それでも、この世界で、光を


ノアレの朝は、ひどく静かだった。

三年前まで人々の声が響いていたこの町には、
いまはもう風の音しか残っていない。

山々の陰に閉ざされたここは、
まるで世界から切り離されたように、
まだ夜の名残を引きずっていた。


この研究所に来て数日が経っていた。

膨大な記録は、手書きのノートもあれば、映像のファイルもあった。
しかし、決して状態がいいとは言えないものも多く、いまだリア自身の確信に迫る記録には辿り着けていなかった。


リアはまたひとつ、青色の実験ノートを手にとる。
ページの隅に煤けた跡があったが、文字ははっきりと残っていた。

《研究記録 No.1924|ルクシミウム - 第一次構成理論》

リアは古びたノートのページを、慎重にめくっていた。
紙の質感はざらついていたが、インクのにじみには、どこかあたたかを感じた。

ページには、繊細な数式とともに、彼の走り書きが記されていた。


《ルクシミウムとは、未知の“反応性物質”である。極めて高密度のエネルギーを内包し、熱・光・電磁波・振動などの複合的な刺激によって臨界に達し、爆発的な出力を発する。通常の物質とは異なり、制御には非物理的アプローチが不可欠である。》

続く文章を読んで、リアは、息を飲んだ。

《ルクシミウムの結晶核──ルクシミウム・コア》

《自己増殖的な共振構造を持つ小型反応炉。内部はらせん状の階層構造を持ち、外部からの刺激に反応して、力の開放あるいは遮断が可能。この膨大な力は、生命の根源にもなりうると考え、実験段階ではあったが、コアを“生体”に組み込んだ。》


──生体に、組み込む……?


リアは、無意識に自分の胸に手を当てた。
そこには、時折、かすかな疼きとともに、脈打つような感覚があった。

《コアは、生命を維持するほどのエネルギーを持っていた。まるで我々の心臓と同じように。コアの力は、戦争で失われていく尊い命を救えるかもしれない。》



《それは、世界を変える光となりうる。》



ページの最後には、にじんだ文字で、こう書かれていた。


《あるいは、全てを破壊する“終わり”の火となるだろう。だが、私はまだ、信じたい。この光が、人を救うために使われる未来を。そのために、彼女を救いたかったのだ。》


リアの指が止まった。


《彼女が笑うたび、私はこの選択が正しかったのだと信じたくなる。》


「……彼女って……」

視線がふと、ページの脇にある落書きのようなスケッチに向いた。

人間のシルエット。

胸の中心に、螺旋の絵が描かれていた。
そのスケッチをそっと指でなぞる。
ノートはそこで終わっていた。



“ルクシミウム・コア”


その言葉を探すために目の前の端末に手をかざす。
まだ開いていなかったファイルを順番に目で追っていく。

そこには、ひとつだけ、空白のファイル名のものがあった。
まるで誰かが、意図的に名前を隠したように、ぽっかりと。

リアは躊躇いながらも、指先を伸ばし、ファイルを開く。
しかし、開いた画面は真っ白だった。

ファイルが壊れているのか。
……それとも、鍵がかかっているのか。


リアは無意識にそっと真っ白の画面に手のひらをかざした。

画面が青白く光り、音もなく静かに切り替わる。