Excalibur

 ◇学園校舎前◇



 ドガァ――ッ。
 如意棒の如く伸びた神槍が、群がるゾンビの群れを蹴散らした。
「ぜぇ、……ぜぇ……」
「だ、大丈夫ですか? 褐色肌の兄貴?」
 ズシャ――ッ。
 乱れた気息を整えながら、胸襟を糺す褐色肌の男。満身創痍だ。
「兄貴なんて呼ぶなッ。クレオスでいい」
「は、はぃぃ。す、すいませんでしたっ」
 無粋な男に一睨みされただけで、身を竦ませてしまう安田――。
 が、――今は、このボロの甲冑を着た男だけが頼りなのも事実。
「……クレオスさん、あのジュンとかいう男――」
「あぁ。腹が立つな。女などに現を抜かしおって」
 苦虫を噛む褐色肌の男。ヘラクレスの憤りは鎮まらない様子だ。
「……ですよね~。成敗してやりたいっスよね?」
 巧みに調子を合わせる安田――。今、頼りに出来る男は彼のみ。
 このゾンビに溢れた世界で、祖先から受け継いだ命を繋ぎたい。
「ちょっと最近、アイツ、調子乗ってまスよね?」
「なら一刻も早く後を追うぞッ。置いてかれる!」
「……ですよね。……それにしてもこの男は……」
 突っ伏す中年を見下す眼鏡のフレームが、鈍い煌めきを放った。
「丸々肥え太ったこんな野豚、ゾンビの餌にでも……」
「おい貴様、拙者の前で下洗殿を愚弄する事は許さん」
 悪口に、咄嗟に反応するヘラクレス。地獄耳とはこの事だろう。
「は、はぃっ。勿論、下洗先生も連れて行くべきです」
「よし。安田といったか? 下洗殿を叩き起こすぞッ」
「わ、わかりましたあっ! ほら起きろこのハゲっ!」
「ぁだッ!」
 ゴィン――ッ。
 安田にハゲた頭頂部を蹴飛ばされて、ビクンと反応する中年男。
 むっくりと身を起こすと、わなわなと震えながら立ち上がった。
「だ、誰じゃあ、ワシの頭ぁ、蹴飛ばした奴はぁあッ」
「ひ、ひぃいっ! 僕じゃない、ぞ、ゾンビが……っ」
 下洗に威圧され、すかさず誤魔化す安田。熟練の処世術が煌く。
「何じゃ、ゾンビぃ~? ンなモンやっつけたるわッ」
 ガバァッ――。
 すかさずマッスルポーズを取る中年太鼓ッ腹。勢いが加速する。
「ワシの百烈張り手で、連中を成敗してくれるわッ!」
「そ、その意気ですよ先生ィ! その心意気ですぅっ」
 安田のよいしょに調子づく下洗。褐色肌の男が白い歯を見せた。
「下洗殿ッ、ジュンという男を追いかけましょうぞッ」
「よしゃッ! 早速ワシ等ちゃんこ同盟の初陣じゃあ」
「そ、そんなネーミングやだぁ~っ。ダサ過ぎるぅ~」
「つべこべ言うな安田ぁ! ゾンビの餌にするでッ?」
「ひ、ひぃぃ~。先生ィ~、そ、それもやだぁ~っ!」
「しゃあッ、ならワシの一党独裁で決まりじゃあッ!」
 げはははは――っ!
 気を良くした太鼓ッ腹ハゲの笑い声が、夕闇の空に響き渡った。

 ◇青海市街地◇



 タタタ――っ。
 怖気を感じ、ぞくっと身震いする『ディアナ』。その脚が止まった。
「どうした、ちびっこ。また尿意でも催したのか?」
 呼び直すのも面倒なので、カミュの事はちびっこと呼ぶ事になった。
 尻を叩かれると、お漏らしする悪癖がある事が発覚した為でもある。
「しっつれーね。ゃぁちょっと。急に寒気がさぁー」
 不貞腐れる青髪の少女――。
 白昼夢で、コレクションのランウェイを優雅に練り歩いていた所だ。
 ステージ上でモデルウォークを披露していた矢先、現実に戻された。



「折角の晴れ舞台だったのにぃ~。何か複雑だな~」
 おぉおぉお――……。
 小首を傾げるジュン。彼女が意味不明な事を言うのは何時もの事だ。



「ッ? 風邪引いたか? くしゃみもしてただろ?」
「んー。そーなのかなー。引いた事ないんだけどぉ」
「……ディアナ、貴女、多分疲れてるんじゃない?」
 そっと労わるセレス。偽ディアナの正体に関しては既に解っている。
 先の固有結界内で、彼女の特性、性格に関しても粗方承知していた。
「……っ」
 問題は今――。あの時、命を落としたと思われた友の息吹を感じる。
 正確にいえば、あの頃のディアナと少しばかり霊質が変わっていた。
 禍々しい歪な障気ではない。エーテル。精霊のそれに酷似している。
「どうしたセレス? ぼんやりして。先を急ぐぞ?」
「ぇ、……えぇ。ちょっとだけ、気になる事が……」
「そっかぁ。それって、ぁたしへの恋煩いとかぁ?」
「……っ!」 
 思いがけぬ一言に瞠目するセレス。確かにそれに近いかもしれない。
 嘗て共に戦った無二の親友に対し、確かに憧れに近い感情があった。
 が、――彼女は旧古代遺跡の調査の際、命を落とした、ハズだった。
「……先を急ぎましょう。彼女が、……そこに居る」
「彼女ってー? 誰かと待ち合わせでもしてんの?」 
「おい、こんな時に野暮な事を言うなよ、ちびっこ」
「酷ぉい。誰がちびっこよー。淑女に対して失礼ね」
「待っててね、……ディアナ……っ」
 タタタ――っ。
 絶妙な掛け合いを尻目に、セレスはコンコースに向けて走り出した。

 ◇コンコース◇



 おぉおぉお――……。
 肩で息を荒げるアラビアン美女。パンク風ジャケットが破けている。 
「貴女ってさぁ、良く生意気って言われない?」
「さぁ。そういう悪口は余り言われないですが」
 サラリと嫌味な口調で吐き捨てると、ゾーイは不遜に口角をあげる。
「……っ」
 ヴヴヴ――……。
 掌に空いた霊気孔から魔界へのダクトを通じ、霊力を補充している。
 得た霊力を首に提げたペンダント型魔神器にて数千倍程に増幅中だ。
 絶大な霊力を誇る風の精霊を上回る為には、今暫しの時間が必要だ。
「ねぇ、貴女って記憶が曖昧な様だけど。昔の事、何か覚えてる?」
「……過去の記憶? んー……、何だったかなぁー……」
「……」
 ヴォン――……。
 増幅された霊力がペンダントに蓄積されてゆく。もう、後暫く――。
「誰の命令で動いてるか理解はしてる? 繰人形じゃないでしょ?」
「繰人形……? ぅーん、……誰にも操られてるつもりはないけど」
 素直な性格が災いし、ゾーイの時間稼ぎにまんまと付き合うエスタ。
「じゃ、誰の命令で今回の動乱を企てたの? 心当たりとかない?」
 小首を傾げるエスタ。その様子から、何も知らされてないのだろう。
「一兵卒って訳? 貴女、……誰かさんに利用されてる自覚ある?」
「ぇー? そんな、利用とかないよぉ。私は自分の意思で……っ!」
「記憶もなくしてる貴女に、自分の意思とかって説得力ないよね?」
「……ぅっ。……」
 ゾーイの言葉が刺さったか、青髪の少女が怒りに目尻をつりあげた。
 ゴォオオ――……。
 大気が緊迫する。吹きさらしのコンコースを突風が吹きぬけてゆく。
「それ以上、もう言うな……。私の事、何も知らない癖に……っ!」
「あら、怒った? でも残念。貴女には大気の藻屑となって貰うわ」
 ヴォン、ヴォン――……。
 増幅された神霊力の総量が既にエスタを超えた。後はぶっ放すのみ。