それでも、この世界で、光を


夕焼けが町の屋根を柔らかく染め、空の端がゆっくりと群青へと溶けていく。

リアは自室の机の前に座っていた。

窓から差し込む光は、どこか懐かしくて、胸の奥が少しだけきゅうと痛んだ。
机の上には、今日ミナから手渡された、あの小さな封筒がある。


リアはそっと手に取り、封を開けた。

そこには、丁寧な筆跡の文字が並んでいた。
ふわりと漂う紙の匂いに、ミナの声が重なるような気がした。





リアへ

あなたがこれを読んでる頃、きっとまたむずかしい顔して悩んでるんだろうな、なんて思ってます。

ほんとはね、全部わかってるフリなんてできないし、リアが抱えているもの、私には想像しきれないかもしれない。
でも、それでも言えることがある。

あなたがどんな選択をしても、私は、あなたのことを信じてるってこと。

だって私は、この町で、あなたがここまで歩いてきた姿をちゃんと見てきた。
泣きたい夜も、うまく笑えなかった日も、それでも前を向こうとするあなたの姿を。
だから、どんな時も、あなたはきっと、あなたのままでいられる。

ねぇ、リア。
あの日、“ありがとう”って、最初に言ったのは、私じゃない。リアよ。そしてあれから、あなたはたくさんの“ありがとう”をもらったでしょう?

それって、あなたが誰かの心をちゃんと動かしてきた証だと思うの。

だから、大丈夫。あなたは独りじゃない。
だって、リアは私の大事な友達なんだから。
それだけは、忘れないでね。

ミナより




その言葉一つひとつが、胸の奥で、じんわりと溶けていく。

リアの頬を一筋の涙が伝う。
のどの熱さに耐えるように、目元を袖でそっとぬぐった。



──その時、胸に痛みが走る。
ぐらりと視界が歪む。


瞼の裏に見えるのは、何度思い出そうとしても叶わなかったはずの景色。

優しく、穏やかで、どこか悲しげなその声は、サンティス博士の声だった。


『この世界は、不条理だ。だから、私は、私の人生を賭けた全てを、君に託す。……リア、君なら、きっと選べる。どんな結末であっても、誰のためでもなく、“自分自身の意思”でなければならない』


青白い光が満ちる実験室の奥。


何かが、リアの胸の奥で鼓動のように脈打っていた。


『いいかい? 誰にも言ってはいけないよ、リア。これは、とても大切なことなんだ』


サンティスの手は震えていた。
その手を、リアの手はぎゅっと握り返していた。

『君自身が鍵になる。誰にも真似はできない。リア。君が、選ぶんだ』


──そして、また全身に痛みが走り、視界が歪む。



『……どうして……?』


震える声で問いかけるリアの頬を一筋の涙が伝う。

その手は確かに、赤く染まっていた。

そして、リアの後ろで佇む白衣の男。
ヘーゼルの瞳がきらりと光る。


セリオ・ヴァイス。

彼は静かにリアを見下ろしていた。



──だがその瞬間、記憶の色がざらりと剥がれ落ちる。


リアは、ゆっくりと目を開けた。

呼吸は浅く、視界はまだ揺れている。

胸の奥がきしむように痛くて、うまく息が吸えなかった。



机の上に広がるミナの手紙に、そっと手を伸ばす。
その指先に、ほんの少し力がこもる。


──きっと、大丈夫。
私はもう、空っぽなんかじゃない。
ちゃんと、大切なものを手にして、ここにいる──


すべてを思い出せたわけではない。
それでも、リアは確かに真実に手を伸ばしていた。

窓の外には、星のきらめきがひとつ、またひとつ、濃紺の空に咲いてゆく。

リアはゆっくりと立ち上がった。
ミナの言葉を胸に灯し、揺れた記憶をそっと胸にしまって、部屋を後にする。


庭に出ると、外の空気は冷たく澄んでいた。


もうすぐ夜になる。

静かな風が、胸の痛みをどこか遠くまで運んでいってくれる気がした。