それでも、この世界で、光を


空を裂くように汽笛が響いた。
アーゼル共和国を北から南へつなぐ列車が、ゆっくりと駅に姿を現す。

ノースフィアの外れにある小さな駅から、イファは朝一番の列車に乗っていた。

あの時はまだなかった列車の車窓から見える風景は、
どこか懐かしく、けれど確かに変わっていた。


見捨てられた街と呼ばれていたアルメリアには、
折れていた街灯の跡に、新しいランプが灯っていた。
人々が暮らしていた住宅街は、まだ多くが更地のままだが、
それでも風に揺れる草花が根を張り、小さな工房や食堂がぽつりぽつりと開店していた。


「……少しずつでも、戻ってきてるんだな」

列車の窓際で、イファは目を細めた。

アルメリアにも人は戻り始めている。
けれど、再生には、想いだけでは届かない現実がある。
すでに他の土地で生活の拠点を得た者たちにとって、元の場所は思い出の中で静かに眠るだけの存在になっていた。

しばらく列車に揺れると、線路の先にはあの町が見えてきた。


列車は静かに減速し、終着駅──ノアレに到着した。


町の広場は、あの日と変わらず静かだった。
整備された石畳には、今では祈念碑が据えられていた。


かつてルクシミウムの実験場となり、すべてが失われたこの場所が、
今では人々の記憶と祈りの場となっていた。



イファは、ゆっくりとその中心に歩み寄る。

手には、白い花束。
あの日、光とともに消えた少女──リアへ捧げるためのものだった。


「……リア」

花を添えて、イファはポケットに手を伸ばす。
そこにあった、二つの小さなもの。

ひとつは、毛糸で編まれた小さなお守り。
もうひとつは、白いアネモネで飾られた栞だった。

「……あの時、渡せなかったんだ」

小さく、独り言のように呟く。

「今日なら……ちゃんと、渡せる気がして」

毛糸のお守りを、そっと祈念碑の前に置く。

「これは、俺の母さんからだ。無事に帰ってきて、って……」

一瞬、言葉に詰まり、それから、静かに続けた。

「……でも今は、
リアの祈りが、ちゃんと世界に届きますように、って」

続いて、アネモネの栞を添える。

「こっちは、ミナからだよ。言葉にできないなら、形にすればいいって……」

白い花が、風に揺れた。

「……ちゃんと、届いてるよ」

それは、誰に向けた言葉だったのか。
リアに。
町に。
それとも、自分自身に。

イファは、深く息を吸った。


風が吹き抜ける。
そのときだった。


「いつも、背後から現れますね。あなたは」

足音がする方へ振り返ると、一人の男が立っていた。

「……久しぶりですね」

少し痩せたようにも見える男の姿。

セリオ・ヴァイス。

かつてリアを兵器として扱った男。
サンティスを殺し、ノアレを沈黙の町へと変えた男──

イファはセリオの前にただ静かに立っていた。
セリオの手にも、綺麗な深い青色の花が握られていた。

「今日、ここであなたに会えると思っていました。……償いという言葉は、あまり好きではないのですがね。それでも、少しでも彼女や……彼の意志を継いでいけたらと、今は思っています」

「サンティス博士の……?」

セリオは頷いた。

「私は今、ルクシミウムの“癒し”の力を研究しています。ここであの子が見せてくれた希望。サンティスが信じていた可能性……今の私には、それだけが救いなのかもしれません」

風に、遠くの鐘の音が重なる。

イファは目を伏せ、ゆっくりとアネモネの花束を地に置いた。

「リアは、あなたを恨んでいなかった。ただ……選びたかったんです。自分の人生を、自分の意思で」

「……わかっています。いや、今だから、わかります」

セリオはイファの隣に腰を下ろし、リアの瞳と同じ色の花束をそっと添えた。

「……また、来ます」

そう言って、セリオはイファに背を向けた。
真っ青な青空の下で、彼の背に揺れる薄いコートが、風に翻る。

イファはその背中を見送っていた。