夕刻前、まだ太陽は雲の向こうにあるにもかかわらず、
辺りに落ちる影はどこか不穏だった。
町の西端にある警備隊詰所には、緊迫した空気が漂っていた。
「──これで、今日だけで三件目です」
隊員のひとりが記録帳を手にしながら報告する。
カイ・ロウェル隊長は壁に貼られた地図の前で腕を組み、黙って耳を傾けていた。
「西の市場通り、倉庫街、それから南門の近く。いずれも、銃を持った見慣れない男たちが現れたとの報告です。服装はバラバラですが、動きが妙に揃っていて……軍経験者のような雰囲気だったと」
カイの指が、地図の西側をなぞるように動く。
やがて、彼の眉が僅かに動いた。
「……連中、ついに動いたか」
その瞬間、詰所の扉が開き、別の警備隊員が駆け込んできた。
「隊長! 南の森から戻りました! 報告します!」
「落ち着け。何があった」
「アルメリア旧街道の斜面、峠のあたりに……見たこともない小型のポットが隠されていました! 木々をなぎ倒して隠してあって、あたりに所有者らしき人物は見つかりませんでした!」
「……セリオか」
カイは低く呟いた。
「セリオは軍と繋がっているのか……? いずれにせよ、町を囲むつもりだな……」
すると、別室から入ってきたイファの姿にカイは顔を上げた。
「イファか。ちょうどいいところに来たな」
イファは、詰所の緊迫した空気を感じ取りながら、小さく会釈する。
「今、北の巡回から戻りました。少し妙な動きがあったので気になって……何かありましたか?」
カイはイファに地図を指し示しながら言う。
「町に不審人物が紛れ込んでいる。恐らく、軍関係者。セリオとの関係も否めない。正面から踏み込む気はまだなさそうだが、ここ最近の動きからしてリアが目的の可能性が高い」
イファの表情が一瞬で強張った。
「リアが……」
「冷静になれ。まだ決まったわけじゃない」
カイはいつになく真剣な声で続ける。
「時期に夜になる。町の南と西の境界線を重点的に巡回してくれ。それとイファ、何かあったとき、リアちゃんとマリナさんを安全に避難させられるルートも確認しておきたい。今すぐ頼めるか?」
イファは静かにうなずく。
「はい、わかりました」
その瞳には揺らぎの中に、確かな覚悟が宿っていた。
カイは一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべると、肩を軽く叩いた。
「頼りにしてるぞ、イファ」
傾いていた太陽は西へと沈み、町は闇に包まれていく。
イファは、西の巡回班とともに詰所を後にした。
だが、その夜は、いつものように穏やかではなかった。
ふと、背筋にぞくりと冷たい風が走る。
町のどこかで、何かがじっと息を潜めているような。
そんな感覚があった。
「……リア」
小さく呟いたその名は、誰にも届くことなく、風に紛れて消えてゆく。
遠く、森の方角を見たイファの瞳に、一瞬、淡い光がよぎる。
それが、街灯の揺らめきだったのか、あるいは……何かの予兆だったのか、今の彼にはまだわからない。
ただ、胸の奥に巣くう不安が、微かに、静かに、大きくなっていた。
夜が、ゆっくりと町を包み込んでいく。
その静けさの奥で、音もなく、何かが始まっていた。
