たそがれに、恋



 好きな人に好きだと言ってもらえる確率は、一体どれくらいだろう。
 少なくとも俺には、限りなくゼロに近い確率だったと思う。そもそも好きな人――洸は、男を恋愛対象にしている人ではない。ずっと俺のことを親友だと明言していたし、俺も親友として振舞ってきたから。

 どれだけ『すきだ』という気持ちが募っても、この想いは届かずに死んでいくもの。口にすることなく、同じだけの想いが返ってくることもない。それを親友という立場で甘んじて受け入れて、ずっと洸の傍にいる。

 そう決めていたのが、あの夜崩れた。
 勝手に溢れた想いが、口をついて出てしまったと気付いた時には、すでに洸に伝わってしまっていた後だった。絶縁を覚悟した。なのに、洸は拒否反応どころか、俺に気があるかもしれない、と思わせる反応をみせた。
 俺は、そんな洸に付け込んだ。
 でも、絶対に悲しませないと心の中で決めた。
 
 だというのに、俺は洸を泣かせた上に怒らせた。
 ユキちゃんのことを見られていたなんて全く知らなかったとしても、それは結局言い訳だ。ユキちゃんの話を最初から洸に話しておけば良かったのだ。なのに、洸と恋人になったことに浮かれて、俺はその努力を怠った。
 バカだと思うし、正直絶交されても可笑しくなかった。
 
 だから、本当に言葉にし尽せないほど、叫び出したくなるほど嬉しかった。

――璃空の事が好きだよ

 その言葉が洸から届いた時、一瞬自分の耳が可笑しくなったのかと思うくらいには。でも何度太ももを抓っても、痛みは本物で、丁寧に言葉を重ねてくれる洸も本物で、夢じゃないんだ、と理解した途端、涙が溢れた。

 こんな俺に、もう一回チャンスをくれるのか。

 洸が底なしの優しい人だからこその答えかもしれなくても、その優しさに付け込むことになるとしても、もう一度くれた大切な大切な恋人という立場を捨てられるはずなんてなかった。
 自分でも引いてしまうくらい、洸のことが好きだから。
 もう二度とこんなに人を好きになる事なんてない、と思えてしまうほど。これを洸に言ってもきっと、大げさだ、と笑われてしまうんだろうけれど。

 カッコつけて今日は家に帰る、と言ったのに、結局洸の家に泊まる事になってしまった時のカッコ悪さと言ったらなかった。そんな俺にも洸は、事故はしょうがないだろ、と笑ってくれた。余談だが、スーパーに行った帰り道、本当はもう少し一緒にいたいと思ってたから泊まるって言ってくれて嬉しい、なんて笑うから、理性が千切れてしまうかと思った。

 どうにか理性が勝ち続けた――途中本当に危なかった――俺は、狭いだろうに、洸と一緒のベッドの上で眠ることになった。
 眠れないと喚いたのは、心臓が落ち着かないという緊張が半分と、今日のことがあまりにもリアルな夢だったらという不安が半分あったから。
 目が覚めたら、都合の良い夢でした、だったらどうしよう、と思った。だからいつまでも眠りたくなかったのに、洸の隣は心地が良くて。
 意識がゆっくりと溶けて、いつの間にか眠ってしまっていた。


 そして、現在。部屋に朝陽が満ちている。

 そんな中で、穏やかな寝顔を晒している恋人がいる。
 あまりにも都合の良い夢の続きでも見ているんだろうか。そう思って、洸の頬に触れる。
 落ち着いた寝息と、仄かなぬくもり。
 嫌でもそれをまざまざと感じて、思わず飛び退いた。
 刹那。

 尾てい骨に激痛が走ったのと、派手な音を立てて床に落ちたのは同時。痛すぎて声すら出せずにただただ痛い場所が分からず彷徨う手で、腰を擦った時だった。

「璃空!?」

 少し上の方から声がして、顔を上げる。起こしてしまったのか、ベッドの上から俺を覗き込む洸と目が合った。洸は目を丸く見開いて何度か瞬きをした後、ふはっ、と噴き出す。痛みに混じってじわじわと恥ずかしさが募っていく。
 昨日からカッコ悪すぎて、このままじゃすぐに洸に飽きられてしまう気がしてしょうがない。その場で蹲ってさらなるカッコ悪さを重ねることは出来ずに、洸をじっと見つめることに徹した。

「はは、笑ってごめん。お前のそういうとこ、見るの初めてだったから」

 伸びてきた手に、頭をくしゃくしゃと撫でられる。その手つきには揶揄いや嫌味はなく、どちらかと言えばやわらかさを感じて、俺は余計に何も言えなくなった。
 よくよく見れば、洸も髪が寝癖で跳ねている。
 泊まりをしてもいつだって洸は先に起きていて、身だしなみも崩れることは殆どないから、寝起きの姿は新鮮だ。洸の新しい一面を知れた気がして、恥ずかしさは徐々に消えていく。
 これからは、こうやって一日ずつ洸と日々を重ねていくのか。
 それを妙に実感して、胸が言葉にしづらい感情でいっぱいになる。それは温かさを帯びていて、むず痒さと嬉しさを混ぜ合わせたような感情だった。
 いまだに頭を撫で続けている手を取った。握り締めながら瞼を下ろす。

 今度こそ絶対に、悲しませたりしない。
 失望させたり、離れていったりしない。
 
 他でもない洸に、そっと心の中で誓う。
 不思議そうに名前を呼ばれて顔を上げると、洸の瞳にだらしない顔をした自分が映っていた。なんでもない、と告げて笑う。

 洸は知らなくていい。
 今日も明日も明後日も、洸が隣で笑っていてくれるように、俺が守ると決めたことだから。
 知らないまま隣で笑ってくれていたら、それでいいのだ。