そのとき――
「……サンティス、さん……?」
突然淡い光が再び灯り、小さな投影機が反応した。
リアは思わず立ち上がる。
そして、研究室の奥でひとつの映像が自動的に再生された。
ジジッ──
映像がわずかに乱れ、やがて、一人の男の姿が浮かび上がる。
白衣の襟はくたびれ、頬は少しこけていた。
だが、その眼差しは、まっすぐにこちらを見ていた。
『……セリオは、私の大切な弟子だった』
低く、穏やかな声。
その名は、リアの未来の鍵を握る存在。
『誰よりもまっすぐで、誰よりも、世界を良くしたいと願っていた……』
言い終えたあと、ほんの少し彼の唇が震える。
サンティスは視線を伏せ、呼吸を整えるように一度だけ目を閉じた。
『……けれど、戦争が、彼を変えてしまったんだ。冷戦時代の前、戦火の中で、彼は全てを失った。家族も、故郷も何もかも……』
わずかに噛むように、その言葉を吐き出す。
『それでも彼にのしかかる国の期待……。正義の名の下で散ってゆく数々の犠牲……。いつしか彼は、何かを守るためには、何かを壊すしかないと思い込んでしまった』
サンティスは言葉を切り、長く息を吐いた。
カメラの向こうで、目を閉じてしばらく黙りこむ。
『……彼は今も、苦しんでいるだろう。正しさとは何か。何が救いだったのか。……答えを見失ったまま、ただ、その強い光を……ルクシミウムの力を、信じようとしている』
サンティスの言葉は、静かに、だが確かな重みを持って響く。
『リア……君がルクシミウムによって命を繋いだ時、私は思ったのだ。どうか、君が彼の、世界の光になってくれたらと──そう願ってしまった……』
リアは、ただ映像を見つめていた。
『……でも、選ぶのは君だ。使命でも、力でもない。君が、どう生きたいのか』
そこには、どこか苦しげな、弱い笑みが浮かんでいた。
『……すまないな……。私の命はもう短い……その手助けをしたかった。自分の足で歩いてゆく君を、隣で見守っていたかった……』
目尻に、光が滲んだ気がした。
『セリオは賢い子だ……世界に平和を……そのためには私のことも……殺すだろう』
「……っ!!」
リアは口を押さえた。
胸に痛みのような熱が灯る。
サンティスは、ゆっくりと息を吸い込んで、柔らかく笑った。
『可愛い弟子になら、本望だよ……。ただ、リア、君にルクシミウムの希望を、全て託してこの世を去るのは、心残りだ……』
目の奥は揺らいでいた。
けれど、それでも彼は続ける。
『リア……全てを託してしまって、本当にすまない。でも、君はひとりの人間だ。君には意思がある。どう生きるのか、それは君自身が決めることだ』
ゆっくりと、サンティスは前を見据えた。
『私は……君に“心”を与えたかった。感情がなければ、人を守ることはできないと信じたから』
リアは唇の端を噛んだ。
立っているのがやっとだった。
『君がもし、自分を“兵器”だと思ったなら、それは私の罪だ。……だが、どうか忘れないでほしい。君は、人々に希望を与える存在として生まれ変わった』
サンティスは、最後にまっすぐにリアを見つめて言った。
『希望になれ、リア』
映像は、ふっと消える。
再び部屋に静けさが戻る。
リアの頬を涙が伝う。
芽生えた感情は何も声にできず、嗚咽が漏れる。
それでも容赦なく胸のあたりは青く、光る。
リアは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。
胸の奥で光る、ルクシミウムの脈動を感じながら。
「……未来を選ぶのは、わたしなんだ」
──そう呟いたとき、リアの脳裏に浮かんだのは、
あの聖なる夜、星空の下で彼が言った言葉だった。
『記憶や思い出は誰にも奪われるものじゃない。リアの大切なものだ』
胸の奥がきゅっとした。
「私の、大切な記憶……」
彼女の中で、何かが確かに揺れ始めていた。
それは希望か。
それとも絶望か。
それでも。
胸の奥に灯った光だけは、確かに彼女のものだった。
