ふと、イファはポケットの中のぬくもりに気づき、小さなコアの欠片を取り出した。数年前、リアが消えたあの日に手の内に残されたものだった。
「リア……会いたいな……」
その瞬間、コアの欠片が、
そっと共鳴するように、青白い光を放った。
「……え?」
イファが顔を上げる。
祈念碑のそばに、もう一つの小さな欠片が転がっていた。
あの日、リアがいた場所だ。
その破片が、静かに──呼応するように輝き出した。
イファが駆け寄り、そっと手を伸ばす。
その欠片がイファの手に触れた時、光がイファの身体中に流れ込む。
記憶が、心が、まるで川の水のように。
──リアの記憶。想い。託された言葉。
胸の奥に、やさしく染み込んでくる。
『……イファ』
リアの声が、聞こえた気がした。
『──ねえ、イファ。この決断をした時、
本当はね、まだちょっと怖かったんだ。
でも、イファがそばにいてくれた。
強く、抱きしめてくれた。
だから、一人じゃないって思えたの。
マリナさんのあたたかな声。
カイさんの頼もしい背中。
ミナと笑ったあの日。
リゼットが焼くオルレアンの香り。
わたしは、あなたに言えなかったことが、まだたくさんある。
アネモネの花をくれたこと。星空を眺めた夜のこと。
わたしの世界には、あなたと過ごした日々があった。
それは、記録にも残らない、でも確かにそこにあった時間。
このままコアに消費されたとしても、
私が光になったとしても、誰にも奪われない、
わたしの宝物。
たくさんの“初めて”をくれたあなたへ──
わたしは、自分の人生を、選べたよ。
誰かのために命を捧げるんじゃなくて、
わたしの心で、わたしの意志で、生きて、終わらせることができた。
それが、何よりの希望だったの』
イファは静かに、目を閉じてその声を受け止めていた。
リアの言葉は、まるで祈りのように、胸へ降り積もっていく。
『──世界は、すぐには変わらない。
けれど、あなたが誰かに伝えてくれるなら、
わたしたちが灯した光が、誰かの明日を照らせるかもしれない。
ねえ、イファ。
わたしは、ここにいた。この世界で、たしかに生きた。
だからあなたにも、生きてほしい。
泣きながらでも、迷いながらでもいい。
あなたの光で、誰かの道を照らして。
きっと、光は小さくても、輝き続けるから』
光がふっと途切れ、コアは静かに沈黙した。
イファは、その欠片を握り締め、空を仰いだ。
──その声は、涙のようにやさしかった。
──その言葉は、光のようにあたたかかった。
頬にひとしずくの涙が伝う。
かつて、リアという少女がイファに伝えたかった想い。
そしてこの世界に残した、最後の祈り。
それは、時を越えて届いた、ひとひらの願い。
これが奇跡でなければ、なんだというのだろう。
イファは、そっと目を閉じた。
あの声が、たしかに自分に届いたこと。
それこそが、リアという存在の証だった。
リアが残した想いは、今も、誰かの中で生きている。
「リア、ありがとう」
白いアネモネの花が風に揺れるノアレの町で、
イファは一歩、踏み出した。
風が吹き抜けた。
空は、どこまでも澄んでいた。
