Excalibur

 ◇体育倉庫前◇



 ゴォォ――ン……。
 夕暮れ時の体育倉庫前に、除夜の鐘が鳴るが如き鈍い殴打音が響き渡った。
「ぉ、……ご、……」
 ドゥウ――。
 ゆっくりと地面に崩れ落ちる太鼓ッ腹の中年男。安田が金切り声を発する。
「ひっ……、ひぃぃやぁぁああっ!!」
「下洗殿ッ!」
 ザァァ――……。
 加勢に転ずるヘラクレスの鋭い双眸が、眼前に迫る青髪の少女の姿を映す。
「遅いっ」
「ぐッ?」
 ――ゴォンッ、ザザァ……。
 鉛弾の様な強烈な一撃が、ガードした両前腕ごとヘラクレスを後退させる。
 オォオォオ――……。
 襤褸の甲冑が、青い小さな影に覆われる。ディアナの口許が歪に微笑った。
「魔☆神☆銃っ」
「……おのれッ」
 ドガガガ、――パァンッ!
 怒涛の双連撃ラッシュに押し込まれるヘラクレスの両椀ガードが弾かれる。
「御免ねっ。ぁたしのが強いから♪」
「き、貴様ッ……、……――ぶッ!」
 ――ドゴンッ!!
 ガラ空きの顔面が、閃光の様な右のストレートを浴びて後方に弾け飛んだ。
「へっへ~。一丁上がりーってね♪」
 ドシャァ――……。
 紙切れの様にくるくる旋回するヘラクレスの身体が、遥か後方に墜落する。
「……ひ、ひぃゃぁああああっ!!」
 ぺたん――っ。
 哀れな悲鳴をあげる安田が、地べたにへたり込み頭を抱えてうずくまった。
「ひ、ひぃぃ、お助けをぉぉ……っ」
「ぁんたは賢明だね。ナイス判断♪」
 ――ビシッ。
 ならず者を成敗して可愛くブイサイン。カミュが笑顔で決めポーズを作る。



 おぉおぉお――……。
 呆気に取られるジュン。注がれるジト眼に気付くと、カミュがはにかんだ。
「ぁ、ぁはは。もしかしてぁんた、今の見てたぁ?」
「……いや、見てないよ。……俺は何も見ていない」
「……だ、だよねっ♪ ぇへへっ、ぁりがとぅっ♪」
 ――ぽゥっ。
 その気遣いに、ほんのり頬を染めたカミュが上目遣いにジュンを見つめる。
「ぁんたのそーゅーとこ、けっこう好きだょぉっ♪」
「……何も見ていないから、……心配しなくていい」
 おぉおぉお――……。
 内心、戦々恐々だった。ハゲ男からの奇襲から助けて貰っただけではない。
 耐久力を誇るヘラクレスを、ほぼ一瞬で倒す力量差を見せられたばかりだ。
 己をイエスマンと言うつもりはないが、逆らわないに越した事はない――。

 ◇体育倉庫前◇



 オォオォオ――……。
 校舎前ではセレスが待っているハズ。これ以上この場で時間を費やせない。
「ありがとう。一応、感謝は伝えておいた方がいいよな?」
「そりゃそーだよ。助けたげたんだからさ。賢いぞぉっ♪」
 さわさわ――。
 足の爪先を伸ばし、背伸びしたカミュがぎごちない所作で髪を撫でてくる。
「……。コイツ等どーすンだよ。安田に任せて大丈夫か?」
「いーんじゃない、任せとけば。だって自業自得っしょ?」
 おぉおぉお――……。
 素っ気なく見下ろしながら、失神した中年男を侮蔑気味に嘲り嗤うカミュ。
「ほら、だってさぁ~ぁ?」
 ぺチン――っ。
 自分の尻を軽く叩くと、折檻の意趣返しとでも言わんばかりの満面の笑み。
「ぁたしを辱めたんだよ? こんくらい当然だよねぇっ♪」
「ふぅ、……そうだな。安田、コイツ等のこと頼んだぞ?」
 嘆息混じりに同意するジュン。カミュの言い分には確かに筋が通っている。
「ひ、……ひぃぃ~……っ。ボ、ボクは何も悪くなぃぃ~」
 ――ガタガタ……。
 両手で頭を抱え込み、安田は身体を震わせたまま顔を上げようともしない。
「ほらジュン、急がなきゃっ。セレスの元へ合流するよっ」
 タタ――っ。
 軽快な足取りで駆けてゆくミニスカ姿の少女を尻目に、一瞬間、逡巡する。
「安田、お前にその気があるのなら……、俺を追って来い」
「ひっ……、ひぃぃ……」
 ――ザッ。
 地べたに蹲る安田を一瞥すると、ジュンは踵を返し、カミュの後を追った。

 ◇学園校舎前◇



 おぉおぉお――……。
 校舎前に戻ると、セレスが見えた。何事もなかったかの様に合流する二人。
「あら、遅かったじゃない。大丈夫だった?」
「ぅん。大丈夫だよ、心配かけて御免ねっ♪」
 お茶目に舌ベロを出して笑うカミュ。ジュンに接する時の態度と差がある。
「男衆が向かった様だけど。無事で何よりね」
「あぁアイツ等、向こうで寝ちゃったんだ♪」
「……」
 横目で窺うジュン。セレスの事となると、カミュは途端に活気づいてくる。
 ディアナの変装をしているのも気にかかる。両者の間に何があるのだろう。
「なぁお前、……もしかしてレズビアンなのか?」
「はっ? はぁ? ぁんた、……何言ってンの?」
 目尻をつり上げるカミュ。その様子を眺めるセレスが、愉しそうに微笑う。
「くすっ。ジュンさん、だったらどうしますか?」
「……おぃおぃ、……止せよ。冗談は止してくれ」
 やんわりと茶を濁すジュン。カミュがレズだとは初耳だ。良い気もしない。
 意識上は否定こそしているが、内心セレスに嫉妬しているのかもしれない。
「なぁカミュ、お前、俺の事は……」



「ん? なぁにジュン。どったの?」
「……いや、別に……」
 我に返ると、ジュンは口ごもった。あまり躍起にならない方が良さそうだ。
 セレスへの嫉妬心を見透かされるのも癪だった。ここは平静を保つに限る。
「ぅふふっ……♪」
 クスクス――っ。
 二人のやり取りを横目に窺いながら、愉しそうに声をあげて微笑うセレス。

 ◇青海大通り◇



 タタタ――……ッ。
 大通りを縦走する二つの影。一行から外れ、直人は二人での行動を選んだ。
 おぉおぉお――……。
 ゾンビの群れが点在する大通りを避けながら、人気の少ない裏通りを進む。
「大丈夫か、息が上がっている様だぞ?」
「ぅ、ぅんっ。私は大丈夫よ、兄様は?」
「あぁ。お陰ですっかり調子も戻ったよ」
 ぐぅぅ~……。
 楓の腹が鳴った。頬を赤らめる妹の姿を愛でながら、直人は苦笑を漏らす。
「料理屋とか入りたいよな。まぁ心配するな。手料理を振る舞ってやる」
「ほんと? 嬉しい。でも、何でこんな化け物みたいな人だらけなの?」
「……死者が蘇る終末の世って感じだな。まぁ俺にはどうって事はない」
「田んぼ耕す人とか、野菜育てる人とか、ご飯作る人とか、いないよ?」
「必要ないさ。自然があれば生きてはいける。それだけで良くないか?」
「ぅ、……ぅん。でも冬は寒いし移動に時間かかるし、不便じゃない?」
 ――ポンっ。
 困り顔を浮かべる妹の肩に手を置き安心させると、直人は優しく微笑った。



「お前が居ればもうそれだけでいいんだ。楓。特に欲しい物はもうない」
「……お兄、さま?」
 オォオォオ――……。
 きょとんと眼を細める妹を優しく抱きしめると、直人は静かに目を閉じた。
「山奥に、俺の別荘がある。人里離れた静かな場所で、二人で過ごそう」
「……ぅ、ぅん……。でも、あのゾンビの群れ、放っておいていいの?」
「気にするな。世紀末や過渡期には、ああいうならず者が増えるもんさ」
「ふーん。暖かくなって、動植物が活発に動き始めるのと似てるんだね」
「……? 面白い言い回しをするんだな、お前は。すっかり忘れてたよ」
 半ば諭す様にして、妹の頭を優しく撫でる直人。柔和な顔貌に笑みが漂う。
「お兄さま、誰か来る。女の人?」
「……待て、……人間、――か?」
 ザッ、ザッ――……。
 大通りの界隈から、路地裏へと伸びる細道を、一人の女性が近づいて来る。
 長身の女性。確りとした足取りや歩調から、どうも感染してはいない様だ。