それでも、この世界で、光を


穏やかな陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。


そんな朝の光景とは裏腹に、リアの心は静まらないままだった。

昨日の出来事
──セリオ・ヴァイス。

名乗られたその名も、声も、表情も。
何ひとつ思い出せない。

自分の命の恩人であるというサンティスという名もまた、リアにとっては初めて聞くものだった。

けれど、どうしようもなく胸の奥がざわめいて、苦しくなる。



いつも通り、朝食を終えると、イファは仕事へ向かうために靴を履く。
すっと立ち上がると、リアの方を向き、何か言いたげに見つめていたが、「いってきます」とだけ言い残して扉を開けた。


リアは皿洗いを済まし、ロッキングチェアに寄りかかるマリナに声をかけた。

「すみません。今日の午後、少し、外へ出てきてもいいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。気をつけてね」

「……はい。ありがとうございます」

マリナはふわりと微笑んだ。

「リア、大丈夫よ。あなたの歩く道を信じているわ」




マリナの言葉を胸に、リアは一人、雲ひとつない青空の下、町の通りを歩いていた。

家にいたくなかった。
食事をとっても、家事を手伝っていても、昨日のことをずっと考えてしまう。

苦しかった。


青空の下を散歩すれば、少し気分が晴れるかと思った。
けれど、すぐに人々の視線が、自分に向いていることに気がついた。


「あの子よ、こないだの家事の時にティノくんを助けてくれたって! すごいわねぇ」

「でも、身体が光ったんですって?」

「なんでも、倉庫を燃やし尽くすような火の中から無傷で出てきたらしいわよ! 前から変だと思っていたけど……」

「優しくていい子なんだけどねぇ……記憶がないらしいのよ」

「やだぁ! ヴァストラ帝国のスパイだったりして!」



違う。
私を知らないから怖いだけ。
大丈夫。


リアは自分にそう言い聞かせる。


それでも、耳に勝手に届いてくる声が、影のようにまとわりついてくる。
どこかで誰かが話している、その言葉が、胸の奥をちくりと刺す。


──心が重たく感じる


静かなざわめきが、遠くの方から波のように寄せてくる。
リアは、胸にそっと手を置いた。

何も変わらないはずの自分の胸の音が、少しだけ頼りなく聞こえた。



──私は……何者なの?


逃げ出したくなる衝動を、必死に堪えながらただ、歩く。
青空が見たかったはずなのに、いつの間にか地面ばかり見ていた。


ふと、立ち止まった場所は、図書館だった。


扉を開けると、天井から太陽の光が降り注ぐ。
今のリアには眩しすぎるほどに。


「リア!」

ガタンッと椅子がずれる音とともに、手を振るのはミナだった。
その隣にリゼットもいる。

「よかった! 図書館にいれば会える気がして……こないだここで会ったあと、倉庫のあたりで火事があったって聞いて、心配してたのよ」


「……ミナ、リゼット……」


リアの張り詰めた表情に気づき、ミナは微笑んだ。

「何? 考えごと? リアって本当に真面目よね」

呆れた顔で笑うミナは、言葉を続けた。

「この子、初めて会った時も、ありがとうって何か聞いてきたのよ」

「えぇ! 何それ! 難しい質問だねぇ〜!」

ケタケタと笑うリゼットが、ふと思いついたように言った。

「そうだ! せっかくみんな集まったし、今日はこんなに天気がいいんだもん! みんなでぱーっと遊びに行こうよ! 特別に、私のお気に入りの場所、教えてあげる!」

ね? と可愛らしくリアの顔を覗き込んだ。
リアは二人の明るさにほっとして、小さくうなずいた。