歩みが止まったのは、リアがかつて暮らしていた、小さな部屋の前だった。
リアは扉を開ける。
そこには三年前とほとんど何も変わらない空間が広がっていた。
机の上には、使いかけのノート。
棚には、小さな本や装置がきちんと並んでいた。
そしてベッドは、セリオが研究所へ来たあの日のまま。
毛布が乱れ、リアが飛び出していったそのままの形でそこに残っていた。
時が止まっているようだった。
リアは足を踏み入れ、そっと部屋を見渡した。
「……何も、変わってない」
それは、安心でもあり、哀しみでもあった。
イファは彼女の後ろで静かに立ち尽くし、その背を見つめていた。
リアは部屋の奥にある棚へと近づき、黒い端末を手に取る。
「これだ……」
端末に触れると、青白い光がゆっくりと浮かび上がった。
その中に、ひとつのファイルが表示された。
──《最終記録:リアへ》
リアは少しだけ息を詰めてから、再生を選ぶ。
微かにノイズが走ったのち、
そこに現れたのは、白衣を着たサンティス博士の姿だった。
彼は机に座り、手を組んで、しばらく沈黙していた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
『リア。もしこの記録を見ているなら、君は……世界を背負い、大きな決断の前にいるのだろう。本当は、こんなものを残したくはなかった。でも、これは備えだ。君が、君の人生を歩むために……』
『私はきっともうすぐ死ぬ……。それが多くの命を奪ってしまった私の運命……』
サンティスは少し視線を伏せると、ため息をついて続けた。
『リアが背負ったものは、とても重い。世界は残酷だ。戦争は、多くを奪い、理不尽を塗り重ねていく。君はそんな世界の中で、それに立ち向かわなければならない。自分の存在そのもので……』
『それは、本来誰にも背負わせてはいけないことだ。……しかし、私は、立ち向かわなければならない責任も打ち勝てる可能性も、全てをリアに背負わせてしまった……。本当に、すまない……』
リアの手が、小さく震えた。
隣でイファが、そっと彼女の手を包む。
サンティスの声は、どこか遠く、けれど深く響き続ける。
『リア。君のルクシミウム・コアは、記憶や感情を充填し、それを媒体として覚醒する。けれど……君とコアの共鳴が不完全なまま覚醒すれば、コアは暴走し、最悪の場合……』
『……爆発するだろう。あの日のノアレのように……』
イファの瞳はぐらりと揺れる。
リアは静かに手を伸ばし、首元の制御装置に触れた。
『だから、君には共鳴の練習が必要だった。共鳴ができれば、自らの意思でコアの力を制御できる。その力は、君自身の生命装置であるだけではなく、人を救うこともできるかもしれない』
リアの手を包むイファの手に力がこもる。
『君自身の意志で、コアと向き合う力をつけてほしかった。それが、私の願い、そしてリアに、このコアを埋め込んだときに誓った使命だった……そばで支えてあげられず、一人にしてしまって、本当にすまない……』
サンティスはゆっくりと頭を下げた。
再び顔を上げたとき、目には確かに強さがあった。
『でも、どうか覚えていてほしい。私は、この力を使う日が来ないことを、心から願っていた。共鳴し、コアが本当のリアの心になる日を。君には、ただのひとりの女の子として、生きてほしかった』
映像の中のサンティスは、そこでわずかに口元をほころばせた。
その笑みは、どこか父親のような、切なさを帯びていた。
『リア。君には最後の手段がある……それは…──』
