それでも、この世界で、光を


朝の警備隊の詰所を生ぬるい風が通り抜ける。
カイ・ロウェルは書類に目を落としながら、小さなため息をついた。

「なぁ、イファ、午後の巡回、おれの分も頼めるか?」

「隊長がサボるなんて珍しいですね。どこか行くんですか?」

「おいおい!調査だよ、調査。最近、やけに動物たちが村に近づいてきててな。森のほうで何かに怯えてるみたいで、鳥も騒がしいんだと。……なんか、嫌な予感がするんだよ」

「了解です。気を付けてください。無線持ってってくださいね」

カイはニッと笑って、不安げな表情のイファの肩を軽く叩いた。

「頼りにしてるぜ、イファ! 俺のためにいつでもどこでも駆けつけてくれるなんてなぁ!」

「いやいや、カイさんのために駆けつけられるほど時間はありません」

「じゃあ、リアちゃんなら駆けつけるか? 俺も髪を伸ばしたらリアちゃんみたいになれるか……」

「隊長〜? そろそろ怒りますよ」

「はっはっは! そういや、リアちゃんは元気にしてるか?」

イファの心臓が小さくはねた。
昨日読んだ手紙の文字が、頭をよぎる。
イファは、熱くなった体に気づかないふりをして、「元気そうですよ」とだけ答えた。

「そうか、それはよかった。あの子の記憶も、早く戻るといいんだけどな……。くれぐれも無理はさせるなよ。大事なもんは、自分の手でちゃんと守れ」

イファはふと、その言葉の重みに目を細め、「はい」と返事をした。




昼休憩のあと、イファはひとりで町を巡回していた。
少し汗ばむような陽気のなか、市場は賑わい、広場では子どもたちが走り回る。


町はいつも通り、穏やかだった。



──その時。


煙の匂いが風に乗り、イファの肺を突き上げる。


「火事だ!」

 
イファは一目散に走り出す。
市場の裏手──古い倉庫から炎が吹き出し、黒い煙がうねり上がっていた。
周囲の人々が慌てて水を運び、バケツの列ができていく。

「こっちは水路から引いて! 風下を抑えて!」

イファは声を張り上げ、消火活動を指揮した。
必死にホースを握り、火の勢いを抑えていく。

「誰か! 助けて! ティノがいないの……!」

近くの女性が泣きながら叫んだ。

「ティノが…! 私の息子が……倉庫の中に入ったまま戻ってないの!」

イファの動きが止まる。

「まだ中に……!? 助けに行かなきゃ!」

イファは辺りを見回す。

「誰か! ホース代われるか!?」



その時だった。
見たこともないような青白い光が、炎の渦の中でゆらりと脈打った。


周囲の炎が一瞬ひるむように揺れる。



光の影から現れたのは、銀糸のような髪を湛えた少女。



炎の向こうに、まるで幻のように立つリアを見て、イファは息が詰まった。
ススで汚れた服のまま、小さな少年を抱いていた。


「……あれ見て!」

「何か……光ってる……?」

あちこちで聞こえる喧騒が遠く感じた。
その光はたしかに、


──希望のように、美しかった。


少年はリアの腕の中で嬉しそうに笑う。
その手をしっかりと握って。


「ティノ!!」

リアの元へ駆け寄ってきた女性は、泣き崩れように小さな少年を包み込む。

「あのね! このお姉さん、すごかったんだよ! ぽわーって光って! あったかくて……なんかね、ロボットみたいで、かっこよかった!」


リアの瞳の奥で白銀の光が微かに揺れた。