朝が、ひっそりと始まった。
リアがいなくなって数日が経った。
窓の外には、いつもと変わらない青空。
朝の陽の光、鳥の声、パンの焼ける匂い。
けれど、イファの胸の奥には、何かがぽっかりと抜け落ちたままだった。
制服のボタンに指をかけたまま、イファは動けなくなる。
喉元のあたりが、かすかに熱を帯びていた。
「……何やってんだ、俺……」
ぼつりと落ちた言葉は、小さく空気に溶けていった。
思い出すのは、あの夜のこと。
振り返ったリアに手を伸ばしたが、手の内にとどまることなく消えてしまった。
──あれが、別れだったのかもしれない。
いや、リアは自分の意思で行ったんだ。きっと自分の過去を知ったら帰ってくる。
そう、信じて待つことにした。
そう、信じたかった。
でも。
──いつまで、俺は、ここで待つんだ……?
その問いの答えを見つけられないまま、今日も詰所へと足を向けた。
リアがいなくなったあと、軍はすぐにノースフィアの町から手を引いた。
不気味なくらい、あっけなく。
町は、リアを心配する声よりも、自分たちの暮らしが守られたことに安堵する声が大多数だった。
みんなわかっているはずなのに、町の誰もが口にしない。
リアがいた日々が幻だったかのように、
変わらない日常が淡々と過ぎていく。
広場の前を通りかかると、リゼットが手を振った。
「イファ、これ。ごはん、ちゃんと食べてる?」
パンの包みを差し出すその手は、少しだけ震えていた。
「……ありがとう」
「……また顔、見せに来てね」
笑顔は変わらなかった。
けれど、言葉の奥に、何かがにじんでいた。
一度、目を伏せたリゼットは、イファに向き直り、笑顔で言う。
「……きっと、もうすぐ帰ってくるよ! ……ね?」
胸がぎゅっと痛んだ。
イファは唇を噛んで、その痛みを誤魔化した。
詰所に着くと、カイは真面目な顔で地図と向き合っていた。
イファが挨拶するより先に、カイがイファへ問う。
「なぁ、イファ。最後にもう一度だけ聞く」
カイの声は低く、詰所に響く。
「リアちゃんのところへ、行くか?」
イファは、すぐに答えられなかった。
ただ黙って、カイの目を見つめ返す。
リアがいなくなった夜、マリナから聞かされた彼女の決意。
自分の足でノアレへ向かったリアを、連れ戻すことなど、できなかった。
「……母さんもいるし、それに警備隊の仕事も……まだ町に何が起こるかわからないのに、ほっぽり出せません」
「理由をつけて、お前は納得できんのか?」
イファは唇を噛んだ。
カイが強い眼差しで続ける。
「必ず守れって言っただろ?」
「……っ」
「リアちゃんの行き先、お前ならわかるはずだ。イファ、覚悟を決めろ」
わかっている。
今すぐにでも駆け出したい。
全てを放り投げて、彼女の元へ。
でも、わからなかった。
それが正しい道なのか。
求められていることなのか。
「イファ、後悔しない道を選べ」
リアが崩れそうな時、
その隣にいるのは
自分でありたい。
喜びも痛みも、
その全てを一緒に受け止めたい。
「きっと今ならまだ間に合う。最後のチャンスだ。今度こそ、イファ、お前の手で守ってやれ」
だって、リアは──
「はいっ!!」
イファは、胸の奥から声を張り上げた。
「必ず、俺が守ります!!」
その返事を聞くと、カイは大きく息を吐き、
そして、ようやく笑った。
「よし。それでこそ、俺の部下だ」
肩をすくめて、いつもの調子に戻る。
「こっちは任せとけ。な? 頼れる上司がいるだろ?」
喉の奥が、じんと熱くなった。
背中を預けられる場所が、ここにある。
そう思えたことが、何より心強かった。
