Excalibur

 ◇コンコース◇



 ザァァアア――……。
 膜屋根が大破した開けっ放しのコンコースに、冷たい雨が降り頻っている。
「……ぅ……」
 奥義を容易く無効化されたショックで、レディは半ば戦意を喪失していた。
「チィ……ッ」
 柱に背中を強かに打ち付けたジャッカルも、直ぐには立ち上がれずにいる。
「……くっ」
 躊躇するゾーイ。迂闊に襲撃者を刺激すれば、更なる追撃を浴びかねない。
 一瞬でこの様だ。全滅が見えている。この場は穏便にやり過ごすが吉――。
「オーラを駆使出来るのね? 何処で習得したの?」
 ヒュゥ――ン……。
 片膝をつくゾーイの眼前に、鋭利な飛翔音を伴い青髪の少女が姿を見せる。
「それとも、……生まれつき?」
「私は、……訓練にて会得した」
「……へぇ。そっかぁ。だから大した事ないんだね」
 魔界きってのエリートには侮蔑極まる言葉だ。が、ゾーイは気を乱さない。
「……貴女、何処かで見た事、……あったかしら?」
 パッと見、異星人の一人に似ていた。彼女には、ある人物の面影があった。
「面白い事を言うのね貴女。私の事を知ってるの?」
 ヒュゥン――……トッ。
 少女の爪先が、大理石の床上に降り立った。一見、敵意は無い様に見える。



「何処かで会ったっけ? 良ければ教えてくれる?」
 ぱちくり――。
 青い瞳が、興味津々にゾーイを注視する。瞳の奥は透き通った硝子の様だ。
「いえ、直接会った事は無いわ。ただ、貴女は……」
 ゾーイの知る限り、嘗て異星人の一人に、この様な姿形をした少女が居た。
「……そぅ、ディアナ……彼女にそっくりだわ……」
「っ? ……――ディアナ?」
 シュゥゥゥゥ――……。
 小首を傾げる青髪の少女。総身に纏っていた膨大な神気が、和らいでゆく。
「……っ」
 相手が硬直する間隙を好機とばかり、喪失した魔力の再充填を図るゾーイ。
 両の掌に空いたホール……、魔界経由の『ダクト』から魔力を取り出せる。
「貴女、以前は、ディアナって呼ばれてなかった?」
 ゾゾゾ――……。
 総量は及ばないが、内部のオーラを魔神器で数千倍に増幅する事は出来る。
 ゾーイの黒魔術なら、捕えた相手の霊力を吸収して、無力化する事も可能。
「ほら、……良く思い出してみて。……ディアナ?」
「……ディアナ? それって、私の名前だったの?」
 おぉおぉお――……。
 虚空を見据える青髪の少女。その美貌から、喜怒哀楽一切の表情が消えた。



 おぉおぉお――……。
 夢遊病者の様に両手を見つめる青髪少女。色を失った瞳が動揺に揺らめく。
「私、……何か、大事な事、……忘れてるの……?」
「そうよ、貴女は忘れているの。……思い出して?」
 幼子にでも諭すかの様な優しい美声で唆すゾーイ。魔界霊媒師の真骨頂だ。
 ヴゥン――……。
 膨張する魔力。増幅された魔力が相手の神霊力の総量を上回った事を確認。
(……――今だっ)
 ザぁぁ――……。
 捕縛円環を外周に纏った両の手首を標的に突き出さんとするまさに一刹那。
「にゃぁっ。お前、相棒に何吹き込んどんのにゃっ」
 ――バッ……!
 視界の端から、猫の耳と尻尾を持った異形の影が、眼前に飛び込んで来た。   
「……え?」
「うみゃああっ!!」
 ――ドゴォッ!!
 猫パンチが炸裂。反応が一瞬遅れたゾーイの身体をくの字に吹き飛ばした。

 ◇コンコース◇



 ヴァア――……。
 宙に舞うアラビアン美女。自ら後方に跳び、間一髪で衝撃を逃がしている。
「……ぅっ……」
 ビリビリ――……。
 芯の通った強打に、防御した両腕が麻痺する。凄まじい破壊力だと悟った。
「……不味い……」
 ――ザぁ……ッ。
 今の不意の一撃で、放出間際だった捕縛円環は跡形もなく消し飛んでいた。
 先の攻防でレディとジャッカルが通用しない事も判った。コズエは上空だ。
(……くっ)
 新たな猫型異形に関しての情報は皆無。二対一では流石に旗色も悪過ぎる。
「みゃみゃあっ! にゃあを忘れたら駄目にゃろっ!」
「……ぅ、……くぅ……っ」
 ザザァ――……ドゥッ。
 背中から受け身を取って落下の衝撃を逃す。敢えて死んだフリ作戦をとる。
「かかって来いにゃあっ! それで終わりかにゃっ?」
 にゃーにゃーッ!!
 猫声が喚く。神霊力こそダンチだが、意外とおつむは悪いのかもしれない。



 となると、――黒幕がまだ他にも居るべきと考えた方が良さそうではある。
「……――っ」
 沈黙を保つゾーイ。ここは一旦、相手が引くのを待ち、体勢を整えるが吉。
 ズシャ――ッ。
 瞼越しに透見する。頭上に猫型の異形がこちらを睥睨しているのが判った。
「……?」
「にゃを間抜けだと思ったにゃ? 馬鹿にするにゃっ」
 ――ドボォッ!!
 魔力の源泉、――丹田を足の踵で踏みつけられて、思わず悶絶するゾーイ。
「ぐは……っ」
 ビシャ――ッ。
 口から吐瀉物が吐き散らされる。苦衷の最中に己の認識の甘さを痛感――。
 キィィイイ――……。
 微かな飛翔音が接近する。雲海の合間を縫って一体の深紅の影が降下する。
「にゃは執念深いのにゃっ! 解った……にゃがっ?」
「……サイド・ワインダー」
 ドキュ、――ドガァアッ!!
 急降下した影が地面スレスレで直角に折れ、猫型異形を両の腕で捕縛した。
「にゃあああーーーっ!?」
 ゴォォォオオ――……。
 深紅の影に空高く運ばれ、甲高い声でヒステリックに叫び立てる猫型異形。
「にゃ、ぅにゃにゃあっ!」
「可愛いわ。許さないけど」
「みゃあああーーーっ!!」
 ガリガリガリ――ッ。
 引っ掻き攻撃を繰り出す猫型異形。だが、コズエの顔面には少し届かない。
「……波動砲、展、開――」
 ――ガパァッ。
 観音開きになったコズエの胸部から、鈍色に輝く粒子砲身が顔を覗かせる。

 ◇コンコース◇



 おぉおぉお――……。
 雪崩れ込んでくるゾンビの群衆を、アテナが片っ端から石像に替えてゆく。
「あーもぅキリがないわねっ、マルス、貴方も手伝ってよっ」
「俺はハデス様を御守りせねばならん身だ、御理解しろッ!」
「……うぅ、ぐむぅう……ッ」
 苦衷に顔を歪める初老の男が、何やら戯言めいた事をぶつぶつ呟いている。
「どうなされた、……ハデス殿ッ?」
「うむぅ、……ヨグルの輩め、それで誑かしたつもりか……」
「しっかり、ハデス殿、一体何を言っておいでなのだッ!?」
「……ぅぅ、むぅ……」
 ガックリと項垂れ、再び沈黙するハデス。深い瞑想状態に入ったとみえる。
「ヨグル……? 何者かの干渉を受けておいでという事か?」
 ドキュ、ドキュ――ッ。 
 視線の先では、蠢くゾンビ集の石化に努めるアテナ。今一つは魔王の一群。
 その魔王の群れも壊滅状態の様子。中央に見覚えある女子が項垂れている。
「ん? ……ディアナ、……か!?」
 眼を凝らすマルス。有り得ない――。彼女はある期を境に行方不明のハズ。
 が――、。戦闘服は色違いだが、異界の制服にミニスカ、スタイルが近似。
「まさか……、生きていた……ッ?」
 何らかの理由で地底と連絡を絶ち、地上に紛れ暮らしていた可能性はある。
「アテナ、――ハデス殿を頼むッ!」
 ダダ――ッ。
 青髪女子の下に急行するマルス。本当に彼女が本物か否か確認を取りたい。
「ぁ、ちょっと待ってよ自分だけぇ」
 ドキュ――ッ。
 メドゥーサ光線銃を乱射し、片っ端からゾンビ群を石像に変換するアテナ。
 不満げに唇を尖らせるその眼が、構内へと接近する長身美女の姿を捕えた。

 ◇膜屋根上空◇



 ゴォォォオオ――ッ。
 突き破られた開けっ放しの屋根を突き抜ける深紅の影。腕には猫型の異形。
 傍目には猫を可愛がる猫好き女子の空中遊泳ごっこに見えたかもしれない。
「ぎにゃあああーっ!!?」
「――にゃぁにゃぁ煩いっ」
 ビシ、ギチチ――ッ。
 戦闘服が凍る。雷光瞬く雲海を突き抜けて氷点下の対流圏に達するコズエ。
 キュゥゥ――……ン……。
 背中のスラスターの主電源をオフに。両側の三連バーニアで姿勢制御する。
「……な、何するにゃっ!」
 おぉおぉお――……。
 虚空に漂う刹那の秒針――。異形を対面で見据える猫眼が優しく微笑った。



「ぅふっ。……二人きりね」
「うにゃっ! 離せにゃっ」
 ドタンバタン――っ。
 手中で暴れる猫型異形を愛でる様に眺めるコズエ。その口許が柔和に綻ぶ。
「その声、……むかつくわ」
 キィィィイイ――、……ドォオ――ンッ!!
 閃光、爆音。爆ぜた砲身から迸った一条の光線が、猫型異形の体を貫いた。