「リア!」
遠くから、聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、汗をにじませながら、イファが駆けてくる。
「リア! ……祭り、どうだった? 楽しめた?」
肩で息をしながら、くしゃっと笑う。
「仕事がっ……ひと段落してさっ! カイさんが、行ってこいって……」
リアは、目をぱちぱちさせていた。
そんなリアを見て、イファはニカっと笑って言った。
「星灯の夜は、星を見るまでが祭りなんだ!」
ふたりは、イファが持つ小さなランタンを頼りに、以前春の日に訪れた森の湖へ向かった。
空には満天の星が広がっていた。
昼間に訪れた時にはわからなかった星たち。
水面にも、無数の光が映り込んでいる。
誰もいない湖は、ひどく、静かに感じた。
リアはしばらくその景色を見つめていた。
そして、そっと口を開く。
「……ここ、すきです」
「……俺も」
小さく答えたイファは、隣に腰を下ろす。
しばらく、言葉はなかった。
でも、ふたりの間には、確かに優しい空気が流れていた。
リアは、ゆっくりと、ポケットから白い封筒を取り出す。
「あの、これ……イファに、書いたんです。」
「え……?……手紙?」
「……はい……」
リアは、どこか不安そうに視線を下げた。
イファは目をまんまるに見開く。
「……えっと……本当に、俺に?」
リアはこくんと頷く。
「……そっか……いま……読んでもいい?」
「はい……」
イファは頬を赤らめながら、そっと便箋を開いた。
読み終えたイファは、小さく、小さくリアの名前を呼ぶ。
「ありがとう。すごく……うれしいよ」
そう言って、イファは、リアの手を包んだ。
「これ、リアがすごく頑張ってくれたの、わかる」
ふにゃっと笑うイファを見て、小さく頷いた。
ふたりは、しばらく沈黙のまま、ただ星を眺めいた。
風がそっと吹いた。
「……リア、なにか思い出した?」
イファが、ふとたずねる。
リアはしばらく黙っていた。
でも、やがて、小さく頷く。
「……この町に来て、一度だけ……。たぶん……わたしの記憶……白い天井と、誰かの声がして……でも、それだけです……まだ、何も思い出せない。」
イファは、リアの横顔を見つめる。
「そっか……」
「……忘れては、いけないような、気がするのに。」
「……うん、記憶や思い出は誰にも奪われるものじゃない。リアの大切なものだ。いつか、思い出せる日がくるといいね」
空にはまだ、星が降り続いていた。
──それは、永遠には続かない時間。
けれど、忘れられない夜だった。
水祈の星灯。
その夜、リアははじめて“ひとりじゃない”と、心の奥で感じていた。
