Excalibur

 ◇体育倉庫前◇



 おぉおぉお――……。
 体育倉庫前で屯する二体の影。カミュはまたもディアナの変装をしている。
「どーすんだよ。その格好のまま、今後もずっといくつもりなのか?」
「だって仕方ないっしょ? 今更、誰? ってなっちゃっても困るし」
 カミュはすっかり何時も通りだ。取り繕う必要がなくなったせいだろうか。
「だから嘘を吐くと苦労するってアレほど、……言わなかったっけ?」
 確認の意も込めて目配せをするジュン。あっけらかんとした返事がかえる。
「ぅん。一言も聞いてないっ♪ 今初めて聞いたよ? そんな台詞っ」
「あぁ、……そうだったっけな。それは済まなかった。……面目ない」
 安堵するジュン。この手慣れた会話は、やはり何時ものカミュそのものだ。
 諸々の理由でディアナに扮する必要があったのだろう。多くは追及すまい。
「で、こっからどーすんだ? 俺はレディ達と合流するつもりだが?」
「それでぃんじゃない? ぁたしはセレスと一緒に黒幕を追うつもり」
 はっと瞠目するジュン。やはりカミュには本当の黒幕が視えているようだ。
 千里眼を有する彼女は、他人に力を殆ど借りない。大抵は独断で行動する。
「黒幕……? 今回の騒動を起こしたのはハデスじゃなかったのか?」
「はぁー? ハデスぅー? ゃっぱり何も解ってないんだねぇーっ?」
 揺れるツインテ。小さく息を吐き、青い瞳がきょろっとジュンを見上げる。



「ゃっぱりぁんた何も解ってない。あの男は利用されてるだけじゃん」
「利用されている、――だと? あのハデスが、か? 一体、誰に?」
 何時になく追及して来るジュン。何事もあまり深く拘らない彼らしくない。
「んー……。説明しても解るかなぁー。呑み込みあんま良くないしぃ」
 青い瞳が、値踏みするかの様にジュンを凝と見据えながら、説明を講ずる。
「旧世界の支配者なんじゃん? きっと復権でも目論んでんでしょ?」
 旧世界。――何を言っているのか全く解らなかったが、解ったフリをした。
「旧世界? 要は俺達が定住する前から世界を統べる者が居たのか?」
「はぁ~。ゃっぱり何も知らない。ま、ぃぃからレディ達と合流して」
 やれやれと首を振りつつカミュが談議を終えようとするが、喰らいついた。
「復権だって? 何でそんな事がお前に解るんだ。実際に見たのか?」
「ぁは。今回やけに質問多いねーぁんた。興味ないんじゃないのぉ?」
 ぁはは――っ。
 苛立たし気に微笑いながら、目元をキッとつり上げるカミュ。怒った様だ。
「どしたの? 今回ちょっとしつこいみたいだけどさ。何かあった?」
「何か、……だと? お前、何にも解ってないんだな。俺の気持ちが」
 場を軽くあしらおうとする少女の刺々しい態度が、ジュンを躍起にさせた。
「お前をッ! これ以上危険な目に会わせる訳にいかないからだッ!」
「……ぇっ!?」
「世界の存亡がかかってるなら、尚更黙って見てる訳にいかないだろ」
 おぉおぉお――……。
 毅然と断ずるジュンの声に、カミュが眼を見開く。その頬が朱に染まった。



「……ぁりがと……」
 素っ気ない言葉だったが、本心が籠っていた。カミュが態度を軟化させる。
「それだったら、ゎかったよ。……良かったら、一緒に来てくれる?」
「あ、……あぁ。何時もは俺を誘うのに今回お前、気負い過ぎだろ?」
 指摘され、漸く我に返ったかの様にはにかむカミュ。図星だったとみえる。
「ぁ、確かにそぅかも……。ぁんたさ、良く分かったね。ぁたしの事」
 頬を染め、上目遣いでジュンを窺いながら、カミュがしおらしく微笑んだ。
「そりゃ長い付き合いだからな。じゃあ早速、概要を噛み砕いてくれ」
「ぅ、……ぅん。ゎかった。……ってあれ? あの太鼓腹のハゲ……」
 カミュの青い眼が一際、大きく見開かれる。美貌が、サァっと青くなった。
「きゃぁああっ、ちょっとジュンっ! ぅ、後ろ見て、……後ろっ!」
「……何だ? ……後ろがどう……ッ?」
 ジャリ――っ。
 背後に人の気配を感じ肩越しに見やるジュン。素っ頓狂な奇声が上がった。
「ひィーーーャッはぁあーーーッッ!!」
 ヴォ――、ゴォンッ!!
 夕下がりの真っ赤な体育倉庫前に、除夜の鐘の様な鈍重な殴打音が響いた。

 ◇コンコース◇



 おぉおぉお――……。
 ベリーダンス衣装に身を纏ったストラディの側近美女が、上空を見上げた。
「成層圏の直下は、酸素は保たれるけれど氷点下で極寒の世界になる」
 空を眺めながら講釈を弄するアラビアン美女に、ジャッカルが詰め寄った。
「あぁ? 一体何言ってンだよお前ェ。てか上空に何か視えンのか?」
「まぁ落ち着けジャッカル。敵愾心を剥き出すのは弱者の証拠だぞ?」
「あぁ、……すまねェ姉さん、敵愾心つーか、気に喰わねェだけだよ」
 クスっと漏らすゾーイ。視線は遥か上空を見据えたまま、目線が逸れない。
「お褒めの言葉、光栄ですわ。それよりレディ。貴女には解るかしら」
「……あぁ。何となく察しはつく。更なる異星人が上空に居るんだろ」
「異星人ではなさそうです……。万物を統べる旧世界の化身というか」
 やや小首を傾げるゾーイ。その黒真珠の様な瞳が遥か上空の影を探知する。



「……二体? ……いや、……一体、……我々を監視している様です」
「それは誰だゾーイ。魔界きっての霊媒師であるお前にも解らぬか?」
「……詳細は解りませんが、……友好的でない事は、確かな様で……」
 端麗な美貌が、心なしか歪んだ。黒ヴェールの奥間が、ギっと口端を噛む。
「お前ェ霊媒師だっつんだったら、解ンだろ? 相手どんな連中だよ」
「当初の憶測と、……違う。……これは、……――っ。成る程、……」
 謎めく言葉を発する霊媒師の額に薄っすらと汗が浮かぶ。固唾を呑む二人。
「霊力が強大過ぎる……。ストラディ嬢様に御報告差し上げねば……」
「あぁン? 霊力だと? 上空で俺らを見張ってる奴が居ンのかよッ」
「喧嘩腰はよせ、ジャッカル。これでもゾーイは魔界令嬢の側近だぞ」
「……っ」
 ぐっと唇を噛む魔界霊媒師。その謎めいた眼線が遠間に佇むハデスを視る。
「……あの男も、唆された口、という訳ですか……。不味い状態です」
「あぁ~? 何がどう不味いって? お前ェの頭の方がよっぽど……」
「よせジャッカル、ゾーイに噛みつくという事は即ちストラディ嬢に」
 ――ズガァンッ!!
 炸裂音が轟いた。砂塵舞う戦場にスパークが散る。渦中を犇めく二体の影。
「ちょっとぉ、危ないなぁ~! 急に来ないでよぉっ」
「へぇ。良く反応したわね。オーディションは合格よ」



 ――ガン、ギン、ゴンッ!!
 咲き飛沫く烈火の嵐。斬撃を弾くアテナ。コズエは本気を出してない様だ。
「なかなか良い盾ね。それ。名前はアイギスだっけ?」
「そ、そぅよ、悪い? ネーミングセンスないかなっ」
 既にアテナは防戦一方だ。受けきるのがやっとの様で、攻撃を出せてない。
 オォオォオ――……。
 無人のコンコースでアテナとコズエのバトルが勃発中。マルスは様子見だ。
「義姉さん、あっちの方どうも加勢は要らなそうだな」
「それはそうとゾーイ、頭上の連中はどうする気だ?」
「……っ! 私の手には負えそうもないですが、……」
 及び腰のゾーイの言葉にジャッカルが喧嘩腰で噛みつく。瞠目するレディ。
「お前ェの手に負えねェってどーゆー事だ、ぁあッ!」
「つまり、……それ程の使い手なのか、……ゾーイ?」
 ゾーイは魔界きっての実力者。その彼女が尻込みする程の神霊力とは――。
「私は一旦、魔界のストラディ邸へ戻りますゆえ……」
 ガッ――。
 肩を引っ掴むと、力づくで引き留めるジャッカル。その双眸が尖っている。
「折角面白くなってきたとこだってのに逃げンのか?」
「私も、同意見だ。武士道とは何か、……言ってみろ」
 おぉおぉお――……。
 悪魔王の二人に囲まれ、美貌をしかめるゾーイ。逃がしてくれそうもない。
「ふ、ふざけないでっ。私は任務を遂行する必要がっ」
 ガッ、ぐぐ――……ッ。
 アラビアン美女の肩を引っ掴むと、ジャッカルは膂力を篭めて握り締めた。
「……ぅ、……痛ぁっ、……お離しに……、なってっ」
「――ジャッカルっ! 何て事を! その手を離せっ」
「……チッ。義姉さん、コイツに大甘過ぎんだろ……」
 ――ドゥっ。
 強引に地べたに突っ伏したアラビアン美女の前に、黒い影が仁王立ちする。
「今より化け物退治といこーぜ。お前ェも協力しろよ」



「血気盛んな事。……後悔したって後の祭りですよ?」
「へッ、後悔なんざする訳ねーだろ。なぁ、義姉さん」
「あぁ。我等は今より一連托生だっ。いいな、ゾーイ」
「ストラディ嬢に怒られても、……知りません事よ?」
 おぉおぉお――……。 
 恨み言を漏らす霊媒師を巧妙に囲い込みながら、士気を高める二人の魔王。