それでも、この世界で、光を


二人は商店街を歩き、小さなパン屋に立ち寄る。

「いらっしゃいませ〜!」

明るい声と共に、ふわふわの金髪が揺れる。

「わ! リアちゃん! マリナさんも、こんにちは!」

リゼットは、人懐っこい笑顔でリアに近づいてくる。
その笑顔を見て、リアの胸のざわつきが少しおさまった。

「ねぇねぇ〜私の水の巫女、どうだった?」

「とても、綺麗でした。衣装も、リゼットさんに似合っていて、素敵でした」

「きゃーっ! うれしい〜! 練習、結構大変だったの!」

ふふふっと笑うリゼット。

マリナも嬉しそうに微笑むと、
「水の巫女さん、オルレアンを三つ、お願いできるかしら? リア、これお金。わたしは外で待っているから受け取ってきてくれる?」と言って、店を出た。

リゼットは鼻歌混じりに並べられたオルレアンを丁寧に包む。

「そういえばさ! ミナから聞いたんだけど、リアちゃんと約束したからって言って、今年はちゃんと手紙渡せたんだって! すごいよね〜!」

羨ましい、とオーバーなリアクションをとるリゼット。

「……約束のこと、知っているんですか?」

「うん! ミナが嬉しそうに話してたよ〜! リアちゃんもイファに渡したんでしょ? どうだった? 告白、成功した?」

「……?」

きょとん、と首を傾げるリアを見て、リゼットは目を見開き、口に手を当てた。

「え! もしかして知らなかったの? あの星灯籠で渡す手紙、最近“告白の手紙”って話題なんだよ〜! みんな好きな人に気持ちを伝えるの!」

──告白の、手紙?

リゼットは、顎に手を当てて口元を結ぶ。
うーん…と唸って、ため息混じりに言った。

「リアちゃんがそんなつもりなくても、イファはリアちゃんから告白されるって期待したんじゃないかな〜。もしかしたら、ちょっとがっかりしたかも!」

リアの胸の奥が、ひやりと冷えた。

──わたし、イファを……がっかりさせてしまった?

俯くリアを見て、しまった、という顔をするリゼット。

「わぁ〜っ! ごめん、ごめん! 違うの! きっと大丈夫だよ!イファにちゃんと素直な気持ち、伝えてみたら? ね?」

リアは、こくりと小さく、小さく頷く。

「ありがとう〜! また来てね!」
というリゼットの声を背に、リアは重い足取りで帰路についた。




その夜、リアは寝る前にイファの部屋を訪ねた。
戸惑いながらもドアをたたく。


「はーい!」

ガチャッとドアを開けるイファは、いつもと変わらない笑顔だった。

「あれ、リアが俺の部屋、ノックするなんて珍しいね。どうした?」

穏やかな笑顔は、リアを優しく、ほどいてくれる。

「手紙……私、手紙の意味、知らなくて。……イファを、がっかり……させたみたい、で……ごめんなさい。」

イファはすぐに首を振った。

「違うよ、リア」

考え込むように黙りこんだイファは、頭をぼりぼりとかき、小さく呼吸を整えた。
そして、ゆっくりとリアの前にしゃがんで優しく言った。

「たしかに、びっくりしたよ。でもね、あの手紙、すごくリアらしかった。気持ちがこもっててさ」

リアは、イファを見つめる。

「俺、リアの気持ち、ちゃんと受け取った。ありがとう。あれは、俺にとって大切なものなんだ」

イファの言葉に、リアはほっとした。

深緑と瑠璃の目線が合う。
リアの瞳は微かに揺らぐ。
静かに残る、胸の痛み。

リアには、まだその正体がわからない。
立ちすくんで、再び俯くリアを見て、イファはふわりと笑う。

「……もし、リアがまだなにか、ひっかかってるなら、直接聞いてみたら? 誰かの気持ちは、聞かないとわからないから。俺が、がっかりしてなかったみたいに……。な?」

リアは、ゆっくりと顔をあげた。

「……ありがとう、イファ」

イファは、にかっと笑う。

「手紙、うれしかったよ」

嬉しそうに。
幸せそうに。

「じゃ、もう寝な? また、明日」

リアはこくんとうなずき、ドアを閉めた。




イファは、大きく息をついて、自分の部屋のベッドの上で、再び白い封筒を開く。


月明かりに照らされながら、そっと読み返す。







イファへ

この町に来てから、わたしはたくさんのことを知りました。
風の匂い、パンの味、笑ったときに目が細くなるあなたの顔。
そして、「ありがとう」の気持ち。

最初は、なにも分からなかった。
笑うことも、悲しむことも。
生きていくことさえ。

でも、あなたといると、少しずつ、わたしの中に光が灯っていくのがわかりました。

わたしが話さなくても、うまくできなくても、そばにいてくれた。
何もできないわたしに、「できること」を教えてくれた。

あなたのことを考えると、胸の奥が少し温かくなる。
でも、この気持ちが何かは、まだうまく言えません。

ただ、わかるのは、あなたに出会えて、ほんとうによかったって思ってること。
そう思える気持ちは、わたしの中に、ちゃんとあります。

だから──ありがとう。
どうか、あなたにこの手紙が届きますように。

リア