Excalibur

 ◇コンコース◇



 バシュゥ――ッ。
 旋風脚の煽りを受けた長身美女、ハイドラの左側の顔面が虚空に蒸散した。
「……くっ、こやつ……」
「ハイドラ様っ!」
 上役の窮状を目の当たりにしたエスタが、険しい表情で眼を大きく見開く。
「ケッ、何かよく知ンねーが……、――効いたみてーだなッ」
 ヴヴ、――ヴォ……ドガァッ!!
 身体の一部を蒸気化させたまま、ジャッカルが倍速の回し蹴りを浴びせる。
 ――ジュゥッ!!
 強烈な熱風をガードする能面美女の両腕が、虚空の中に音を立て蒸発する。
「くっ、……――エスタっ!」
「おのれ貴様っ!」
「……――チィッ」
 ――ビュゴォオッ。
 吹きぬけた鋭利な突風がジャッカルの姿を弾き飛ばしたか、――に見えた。



 ――ヴヴ、ヴォォ――……。
 吹き飛んだ男の幻影が陽炎の如く掻き消え、エスタの総身に蒸気が集まる。
「絶技、……炎風呪縛」
「……ぅ、……くぅっ」
 ギチィ、……ゴォオ――。
 加勢したエスタの五肢を、蛇の様な炎の蒸気が蜷局を巻く様に締め上げる。
「どーだ、このまま昇天させたろうか?」
「はっ。……頭お花畑で……いーよねっ」
 キュゥ、……ゥ――……。
 周辺の気圧組成が変わった。エスタを縛りつける炎の勢いが鎮火してゆく。
「ケッ、ゾーイを気絶させたのぁこれか」
 ――トッ、ゴォンッ!
 縛りの解き際にやや間を開けて放ったスピンキックが、エスタに当たった。
「――きゃっ」
 ――ダァンッ。
 衝撃を捌けぬまま側頭部に入った倍速蹴りが青髪の少女を床に叩きつける。
 精霊とはいえ受肉体だ。現世に留まるには物理化が必須。そこを狙われた。
「へッ、なぁるほど。完全にエーテル体とはいかねェ様だな」
「お、……きさま……っ」
 ぐぐ、……。
 震えながら男を睨み上げる青髪の少女。たった一発で大ダメージを負った。
「……エスタっ?」
 おぉおぉお――……。
 決まり手を躱され、剰え迎撃された部下の有り様に、呆然自失のハイドラ。
「貴様、よくも……っ、あたしの身体に、……傷を……っ!」
「テメー、義姉さん半ボケ婆ぁにした責任、取って貰うぞ?」
 ボキゴキ――ッ。
 屈辱に燃えるエスタを前に、ジャッカルが組んだ両拳を鳴らして迎え撃つ。

 ◇青海市街地◇


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 ゴォオォオ――……。
 嘗て一世を風靡した栄えある街並みは、今や方々が火の手に包まれている。
「グモォォォオオオオ……ッッ」
 おぉおぉお――……。
 二足で立ち上がると、背筋を伸ばして、ジュンを威圧する魔のグリズリー。
 標的の圏内への侵入を虎視眈々と待ち受け、乾坤一擲の打ち下ろしを狙う。
「……ッ」



 ザッ、ザッ――。
 待ち構える羆型魔獣へと近接するジュン。話はセレスから粗方聞いていた。
 嘗て、地下遺跡の発掘調査の際、友人のディアナが重症を負い失踪した事。
 その際に急襲を受けた相手というのがどうやら羆型の魔獣だったという事。
 魔獣の正体が、どうも旧支配者の拠点ゲートを護るガーディアンらしき事。
「……なら、ディアナの仇を討ちたいよな……?」
 キィィイイ――……。
 銃型の魔神器に神霊力を充填するジュン。増幅器機能など一切ない旧式だ。
 が、――それで十分だった。神々の中でもルシファーの神霊力は桁が違う。
「ジュンさん一人で、本当に大丈夫でしょうか?」
「あぁー。アイツは何言っても無駄。話聞かない」
「私の話は、ちゃんと相槌も打っていましたよ?」
 ギギ、ギ――……。
 歯軋りするカミュ。セレスの話は、ちゃんと賢く従順に聞いていたらしい。
「……ぁ、そ……。今度懲らしめとかなきゃ……」
 馬乗りになっての股ぐりぐり締めか、座りこんでの大口咥え込みが良いか。



「全く。奴隷は従順じゃなきゃ困るんだから……」
「奴隷? 貴女、ジュンさんとは一体どういう?」
「ぇ? ぁたし、何も言ってないよっ。ぁははっ」
「…………?」
 猜疑に満ちた眼差しを浴びながら、カミュは引き攣った苦笑いを浮かべる。

 ◇木崎直人邸◇



 ホゥ、ホゥ――……。
 月夜のテラスで珈琲を愉しむ直人。周囲の森では梟の合唱団が歌っている。
 瀟洒なテラスライトの薄灯りが心地よい。楓は一足先に就寝したばかりだ。
 記憶も混乱、体力も限界だったのだろう。床に就くなり熟睡してしまった。
「……」
 瞼を閉じて自省すれば、青髪少女の姿が浮かんできては瞑想の邪魔をする。
 結界内で共に過ごした一連の冒険は、直人の深層意識に影響を与えていた。
 そこには自己を研鑽出来る高い壁があり、試練があり、成長機会があった。
 永い旅を終えた直人に残されたのは燻った蟠りと、――ディアナへの慕情。
 犬猿ではあったが、彼女は機会をくれた。成長を助け、共に喜んでくれた。
「……チ……ッ」
 舌打ちする直人。居ても立っても居られない歯痒さが心中を満たしていた。
 この地に留まれば、確かに余生を楓と平穏無事に生きられるかもしれない。
 が――。直人自身の成長は、可能性は。そこでストップしてしまうだろう。
「何のための人生だ……ッ。俺はこのまま、……朽ちるのか……――ッ」
 楓を奪われた復讐を果たす――。その為だけに総て擲って尽力してきた筈。
 が、目標がほぼ達成されてしまった今となっては、何を拠り所に生きろと?
 どんな栄華も色褪せる。護りに入るのは自然だが木崎流の教義には反する。
「……っ」
「……ん? 何だ?」
 空耳だろうか――。梟の囀りの合間に一瞬だけ人の声が聞こえた気がした。



 ざわ、ざわ――……。
 幻覚か? パーティ会場の様だ。洒落たホールの中に人集りが出来ていた。
 近現代の学際の様だ。模擬店が林立し、懐かしいディスコ曲が流れている。
「かぁ~んぱぁーいっ♪」
「……乾杯。……ぁん?」
 二度見する直人。青い髪色だと思っていたディアナは、金髪の少女だった。
 あどけない顔も瞳の色も一緒。ただ、髪と着ている学生服の色だけが違う。
「お前、……騙したな?」
「へ? 一体、何の事?」
 とぼける金髪の少女。いや、これが素なのかもしれない。天然なのだろう。
「レディース、エンド、ジェントルマンッ!」
 何処かで聞いた様な声――。何時かの闘技場の主催者の声だと直ぐ解った。
「お待ちかね、イッツ・ショウ・タイムッ!」
 ジェスのマイクパフォーマンスが参加者の承認欲求と顕示欲を煽りに煽る。
「今回晴れの舞台への挑戦者は決まったか?」
「おぉおッ! プロムナイトの時間だぁッ!」
「新たなカップルの誕生はまだかぁあッ!?」

 バサァッ――……。
 ホール内が、騒然と色めき立つフォーマルなダンスパーティ会場と化した。
「ほら、直人っち、行くよっ!」
「は? ……ぁ、……おいッ?」
 ぐ――っ。
 金髪の少女に腕を掴まれ、学生の居並ぶ環の中央に引っ張り出される直人。
「おぉーっと、これは豪胆な参加者だぞぉッ」
 ♪~♪~♪
 小ホール内を賑わしていたディスコ曲が一変、ムーディーな曲調に変わる。



「プロムダンスって、一度踊ってみたかったんだよねぇ~♪」
「おいお前、……俺をダシに勝手に願い叶えてンじゃねーよ」
「きゃははっ♪ 世の中、叶えたモン勝ちだもんねぇ~だ♪」
「……ッ」
 嘆息しながら直人は思い出す。そう、この子にはどんな正論も無駄だった。
 ♪~♪~♪
 憂いの曲調を帯びたメロディに乗り、少女にリードを任せステップを取る。 

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「…………」
 おぉおぉお――……。
 気付けば、涙が流れていた。手に持った珈琲カップがすっかり冷めている。
「……はぁ……」
 深い吐息が漏れる。漸く現実に戻って来たのに、何かが決定的に足りない。
 刺激――。試練――。魂を揺さぶる死闘――。ドジで間抜けな熾天使――。
 そのすべてが、あの一瞬に在った。今一度――。心の渇望を抑えられない。
「……楓、少しだけ、……留守を頼む……」
 ガタンッ。……――ザッ、……。
 意を決すかの様にチェアから立ち上がると、直人は深い夜山を下り始めた。