カルマホームはIPOを見据え、健全化の構築に奔走していた。
業績は好調、社員数は1,500名を超えたが、慢性的な人員不足に悩まされていた。
採用基準は緩み、そこを突いてひとりの女性社員Pが入り込んだ。

彼女の履歴書にはAIで加工された別人級の写真が貼られ、職務経歴は詐称されていた。
人事も 少し突っ込んだ話を訊けば化けの皮は簡単に剥がれたはず。

「怠慢」ではない。計画された採用人数というプレッシャーが採用基準を緩める。


OJTを任された主任は、実務を教えるたびに違和感を覚える。
「トップセールス級の経験者のはずなのに、基本がまるでできていない、、、と言うより素人以下!?」――その矛盾が主任を苛んだ。

主任は店長に相談した。だが返ってきた言葉は意外なものだった。
「騙されてやれよ」
それは冷たさではなく、愛のある忠告だった。店長自身、かつてセクハラの冤罪に苦しめられた過去があり、女性社員の恐ろしさを知っていた。

Pは入社して直ぐに布石を打っていた。
「私ドMなんで、ビシバシやってもらって大丈夫です」
主任はその言葉を冗談として受け止めていたが、同時に、厳しい指導を正当化する免罪符のようにも感じていた。
とは言え、今の世の中「昭和的」な熱血指導が時代に合わないことは重々承知していた。
次期店長候補として皆を引っ張っていかなければならないポジションの主任は、マネジメントやコーチングの書籍を読み漁っていた。

OJTとして新入社員の力量を測らなければ指導もままならない。
まずはヒアリングするしかない。
そして驚愕する。
知識も経験値も一般常識も想像の遥か下をいく。
モグラのように地下に潜る彼女の正体がどこに居るのか見失う。

Pは質問により剥がされていく化けの皮を拾い集め、そこに怨みつらみを書き綴っていた。
そして剥がされた化けの皮の怨みを晴らす為に罠を仕掛ける。
自ら発信でセクハラの種を蒔く。興味のない主任は中々引っ掛からない。
そこで心を許したフリをし、過去の黒歴史を明かし、緩ませ、会話の流れで発言を誘導する。
狙いどおりのセリフが出たところ、該当部分を切り抜いて化けの皮の裏に貼り付ける。
そうやって集めた怨恨のコレクションを手に、満を持して店長に泣きながら訴える。

泣きつかれた店長は「本当か?」と一瞬疑いはしたが、火のないところに煙は立たないと思い、上に報告する。

そして会社には「切り抜かれ脚色された主任の声」だけが訴えとして記録された。

主任を呼び出した店長は
「君、これ言った?」
スマホの画面一杯に並べられた怨みつらみのコレクションを見せて口を噤む。
落ち葉のように敷き詰められた言葉をスクロールしながら目で追う主任。
主任が手を留めてスマホをデスクに置く。
暫しの沈黙の後、店長はドスの効いた低い声で叩きつけるように言った。
「全部アウトだ!」

文脈を失った断片は、パワハラ、セクハラの証拠として提出された。
主任の弁明は許されず、加害者として記録に残された。


「ヤバいやつだから気を付けろと言ってあっただろ?
履歴書にあんな写真を平気で貼ってくる奴だぞ!
返し技を沢山用意してるに決まってんだろ!」

罠にはまった教え子に対して悔しそうに怒鳴る。


Pが偽りだらけの履歴書で入社した事を上層部は忘れている。
いや、採用責任を問われることを考えると伏せておきたいのかもしれない。
或いは主任を減俸処分にすればむしろ固定費も下げられると考えたのかもしれない。
思いがけない一石二鳥。悪用された制度が社員のマインドを歪める。