Excalibur

 ◇コンコース◇



 おぉおぉお――……。
 黒ヴェールで口許を覆った細身の美女が、コズエと何やら話し合っている。
「この間にも奴等が責めてくるやもしれぬのに……、悠長な……」
「いや、意外と奴さん方、然程の脅威でも無ェんじゃねェのか?」
 余裕めいた微笑を湛えながら、ジャッカルが飄げた様に肩を竦めてみせる。
「? 何故お前に分かる。連中に関して、何か知っているのか?」
「ヤマ勘さ。さっきのダウンバースト、意外とショボかったろ?」
 突如発生した先程の下降気流――。威力自体は確かに大した事はなかった。
「遥か上空からのピンポイント攻撃。効率が悪すぎるだけでは?」
 思案するまでもなく、易々と回答に辿り着くレディ。ジャッカルが頷いた。
「それな? 要は奴さん方、大した攻撃すら出来ねェってこった」
「うぅむ。……しかし、四六時中監視されてるって事であろう?」
「奴さん方もそれ程暇でも無ェだろ? 他にやる事あンじゃね?」
「……成る程。流石はジャッカル。大した分析力だ。褒めてやる」
 得心するレディ。信頼の籠った眼差しに、ジャッカルは苦笑いで場を濁す。
「大した事っちゃねェよ。普段の義姉さんなら直ぐに分かる事だ」
「……ぅむ。そう言われてみれば、……確かにそうやもしれぬな」
 おぉおぉお――……。
 落ち着きを取り戻すレディ。やんわり腕組みをすると、暫しの思案に耽る。



 ――ザッ……。
 レディ達から程よい距離を開けた所で、エキゾチックな美女が足を止めた。
「直ちには、……襲撃して来ない様ね。暫くは小手調べかしら?」
「さっきの下降気流、もしかして風の使い手? 上空に居るのは」
 至極自然なコズエの洞察だったが、ゾーイの読みはもう幾許か複雑の様だ。
「エーテル体そのものかもしれない。姿形を変えられるのかもね」
 ゾーイの霊視では、大気圏に居座る霊力の持ち主は、波の様に映っていた。
 また、特定のソルフェジオ周波数を放っていた。大気と風を司る神の様だ。
「つまり精霊みたいなモノ? 旧世界の神々って連想し難いわね」
「兵法にも依るだろうけれど、ダメージを与える方法もある筈よ」
 ピピッ――……。
 電子音が鳴る。異議を宿す深紅の猫眼が、キョロっと長身美女を見上げた。



「そもそも、彼らと戦う事に、正当性や妥当性があるのかしら?」
「それもそうね……、理由がない以上、無益な争いでしかないわ」
 妥当な回答を得るべく黙考するゾーイ。彼女の中で、既に答えは出ていた。
 正当性も何も関係ない。カースト上位だった旧支配者にとっては当然の事。
 在るべき位置に戻るだけの事。長い眠りの間に占有されてしまった場所に。
「……無益ね。何もかも。だけど自然の摂理に倣ってもいる……」
「自然の、……摂理、とは?」
 ピピッ――……。
 電子音――。連中の思想が、自分達の信念と根本的に異なる可能性がある。
「憶測だけど。神々というものは、本来、エゴイストだと思うの」 
「……嘗ての私がそうだったように?」
「自分達の我が儘を通す為には手段を厭わない。ある意味純粋ね」
「混じり気なしの澄み切ったエゴ――。解るけど身勝手過ぎるわ」
 吐き捨てながら、冷徹な表情一つ崩さず、コズエがやんわり首を横に振る。
「で、……敵の戦力は? まさか世界全土を覆う程なのかしら?」
「数自体は比較的、少ない筈よ。彼らが本当にエーテル体ならね」
 ――キュィィ――……。
 上空を見上げながら、コズエは左眼奥に埋設された電子端末でサーチする。
「……射程範囲外。私の指向性レーダーでは雲海までが関の山よ」
「貴女は電波に頼るから駄目なのよ。霊力や周波数を視なきゃね」
「……苦手なの。そういうの」
 ……はぁ……。
 吐息が漏れる。やんわり諭されて、幾許か、消沈気味に肩を落とすコズエ。

 ◇学園校舎前◇



 おぉおぉお――……。
 先程から凝っと上空に視線を向けたまま、セレスはピクリとも反応しない。
「どったのセレス? さっきから。何か懐かしい感じがするの?」
「……何だ、どうしたんだよ、一体? 何かが、視えてンのか?」
「……えぇ……」
 コクンと小さく頷くと、紫の髪色をした少女は、ジュン達へ視線を向けた。
「ずぅっと上空の方……。ここまで来いって、待ってるからって」
 ざわ――……。
 不穏な表情のセレスを、ジュンも『ディアナ』も固唾を呑み見守っている。
「待ってるって、何がだ。不吉な事言ってても仕方がないよな?」
「そ、そぅだよぉ。セレスってば、時々変な事言うんだからさぁ」
 困惑する二人を交互に眺めながら、セレスは物憂げな視線を下方に落とす。
「変な事、……確かに、そうよね。……私の勘違いなのかも……」
「いや、多分、……お前の感じている事は正しいんじゃないかな」
 気落ちするセレスを、さり気なくフォローするジュン。その表情が曇った。
「でもな、流石に冗談だろ? 俺は空を飛んだ事なんてねェぞ?」
「ぁたしは飛べるけど。ね、セレス。ぁんたにも教えたげよっか」
 憔悴して愚痴るジュンを『ディアナ』が傍から愉し気にからかって茶化す。
「別に空を飛べなくたって、行く方法が、……探せばあるわよ?」
「天空塔、……ルート?」
 ぽんっと浮かんだのがバベルズタワーだった。アレなら天空に続いている。



「ぇ。それってまさか、……あぁ~駄目っ、許可が要るからっ!」
 わたわた――っ。
 両手を前に突き出し、かぶりを振る『ディアナ』を前に、セレスが微笑う。
「許可? 何を言ってるのディアナ? 飛行機に乗ればいいのよ」
 セレスがくすっと悪戯っぽい含み笑いを浮かべる。眼が点になる気がした。
 ――その発想はなかった――。
「……飛行機? セレス、お前パイロットの伝手とかあるのか?」
「ゾンビだらけだよ? ちゃんと運転できる生存者まだいるの?」
「仲間に居るわ。地下だけど。運転の上手い知り合いを呼ぶわね」
 あっけらかんと応えるセレス。それなりの自信がありそうな感じではある。
 異星人の仲間だろうか――。和平条約がまだ生きているなら頼りたい所だ。
「決まりだ。いいな、カ、……ディアナ。で、そいつの名前は?」
「ディアナは多分知ってるわよ。以前会った事があるハズだから」
 キョトン顔を『ディアナ』に向ける。悪戯っぽい双眸がジュンを視返した。
「ん、そうなのか? カ、……ディアナ。会った事があるのか?」
 セレスの手前、実名では呼び難い。事情は兎も角、無難に合わせるジュン。
「ま、セレスが言うんならそうなんじゃない? どうでもいいよ」
 興味がない様だ。『ディアナ』は相変わらず辺りをキョロキョロ見ている。
 忙しなく動く様子は確かに愛嬌たっぷりだが、熾天使の威厳からは縁遠い。

 ◇コンコース◇



 おぉおぉお――……。
 暗雲に覆われる上空。太陽が隠れ、たちまち薄暗さを増す青海コンコース。
 おぉおぉお……。
 何処ともなく襲来したゾンビの群れが各所から駅内に侵入を開始している。
「何をしているアテナッ! ハデス様を御護りするんだッ!」
「わ、わかってるわよっ! 偉そうに命令しないで頂戴っ!」
 ドキュ、ドキュ――ッ。
 両手持ちのメデューサ砲を照射し、アテナが襲来するゾンビ群を石化する。
 マルスは悠然とハデスの傍に突っ立ち、戦況を窺い、或いは指南している。
 うおぉおぉお――ン……。
 何処からともなく、風切る唸り声が上がった。上空の大気が鳴動している。
 ――ビュゴォオッ!!
 重量を増すジャケット。突然、上部から総身を叩かれ、ジャッカルが怯む。



「ッとぉ、ンだよいきなりよォッ!?」
 ゴォォオオ――……ッ。
 吹き付けてきた下降気流だが、前回より規模が大きい。備品が飛ばされる。
「近いわ。上空から来るわよ、コズエ」
「……了解」
 シュボッ、――ゴォォ……。
 背に背負ったバックパックが展開、埋設式ロケットブースターが着火する。
「対流圏上部は零下五十度を超える。本当は行きたくないのだけど」
「そうね。ただ、行く必要は無さそうよ? 恐らくあっちから……」
 ギギ――ッ。
 眼を細める長身美女。黒いヴェールに覆われた口許がギッと引き締まった。
「ッ! ンだて前ェはッ!」
 ――ヴン……。
 突如、ジャッカルの眼前に青い髪色の少女が姿を現し、歪な笑みを見せた。



「ジャッカル、捕えろッ!」
 ……ヴヴ……、――ズシィンッ!
 重力波で予め探知していたレディが掌を翳し、射程圏内での捕縛を試みる。
 が、――。
 ヴヴヴ……フッ。――ヴァアッ!!
 重力波が搔き消され、尚且つ、強烈な突風がレディの身体を弾き飛ばした。
「義姉さんッ! チィッ、ワイヤが飛ばねェッ!」
「ワイヤ。道具に頼るのって、どうなのかなぁ?」
「ンだこの野郎――……ぐッ」
 ヴォ――、ドガァンッ!!
 強風で軽々と飛ばされたジャッカルの背中が、対側の壁に叩きつけられる。
「……っ?」
 ……キュゥンッ。
 コズエの左義眼内蔵レーダが不意にジャムり、肉眼頼りを余儀なくされる。
「電子機器に頼らないと貴女は何も出来ないの?」
「……ぇ?」
 ――ギュバァアッ!!
 真下から発生した渦巻く乱流が、コズエを瞬く間に遥か上空へ巻き上げた。
「お、おのれ……っ」
「待って、レディっ」
 おぉおぉお――……。
 恐慌に陥るレディを、制止するゾーイ。その背後に謎の少女が姿を見せる。
「こんばんは♪」
「……化け物め」
 ポゥ――。
 雷火が散る渦中、咄嗟に魔界から召喚したアストラル体を身に纏うゾーイ。
「へぇ。……貴女は少し出来る様ね」
「……ぐっ」
 ヴァ、……ドゴォオ――ッ!!
 限界圧縮した大気が爆散、後方に跳んで衝撃を逃がすゾーイを弾き飛ばす。