夕暮れ、仕事が終わって家に戻ると、マリナは静かに編み物をしていた。
その手元で、ゆっくり毛糸が紡がれていく。
「母さん……」
イファが声をかけると、マリナは手を止め、そっと顔を上げた。
「……行くのね、イファ」
「……ずっと迷ってた。母さんを置いて、行ってもいいのか。父さんや母さんの自由も奪った場所に、俺が行くのは……」
「もう、守られるだけのあなたじゃないわ。あの日のリアもそうだった。いつの間にか、こんなにも強くなっていたのね」
マリナは遠くを見つめるように声を落とす。
「レオは命を懸けてあなたと私を守ってくれた。だからきっと……私たちがリアと出会えたことは、意味のあることだと思うの」
少しの沈黙のあと、マリナは続けた。
「レオが守りたかったもの……今度はあなたが、大切なものを、守ってあげて」
母の言葉に、イファの胸の奥で何かが揺れた。
「リアはきっとひとりでは抱えきれないものを背負っているわ。それでも目を背けずに、向き合おうとしてる」
イファはマリナの隣に腰を下ろした。
「これ、あなたとリアの分よ。おまもり。あの子に渡してあげて。ふたりで、ちゃんと持って、帰ってこれるように……」
イファは毛糸でできたお守りを2つ、受け取った。
それは、ほのかに温かかった。
「リアは、イファのこと……まっすぐ、見てたわ。あの子の隣に、いてあげなさい」
母の手が肩に触れたとき、すべてが伝わってきた気がした。
その夜、イファは机に地図を広げた。
ノアレまでの道は、遠く、簡単なものではなかった。
けれど、気持ちはもう、そこに向かっていた。
リアを守りたい。
今度こそ、何も失わないように。
「……リアをひとりにはしない」
それが、今のイファのすべてだった。
胸の奥で、小さな決意が確かに宿っていた。
