それでも、この世界で、光を


この場所は、長い眠りの中にあった。


ノアレの地下に広がる、静まり返った研究施設。
シェルハイム研究所。

かつてこの研究所は、サンティスがノアレでの事故後、
自らの手で築いたものだとセリオから聞いた。


リアは、研究室の棚に並ぶデータに指先を沿わせる。
脳裏の奥底で、記憶に手を伸ばそうとしては霧の中へと消えていく。

「……思い…出さなきゃ……」

ぼんやりと呟いたその声が、ひどく遠くに響いた気がした。

この空間は、まだ時間が止まっている。

サンティスが託した想いも、封じられた記録も、
誰にも知られることなく今まで眠っていたのだ。



ふと、部屋の奥にあった小さな卓上端末に、微かな灯がともっていることに気づいた。
近づいて見てみると、ところどころが少し錆びていて、この研究所が長い間眠っていたことを感じさせた。

リアはそっと手を伸ばし、表面に触れる。
カチ、と微かな機械音と共にふわりと柔らかな光が広がった。

『記録データ再生を開始します』

合成音声がそう告げたあと、スクリーンに映し出されたのは、一人の男の姿だった。

「……サンティス……さん……」

リアが呟く。

白衣の裾を無造作にまとめ、寝不足の目元にうっすらとクマを残したまま、少し虚ろな眼差しをこちらに向けていた。

『この記録は、自分の気持ちを整理するために撮っている……もう、わからないんだ……何が正しいのか……』

彼の苦しそうな表情は、リアの顔も歪ませた。

『あの事故は必然だった……。実験を、止められなかった。私の研究は、多くの人の命を奪った。……私は、自分の研究が、あれほどの破壊をもたらすとは思っていなかった。甘かったんだ……。いや、わかっていたのかもしれない……きっと大丈夫だろうと、都合のいい希望にすがった』

画面の中で、サンティスは椅子に座り、視線を落とした。
彼の声は揺れていた。

『ノアレの光景は、私の心に焼きついている。焼かれた町。音の消えた世界。そして、あの光の中で──まだ微かに息をしていた、君を見つけた』

少しだけ、言葉が詰まる。

『私は、神になりたかったわけじゃない。ただ、知りたかった。作りたかった。戦争を終わらせる兵器じゃなく、人々の生活を照らす光を』

サンティスの顔がぐにゃりと歪む。

『だから私は、事故の後、ノアレの地下にこの場所を作った。ここは、兵器のための施設じゃない。ルクシミウムが“人を傷つけない形”で使える未来を探る場所だ。ここが、ルクシミウムの新しい出発点になるように、と』

ここは、戦争の加速と、ルクシミウムの軍事利用が進む中で、
彼が最後にたどり着いた“反戦の砦”だった。


武器を作るためではなく、命を救うために。


ルクシミウムの、別の可能性を信じた彼の全てだったのだ。


映像の中のサンティスの視線は落ち、大きく息を吐くと、
再びぽつり、ぽつりと話し始めた。

『……ノアレの事故は、あの町だけを傷つけたわけじゃなかった。 ……風が、吹いていた。事故の起きた日、南から強い熱風が。そしてそれに乗って、ルクシミウムの粒子が舞い上がった。目には見えないほど微細な塵が、谷を渡り、山を越えて……北の平野に降り積もった。……アルメリアだ』

リアははっとした。イファやマリナの故郷だ。

『あの大きな町は、ノアレの北に広がる山間に位置する町だ。山が、爆発や熱、衝撃波から人々を守ってくれた。けれど、風と土と水……人の暮らしを支えていたすべてのものが、静かに、確実に、蝕まれていった』

リアは声も出せずに、ただその言葉を受け止めていた。

『ノアレとアルメリアは、山の裾野を這う同じ地下水脈でつながっていた。その水脈を通して、汚染はアルメリアの井戸へも、用水路へも届いた。やがて土は汚れ、作物も食べられず、人々の生活は壊れていった』

サンティスの痛みをはらんだ声は、ゆっくりとリアの元へと届いていく。

『除染も、再建も、追いつかなかった。いや……国が早々に見切りをつけたんだ。再建にかける費用などないと。そして、アルメリアの人々は、大切な故郷を、去ることになった……』

虚な目は、色を宿すことなく、自分の罪と向き合う重さを物語っていた。

『そして、その時、私の元に、ある軍人が密かに連絡をくれた。彼は、ルクシミウムの実験に関わっていた実直な男だった。軍の判断に疑問を持ち、ノアレの、そしてアルメリアの真実を探ろうとしていた……』

サンティスはそこで、言葉を切る。
少しだけ苦しげに目を伏せる。


『だが彼は、事故に遭い、命を落とした。その死は、今もなお、正しく世に知らされることはない』

リアの心に、また一つ名前がよぎる。


──レオ・エルネス。

イファの父。
正義を貫こうとした、ひとりの軍人。

サンティスの声が、低く、深く響く。


『……私は、何をしてしまったのだろう。この手で、人の暮らしを、未来を壊してしまった。……知りたかっただけなんだ。ルクシミウムを。そしてその美しい光を信じたかった』

この記録は、サンティスの悔恨と、そして祈りだった。
画面の中の彼は、最後に言った。

『私がいなくなった世界で、それでも願う。この光が、今度こそ誰かを照らすものであってほしいと。どうか、私の過ちが……君の手で、終わりにされることを』


映像が消えた。

再び闇に包まれた研究室の中で、リアはしばらく動けずにいた。
そして、静かに目を閉じた。


耳に残るのは、サンティスの祈りのような声と、自分の胸で鳴る鼓動だけだった。