った。
「だが、正義の名だけでは、世界は動かない。
この世界は……そういう世界だ」
イファは、歯を食いしばり、
セリオを睨みつける。
その視線を受けて、
セリオはほんの少しだけ、
寂しそうに言った。
「彼は最後まで信じていたよ。非戦という幻想を。理解し合える世界という夢を」
そして、静かに突き放す。
「……だがな。そんな幻想では、誰ひとり救えなかった」
言葉が、容赦なく重なる。
「お前の父親は、何も変えられなかった。何も救えなかった。違うか?」
「……やめろ……っ」
イファの声は、震えていた。
「事実を語っているだけだ」
セリオは冷たく言う。
「あいつは、家族よりも、叶いもしない平和を選んだ」
そして、決定的な一言を落とす。
「だから、消された。当然だ。幻想を唱えるだけの者は、敗北者でしかない」
イファの足元が、ぐらりと揺れた。
「……お前が……殺したのか」
セリオは、答えなかった。
ただ、冷たい視線を向けたまま、
静かに首を傾ける。
「事故だと、聞いているはずだが?」
「……っ!!」
頭に血が上る。
その熱を抑えることなく、イファは地面を蹴り、拳を振り上げた。
だがその瞬間、彼らの周囲に、新たな足音が響いた。
軍服をまとい、銃を構えた兵士たち。
無機質な顔と足取りで、彼らは包囲するようにイファを囲んでいく。
「来たか……少し遅かったな」
セリオがつぶやいた。
イファは掲げた拳に力を込めたまま、振り下ろすことができず、ただ睨み返す。
その時だった。
「イファッ!」
──声が、届いた。
風の中から聞こえたその声に、イファは遠くを見つめる。
セリオの肩越しに見えた見覚えのある白い服。
風に揺れる銀色の髪。
駆けてくるのは、ずっと会いたかったその姿。
胸元には、儚くも美しい、青くゆらめく光。
ルクシミウムが、感情に呼応するように淡く滲んでいた。
イファの中で、怒りと悲しみと安堵がせめぎ合う。
「リア……!」
声が震えた。
届いたその名に、彼女は一瞬だけ立ち止まり、静かに目を伏せる。
胸の奥に湧き上がる、何かを堪えるように。
白い指先が、ほんの少しだけ、震えていた。
そしてあの光は、静かに彼女の中で灯っていた。
