研究所の空気は重く、どこか、息をするのも忘れてしまいそうだった。
研究室には数多くの資料が並び、そのほとんどは埃をかぶり、時が止まったかのように静まり返っている。
そのとき、セリオがふと近づいてきた。
手には、細く銀に光る首飾りが握られていた。
「リア、ひとつ頼みがある」
低い声でそう言うと、彼は首飾りを差し出す。
「これを身につけておいてほしい」
リアは差し出されたそれに手を伸ばさず、ただじっとその銀色の首飾りを見つめていた。
「この研究所は、いつ崩れてもおかしくない。これは、もしもの時に君の身を守るものだ」
「……身を守る?」
セリオはふわりと微笑むと、ゆっくりとリアの背後に回る。
──カチリ。
静かな金属音が、部屋の中に小さく響いた。
その感触は軽く、ただの装飾品のようだった。
けれど、冷たいはずのそれは、なぜか体温を帯びているように思えた。
その瞬間、胸の奥に、ふと不思議なざわめきが揺れた。
セリオの手が首元から離れる。
「……よく似合っているよ」
そうひと言だけを残し、セリオは研究室の扉へと歩き出した。
扉の前で立ち止まると、振り返らずに言う。
「この部屋にあるものは、すべて君のために残されたものだ。……好きに見なさい」
そうして、彼は扉の向こうへと姿を消した。
リアの首元には、銀の光が淡く揺れていた。
静けさが戻った部屋に、リアはひとり取り残された。
しんとした研究室の空気に、かすかな電子音が混ざる。
リアはそっと歩を進め、棚に置かれた古びた書類や記録端末を見渡した。
埃をかぶったそれらは、誰にも触れられないまま、ずっとこの場所にあったのだろう。
リアは、その中のひとつの端末に手を伸ばし、そっと起動ボタンに触れる。
低く唸るような音とともに、スクリーンが静かに明るくなり、いくつかのファイル名が浮かび上がった。
《ルクシミウム冷却系統 概略図》
《実験報告第38号》
《ノアレ実験記録》
《事故後の処置計画案》
リアは迷いながらも、ノアレという名に導かれるように、ファイルに手をかざす。
淡い光がともり、ホログラムの映像が空中に浮かび上がった。
映し出されたのは上空から見たノアレの地形図だった。
山々に囲まれた町の北部、青く印された水脈、
そしてその南に、巨大な砂漠が広がっていた。
「……ここで……なにが……?」
リアは、震える指で再生ボタンを押した。
画面が一瞬ざらついたのち、再生されたのは、事故当日の記録映像だった。
警報音が鳴り響く。
赤い警告灯が点滅し、何かが破裂するような音。
叫び声、混乱、誰かの無線が途切れ途切れに響く。
そのときだった。
世界を裂くような、眩い閃光。
スクリーンが真っ白に染まり、数秒の無音が空間を支配する。
次の瞬間──音が押し寄せた。
轟音。
風圧。
地面がうねり、建物が一斉に崩れ落ちていく。
吹き飛ばされた街路。
弾ける水道管。
人々が逃げ惑う暇もなく、光の波に飲み込まれていく。
天を突く炎の柱。
立ち上る黒煙の雲が、ゆっくりと街を覆っていく。
──まるで、世界そのものが焼き払われていくようだった。
