西陽に照らされた街並みが、金色に染まっていた。
まるであの夕暮れの日のように。
ノースフィアでは、いつもと変わらない日常が過ぎていく。
今も、世界のどこかでは争いが続いている。
空には新たな兵器が飛び、
遠い国では、きっと今まさに誰かが命を落としている。
ルクシミウムの研究も続いていた。
けれど、ここには、変わらぬ穏やかさがあった。
教会の鐘が鳴り、風が子どもたちの笑い声をさらっていく。
町は、今日も生きている。
──静かな祈りの中、ひとりの女性が教会の椅子に腰掛けていた。
目の見えないその人は、風の匂いで季節を知る。
頬に当たる陽のあたたかさに、今日が晴れだと知る。
マリナは、ゆっくりと手を合わせた。
祈る言葉は、声にならない。
けれどその胸には、今も、あの少女の笑顔が息づいている。
「……今日もありがとう、リア」
唇が微かに動いた瞬間、風が、教会の扉を揺らした。
「あら、あの子が遊びにきたのかしら……?」
ふふっと笑うマリナは、「今日は帰りにアネモネでも買って帰りましょうか」と小さく呟いた。
町の中心では、小さなパン屋の看板が軽やかに揺れていた。
店の中からは、明るい声と子どもの笑い声が響く。
「ほら、お店の中で走らない! もう、仲良く食べなさいっていつも言ってるでしょ!」
「ママがわるいんだよ! ぼくだってチョコ味が食べたいのに!」
「チョコのはわたしのだもん! わたし、ママのつくるオルレアンがいちばんすき!」
双子の子供をぎゅっと抱き寄せて笑うブロンド髪の女性
──リゼット・フローレは、子供たちに問いかけた。
「……ねえ、リアって覚えてる? ままの大事なお友達」
「うん! ままが何度も話してくれた! わたしたちのこと、守ってくれたんでしょ!」
「いまはね、お空にいるって!」
「ふふ、そう。きっと今ごろ、お空の上でもママの作った大好きなオルレアン食べてるわね」
くるくる笑うその姿は、昔と変わらぬままだった。
リゼットは今も変わらず、ノースフィアの人たちに笑顔を分けている。
そしてその背中には、小さな命を守る母としての強さが宿っていた。
町の北側、警備詰所の一室。
デスクには書類が山積みで、その中央に一冊の手記が置かれていた。
タイトルは
『それでも、この世界で、光を――ある少女と、ひとつの選択の記録』
「……ようやく終わったか〜」
小さく息を吐いた男、カイ・ロウェルは、背伸びをしながら隣に目を向ける。
その制服には、かつてとは違う徽章が光っていた。
アーゼル共和国・北部防衛本部の総司令。
そんなカイだが、変わらずに時々ノースフィアの警備隊の詰所へやってくる。
「隊長〜! すっかり板についてきたな〜!」
「カイさん……暇なんですか?」
そう言って、総司令官に冷たい眼差しを送る。
真っ直ぐな深緑の瞳と落ち着いた気配。
警備隊の制服に身を包んだイファ・エルネスは、以前よりもどこか大人びて見えた。
「んなことねぇよ! 忙しい訓練の合間に可愛い弟分を励ましにきてやったんじゃねぇか!」
「あ〜はいはい、ありがとうございます〜」
カイは、おいおい、と大袈裟に身振りをして嘆いてみせた。
「そういえば、講演会、来週だっけか? 講演に手記に……よくやるよな〜。まったく、働きすぎだぞ、隊長さん」
カイはぽんとイファの肩を叩いた。
「カイさんだって人のこと言えないですよ! 総司令官になったかと思えば、今年から士官学校の教官にまで抜擢されて」
「まぁな。あんなことがあっても、危うい状況は変わらねぇんだ。誰かが、あの子みたいに、戦わない勇気を伝えていかないとな……」
「俺は、警備隊としてこの町を守ることが使命です。でも、それだけじゃない。リアが守ろうとした世界を、どうしたら守り続けていけるのか……伝えていきたいんです。リアの声を消さないように」
「……お前が、リアちゃんのことを話すたび、あの子の命は、誰かの中で生きていく……」
カイはひとつ、大きく呼吸をして微笑んだ。
「イファ、立派になったな」
照れくさそうに目を逸らすイファを見て、カイは嬉しそうに目を細めた。
風が詰所を通り抜ける。
行き着く先は、町の診療所の裏庭。
静かに揺れる木陰のもと、白衣に身を包む女性がノートをめくっていた。
「こないだの患者さん、症状が長引いているみたいなんだ。……薬変えてみようかな」
声の主は、ミナだった。
ジュード医師のもとで研修を続けながら、今では町の診療所を支える医者のひとりとして働いていた。
傍らには、やさしい表情をしたミナの夫、ユウト・アルディエルの姿がある。
「ミナはいつも勉強熱心で、本当、尊敬するよ」
「……リアがいたら、なんて言うかな」
ふと、そんな言葉が口をついた。
ユウトはそっと、ミナの手を握る。
ミナは少しだけ空を見上げて、やさしく微笑んだ。
「……がんばったねって言ってくれるかな」
ユウトが静かに頷いた。
空がゆっくりと暮れていく。
誰もが、ふとした瞬間に思い出す。
風に揺れる銀色の髪。
やわらかな瑠璃色の瞳。
世界の片隅で、たしかに生きようとしたあの少女のことを。
そして、また今日も、それぞれの場所で、それぞれの想いを胸に、人々は今を生きていた。
彼女が灯した光が、誰かの明日を照らしていた。
