Excalibur

 ◇コンコース◇



 ヒュォォ、――ザシュッ。
 鋭利に研ぎ澄まされた大気の刃が全方位から霊術師の身体に降りかかった。
「……くっ」
「――っ?」
 瞠目するエスタ。渾身の旋風斬だったが、標的の霊術師は耐えきれている。
 八つ裂きにするつもりで放った技が、不発――? 心中の動揺を押し隠す。
「へ、へぇ……。あんたさ、ちょっと頑丈になった?」
「ふ、ふふ……っ。それって、誉め言葉ですかしら?」
 ヴォン、ヴォン――……。
 ゾーイを包む霊力は、今や増幅器を通じて約千倍程にも膨れ上がっていた。
 神霊力の総量が現在エスタを上回っている為、致命傷を被る可能性は低い。 
「……っ」
 ヴォン、ヴォン――……。
 両手首に纏った呪印円環が、低音の唸りを放っている。攻撃には時期尚早。
 対峙する標的が世界の脅威たり得るかを確認してから後でも、遅くはない。
 が、――……。
「結構、……キツいですわね……」
 膨れ上がった霊力を纏い続けるゾーイの身体はもう既にスペックオーバー。
 纏い続けるには生身の身体がもう保たない――。決着を急ぐ必要があった。
「……もう一度問います。……貴女、それはご自身の自由意志なの?」
 おぉおぉお――……。
 気迫を滾らせるゾーイの最後通告に、青髪の少女はへらりと軽薄に微笑う。
「あんたってさぁ、……もしかして私に勝てると本気で思ってます?」
 ピクリ――っ。
 眉が胡乱気につりあがる。彼女の謎めいた台詞の意味が良く解らなかった。
 現在、ゾーイの霊力はエスタの総量――、彼女の防御力を僅かに上回る筈。
「どういう意味? 私はただ、可哀相な貴女に選択肢を――、ぅっ?」
 ――フッ。
 不意の呼吸困難に、瞠目する女霊術師。大気組成が変質した事を察知する。
「……あ、……貴女――、……な、何を……?」
 おぉおぉお――……。
 低酸素脳症――? 思考が億劫になり、全身が心地よい倦怠感に包まれる。
「貴女、悪い人じゃなさそうだから。バーンは止めといたげるねっ?」
「……バーン? な、何故……、そんな、ことが……」
 屈託のない無邪気な少女の薄笑いが、ゾーイの眼には残酷な笑みに映った。
「……く……っ」
 シュゥゥゥ、……――――ドゥっ。
 手首の呪印円環が消失する。ゾーイは力の抜けた糸人形の様に倒れ込んだ。
「御免ね、おばさん。私、こんな所で足止め食ってる訳にいかないの」
 おぉおぉお――……。
 地上への侵攻後から懐かしい霊質を感じていた。現地へ向かって来ている。
 親しい間柄だった気がする。が、どんな相手だったかまるで思い出せない。
「……っ」
 記憶は一切ないが、その霊質の持ち主と実際に会い、確認する必要がある。
 だが、その前に――。成すべき雑用があった。地脈となる青海駅の制圧だ。



 ゴォ、……ォオッ――。
 霊質を受けて気圧が変わった。エスタの真後ろに長身の美女が立っていた。
 纏った黒色のドレスから水が滴っている。移動後の床面は水で濡れている。
「何だ、しっかりしろアテナッ!」
「チッ、口から泡ァ吹いてやがる」
 オォオォオ――……。
 遠間で慌しい喧騒。先まで戦っていた少女――、アテナが気を失っていた。
「……私の、流麗な剣技が……っ」
「オノ、レ、……ヨグルメガ……」
 その傍では、忘我の金髪女とボケた初老の男がぶつぶつ小言を呟いている。
 月の住人と居合わせた魔王衆はほぼ戦意戦力を失い、制圧完了とみて良い。



 ピチョン――……。
 漆黒のドレスから滴り落ちる淀んだ水滴。ハイドラは怒り心頭の御様子だ。
「エスタ? 大分話し込んでいた様だけど。貴女何を喋っていたの?」
「は、ハイドラ様……。ぇ、いぃえ、わ、私は特に、……何も……っ」
 おぉおぉお――……。
 謎めいた長身美女、ハイドラがエスタの背後で何らかの気を感知している。
「あぁそう……。そんな事をお話に……。貴女も変わってきたわね?」
「いえっ。違いますっ。我らが信奉者ヨグル様に逆らおう等とはっ!」
「へぇえ……。そうですか……。その様な事をお話になられたのね?」
 ――ヴヴヴ――……。
 何事か得心し、頻りに頷く長身美女。その死角から熱蒸気が近接してくる。
「に、しても……。何処までも身下げ果てた浅ましい女ですこと……」
 ――ギロリ――。
 床に倒れる霊術師ゾーイを、氷の様な金色の双眸が侮蔑も顕わに睥睨する。
「かような小手先の偽霊力で、……本物の霊力に本気で敵うとでも?」
 ヴヴ、――ヴヴヴ――……。
 何事か得心した長身美女が頻りに頷く。その傍に熱風蒸気が近接してくる。
「エスタ。トドメをお刺しにならないのね? ならこの私が、――っ」
「チィッ!」
 ――バシャアッ!!
 影の様に忍び寄っていたジャッカルの旋風脚が水飛沫と共にガードされた。