翌朝、ノースフィアの空は晴れ、町はゆっくりと目覚める。
静かな日常の音がどこか遠くから届く。
けれど、その静けさの奥では、誰にも気づかれぬ影が、じわじわと広がっていた。
警備隊の出勤時刻よりもずっと早い朝の時間。
詰所の一室で、カイは静かに机に向かっていた。
机の上には、森で回収した探査機の残骸と、それを分解して得た内部構造のメモが広げられている。
何時間もかけて調べ続けたが、答えは簡単には出ない。
「……どこの技術だ、これは」
小さく呟いた声は、部屋の空気に吸い込まれていく。
軍の正式な型式ではない。
だが、どこか軍規格の設計思想に酷似している部分がある。
それが、逆に不気味だった。
朝の空気を吸おうと外へ出ると、ひんやりとした風が頬を撫で、森の奥から鳥の声が微かに届く。
そんな穏やかな朝の中で、ふと、違和感のある微かな機械音が耳に入ってきた。
それは、耳を澄ませてやっと聞こえるほど、微かな音だった。
カイはすぐに双眼鏡を手に取る。
しかし、右も、左も異常はない。
それでも、胸の違和感が消えない。
目を凝らして空を見つめていると、
森の奥の上空、薄雲の切れ間で、わずかな反射光が揺れた。
そのほんの一瞬を、カイの眼は鋭く捉えた。
豆粒ほどの人工物。
紛れもなく、別の探査機だった。
新たな探査機が、静かに、そして確実にノースフィアの空を漂っていたのだ。
まるで町全体を監視するかのように。
──狙いはこの町か? いや、きっとあの子を中心に捉えている。
カイの眉がわずかに動いた。
「くそっ……前のだけじゃなかったか」
──単に彼女を探しているだけなら、もう目的は果たしたはず。
だとすれば、命を狙っている?
……いや、探査機に攻撃機能はなかったはずだ……
一体何が狙いなんだ──
カイは森の方角をぎろりと睨みつけた。
すると、同じ方角から石畳を走ってくるイファの姿が遠くに見えた。
双眼鏡をポケットへしまい、代わりにタバコを取り出して火をつけた。
「カイさん、おはようございます」
「あぁ、イファ。おはよう」
いつもの爽やかな笑顔が浮かぶ。
その顔を見たイファは、少しだけ肩の力を抜いた。
「あの、ちょっと報告があって。リアのことで」
「……ああ。聞こうか」
カイの表情がわずかに引き締まる。
イファは息を整え、落ち着いた声で話し始めた。
「昨夜、リアと話しました。リアは……ノアレの出身だったそうです。本人の記憶はまだ戻っていないみたいですが、昨日セリオがリアに接触したようで、その時にセリオからそう聞かされたと」
カイの目がわずかに細められた。
だが、口を挟まず、静かに続きを促す。
「昨日は、ルクシミウムのこと……ノアレの事故、親父のこと……母さんと一緒に、少しずつ、話しました」
「……そうか」
「リアは、迷ってます。でも、知りたいって。自分が何者なのか、何があったのか、ちゃんと知りたいって……」
イファの目は真っ直ぐだった。
でも、その声は小さく震えていた。
彼自身もまだ、父の過去と、自分の想いに向き合いきれていない。
「……わかった」
カイは短くそう返すとふと視線を遠くに向け、しばらく沈黙した。
詰所に戻ると、カイは椅子に深く腰を下ろし、窓の向こうの空を一度見上げた。
表情は何も変わらない。
だがその内側では、すでに幾つもの可能性を慎重に巡らせていた。
イファは、カイの沈黙に少し戸惑いながらも、覚悟を滲ませて言葉を継いだ。
「カイさん……もし、この先何か動きがあったら、俺にも教えてください。……俺、リアのこと、守りたいんです」
カイは、その真っ直ぐな瞳をゆっくりと見返した。
そして、わずかに口角を上げる。
「……わかってるさ。お前の想いはちゃんと届いてる。必要な時は、必ず声をかけるから心配すんな」
「頼りにしてるぜ」と背中を叩くカイはいつも通りだった。
イファは静かに頭を下げ、「じゃあ、巡回行ってきます」と言い、詰所を後にした。
扉が閉まったあと、カイはゆっくりと息を吐いた。
──高エネルギー物質として期待されていたルクシミウム。
一方で、爆発物として世に知れ渡った。
その研究の第一人者だったのが、サンティス博士だ。
彼は国家や軍と協力し、ルクシミウムを兵器として利用する道を歩んでいた……。
そう思われていた。
そして、あの日。
ノアレで起きた事故は、町ごと消し去るほどのものだった。
記録上、生存者はゼロ。
なのに、なぜ彼女が生きている?
レオ少佐の記録には、あの子が「希望になるかもしれない」と残されていた。
もしリアちゃんのことなら、それは何を意味する?
何かが、足りない。
本当にサンティスは爆弾を作っていたのか?
あるいは……ルクシミウムのまったく別の可能性を信じていた?
それとも、セリオの嘘か?
もし、リアの存在そのものが、軍にとって隠したい何かであるのなら──
カイは小さく息を吐くと、ゆっくりと天井を仰いだ。
両手を頭の後ろで組み、そのまま椅子にもたれかかる。
──まだ全貌は見えてこない。
だが、かすかに真実の輪郭は、浮かび始めている。
焦るな。
見誤るな。
必ず辿り着けるはずだ。
リアも、イファも、そしてこの街も。
守り抜くと、決めたのだから──
