◇学園校舎前◇

――ドガァンッ!
エネルギーがぶつかり合う。激突音と共に、崩れた甲冑の破片が飛び散る。
「どすこぉいッ!!」
「ぐぁッ?」
ドシャァァ――……。
甲冑を着込んだ男が、小太り男のぶちかましを喰らい地べたに突っ伏した。
「も、もう一本……ッ、もう一本だッ! お手合わせ頂きたいッ!」
「げははッ、何本でもオウケイじゃあッ! かかって来いやぁあッ」
「凄いすごぅいッ! さっすが御大ッ! あの男をコテンパンだぁ」
わぁ――っ。
安田の笑顔が弾ける。難癖をつけてきた男から咄嗟の機転で護って貰った。
のみならず、男を熟練の相撲技で成敗、師弟関係を結ばせようとしている。
「いやぁ実に奥深いですねッ! 素晴らしい技量ですゥ御大ィッ!」
オォオォオ――……。
ストックホルム教ならぬ下洗教団への情熱的な傾倒を加速させる安田――。
老獪かつ狡猾極まる小太り男の粘り腰の姿勢に、改めて驚嘆を禁じ得ない。
「……相撲大会……、か……。人間界ではこれが流行りなのか……」
ワァァア――……。
呆れ気味に後方を見やるジュン。ちょっとした相撲大会が開催されている。
主催は某学園の担任の様だが。実は裏教祖、安田の焚き付けかもしれない。
「その突進力、……体当たりの精度、……何処でその様な技術を?」
ググ――……。
砂に塗れた褐色肌の男が鋭い眼光で下洗を睨み上げる。おどける太鼓ッ腹。
「ひゃはッ、知りたいかぁ? ワシの誇る高度な相撲技術をッ!?」
いよォオォオ――……。
ここぞとばかりに舌ベロを出し、血眼をカッと見開いての『睨み』が炸裂。
「百年早いんじゃ小童ぁッ! まだまだ修行が及ばんちゅう事じゃ」
「……ぅ、ぐッ……。ご、御教授頂けるなら、……是非とも……ッ」
ジャリ――。
顔面を地べたに突っ伏せたまま、ヘラクレスが砂を掴み、苦虫を噛み潰す。
「さっすが御大ぃッ、説得力が一味も二味もちゃいますやんかッ!」
ワァァアア――……。
後方が異様な盛り上がりをみせている。が、ジュンの呆れは募るばかりだ。
「……下手なコントよりタチ悪いな……、ん? 何だ、何か用か?」
くいくい――っ。
学ランの裾を引っ張られ、見下ろした方向に、黒髪ツインテの少女が居た。

「貴方、他人の気がしない。ねぇ、私とどんな関係の人だったの?」
「……ん? お前、先ず誰なんだ? 名前を名乗ってくれないか?」
ミシェットが選んだリリスの依り代。その素性までは、ジュンは知らない。
器は誰でも良い訳ではない。リリスと神性が似通った性質の者が選ばれる。
「私? 私の名前は、楓。……木崎楓。気が付いたらここに居たの」
「……木崎……? まさか、君は、……ッ」

おぉおぉお――……。
開いた口を閉ざすのに、時間を要した。顔貌は、……あの男に似てはいる。
「……ッ」
木崎直人――。嘗ての民間機墜落事故の唯一の生存者、その――、……妹?
捜査は早々に打ち切られた。彼女が生存していたとて、何ら不思議はない。
「なに? 私の事、何か知ってるの? だったら教えてくれない?」
不安気な眼が、ジュンに切実に訴えかける。本当に何も知らないのだろう。
「ここ何処? 何で私、ここに居るの? 飛行機の中じゃないの?」

ぐい――っ。
取り乱した様にジュンの着衣を引っ張る少女。記憶は事故前のままの様だ。
(……ミシェットの奴め……)
彼女の魂胆が気になる。どういう心算で依り代にあの男の妹を選んだのか。
「ね、ジュンさん、……だっけ? 貴方、何か知ってるんでしょ?」
「いいや、……俺は何も知らない。……悪いが君の力にはなれない」
やんわりと否定するジュン。慣れたリリスとは違い、如何とも与しにくい。
リリスを依り代内に再び宿すには、記憶の欠片を封じたアイテムが必要だ。
――が、――。その必要性が、そもそもあるだろうか――。
◇学園校舎前◇

ワァァ――……。
相変わらず背後では即興の力相撲大会が開催されており、場も湧いている。
「貴殿の技量、感服致すッ。もう一本だッ!」
「げははッ、何本だろうと相手したるわいッ」
「いけぇ御大ッ! コテンパンッしょぉッ!」
ワァァ――……。
異星人にしてはヘラクレスも酔狂な性質の男だ。すっかり溶け込んでいる。
「ジュンさん、もしかして兄さまを、……見ませんでしたか?」
「……悪いが俺は、……お前の兄貴の事は、何も知らない……」
――ス……。
着衣を掴む少女の手をやんわり解きながら、申し訳なさそうに言葉を濁す。
(……くッ、)
半分事実、半分嘘だった。学園屋上で一度だけ、兄の直人と遭遇している。
初遭遇時の対戦では、重傷を負った。人間にしては異常過ぎる強さだった。
――人間にしては、……――?

(……ッ?)
普通の人間じゃないのだろうか。あの男、ゴーストに関しては、謎が多い。
体内電気を操る技量が並外れて上手い。どころか、霊的探知能力も抜群だ。
――そう、まるで――……。
「ジュンさん、私と一緒に、兄を探してくれませんか?」
「ッ? ……いや、俺は、本当に申し訳ないんだが……」
天界のみならず魔界、異星人、人ならざる総ての者を異常に憎む偏執狂だ。
知人サンダーを瀕死へと追い込む程の男だ。木崎直人は正直、危険過ぎる。
「何、男らしいのは図体だけ? 中身は根性なしなの?」
「……あ?」
呆気に取られるジュン。まさか少女が嫌味を言って来るとは思わなかった。
大人しそうな顔に似合わず案外、強情なタイプとみた。腹を括るしかない。
「……ッ。わかった。……お兄さんが一緒に探してやる」
「本当に……? わぁーっ、ありがとうジュンさんっ!」
わぁ――っ。
歓喜に湧き立つ少女を諦観の面持ちで眺めながら、ジュンは溜め息を吐く。
◇固有結界前◇

オォオォオ――……。
ゆっくりと晴れてゆく被膜。直ぐ眼前で、セレスの眼がぱっちりと開いた。
「……あ、……」
「ッ!? セレス、……目が覚めたのか?」
「貴方、……確か、……」
思うように言葉が出て来ないのだろう、セレスが何事か言いあぐねている。
「俺はジュンだ。ずっと以前に、会った事あったかな?」
「……えぇ……。過去に、貴方を襲った事が何度か……」
「……あぁ、そうか。鬼軍曹とか呼ばれてたンだっけな」
おぉおぉお――……。
袋叩きにされた苦い記憶の中に、清涼剤の様な温かな記憶がポツンと宿る。
嘗て異星人には悉く手痛い目に会わされた。だが、あの少女だけは違った。
「ディアナ? ……そういえば、あの青髪の少女は……」
「えぇ、彼女なら、……恐らく、この辺の何処かに……」
……キョロ……。
言葉を濁しつつ、セレスが辺りをぐるりと見渡す。被膜は殆ど消えていた。
「結界が解けた時、大抵私の近くに解放されるのだけど」
不思議そうに小首を捻るセレス。
「もう少し待ちましょう。彼女たちが戻って来るハズよ」
「……あぁ、……だな」
特にやれる事は何もない為、従容と同意するジュン。待つしかなさそうだ。
「ジュンさん。この人、誰? ジュンさんの知り合い?」
「セレスだ。君は初対面なハズだから、知らないよな?」
「ぅん。……けど、彼女から、何か深い悲しみを感じる」
「ッ? 悲しみ、だと……? あのセレスが、……か?」
楓の言葉にはっと息を呑むジュン。その双眸が、遠間の藪に人影を捉えた。
「……ディアナ? ……と、アレは、――直人……ッ?」
「ぇっ? ……ぁ、……ぉ、お兄ぃ、……さま……っ?」
おぉおぉお――……。
揃って口を閉ざす二人。桜の木陰に、見覚えある二体の人影が立っている。
◇学園校舎前◇

ヴゥ――ン…………。
歪んだ景色が、馴染み深い背景、――青凛学園の校舎前。と同化してゆく。
「どうやら、……無事に現実世界に帰還出来たみたいだな……?」
「はぁ。長旅もこれで一段落って訳ね。まったくどうなる事かと」
憮然顔で嘯く『ディアナ』に、直人は放射冷却の様に冷めた視線を向ける。

「それはこっちの台詞だ。俺が飛び込まなければどうなった事か」
『ディアナ』は居酒屋で酒乱ぶりを発揮し、オープンカフェでも錯乱した。
あのまま魂魄をハデスに吸収される可能性もあった。本当に間一髪だった。
「どーもなんないしょ。最後のぁたしの活躍見てなかったのぉ?」
「……ぐッ、……」
何も言い返せず、絶句。歯軋りして悔しがる直人。この女の実力は本物だ。
どんな攻撃をも己の燃料に変えてしまう巨獣を、――が、この女は倒した。

厳然たる結果を出されてしまっては、反駁の余地はない。認めるしかない。
「……ぁ、ぁあーーーっっ!」
「……ン? 何だどうした?」
「あそこ見てっ! ほら、ジュ……っ、――セレスが見えるっ!」
何事か言いかけ、はっとして言葉を変える『ディアナ』。直人が追従する。
「なに、……セレス? ……――ぅッ!」
オォオォオ――……。
見やった瞬間、直人の面相が愕然と凍り付いた。妹そっくりの人物が居た。

「……そ、そうだった。あの少女、確か、アリエスだったか……」
黒髪をツインテに束ねた少女の容貌は、在りし日の楓に限りなく酷似――。
が、――中身がどうも異なる様だ。性格が違う。身に纏った雰囲気が違う。
「ほら、行って合流しよっ。それともこの辺で、別行動にする?」
「……いや、合流しよう。俺は、……臆して逃げたりなどしない」
「話が早い♪ ちょっと名残惜しいけど、んじゃレッツゴーっ♪」
タタタ――っ。
青髪の少女が、意気揚々と校舎前へ駆けてゆく。ゆっくりと後を追う直人。
「……」
ザッ、ザッ――。
アリエスの傍らに学生服を着込んだジュンの姿が視えるが、進むしかない。


――ドガァンッ!
エネルギーがぶつかり合う。激突音と共に、崩れた甲冑の破片が飛び散る。
「どすこぉいッ!!」
「ぐぁッ?」
ドシャァァ――……。
甲冑を着込んだ男が、小太り男のぶちかましを喰らい地べたに突っ伏した。
「も、もう一本……ッ、もう一本だッ! お手合わせ頂きたいッ!」
「げははッ、何本でもオウケイじゃあッ! かかって来いやぁあッ」
「凄いすごぅいッ! さっすが御大ッ! あの男をコテンパンだぁ」
わぁ――っ。
安田の笑顔が弾ける。難癖をつけてきた男から咄嗟の機転で護って貰った。
のみならず、男を熟練の相撲技で成敗、師弟関係を結ばせようとしている。
「いやぁ実に奥深いですねッ! 素晴らしい技量ですゥ御大ィッ!」
オォオォオ――……。
ストックホルム教ならぬ下洗教団への情熱的な傾倒を加速させる安田――。
老獪かつ狡猾極まる小太り男の粘り腰の姿勢に、改めて驚嘆を禁じ得ない。
「……相撲大会……、か……。人間界ではこれが流行りなのか……」
ワァァア――……。
呆れ気味に後方を見やるジュン。ちょっとした相撲大会が開催されている。
主催は某学園の担任の様だが。実は裏教祖、安田の焚き付けかもしれない。
「その突進力、……体当たりの精度、……何処でその様な技術を?」
ググ――……。
砂に塗れた褐色肌の男が鋭い眼光で下洗を睨み上げる。おどける太鼓ッ腹。
「ひゃはッ、知りたいかぁ? ワシの誇る高度な相撲技術をッ!?」
いよォオォオ――……。
ここぞとばかりに舌ベロを出し、血眼をカッと見開いての『睨み』が炸裂。
「百年早いんじゃ小童ぁッ! まだまだ修行が及ばんちゅう事じゃ」
「……ぅ、ぐッ……。ご、御教授頂けるなら、……是非とも……ッ」
ジャリ――。
顔面を地べたに突っ伏せたまま、ヘラクレスが砂を掴み、苦虫を噛み潰す。
「さっすが御大ぃッ、説得力が一味も二味もちゃいますやんかッ!」
ワァァアア――……。
後方が異様な盛り上がりをみせている。が、ジュンの呆れは募るばかりだ。
「……下手なコントよりタチ悪いな……、ん? 何だ、何か用か?」
くいくい――っ。
学ランの裾を引っ張られ、見下ろした方向に、黒髪ツインテの少女が居た。

「貴方、他人の気がしない。ねぇ、私とどんな関係の人だったの?」
「……ん? お前、先ず誰なんだ? 名前を名乗ってくれないか?」
ミシェットが選んだリリスの依り代。その素性までは、ジュンは知らない。
器は誰でも良い訳ではない。リリスと神性が似通った性質の者が選ばれる。
「私? 私の名前は、楓。……木崎楓。気が付いたらここに居たの」
「……木崎……? まさか、君は、……ッ」

おぉおぉお――……。
開いた口を閉ざすのに、時間を要した。顔貌は、……あの男に似てはいる。
「……ッ」
木崎直人――。嘗ての民間機墜落事故の唯一の生存者、その――、……妹?
捜査は早々に打ち切られた。彼女が生存していたとて、何ら不思議はない。
「なに? 私の事、何か知ってるの? だったら教えてくれない?」
不安気な眼が、ジュンに切実に訴えかける。本当に何も知らないのだろう。
「ここ何処? 何で私、ここに居るの? 飛行機の中じゃないの?」

ぐい――っ。
取り乱した様にジュンの着衣を引っ張る少女。記憶は事故前のままの様だ。
(……ミシェットの奴め……)
彼女の魂胆が気になる。どういう心算で依り代にあの男の妹を選んだのか。
「ね、ジュンさん、……だっけ? 貴方、何か知ってるんでしょ?」
「いいや、……俺は何も知らない。……悪いが君の力にはなれない」
やんわりと否定するジュン。慣れたリリスとは違い、如何とも与しにくい。
リリスを依り代内に再び宿すには、記憶の欠片を封じたアイテムが必要だ。
――が、――。その必要性が、そもそもあるだろうか――。
◇学園校舎前◇

ワァァ――……。
相変わらず背後では即興の力相撲大会が開催されており、場も湧いている。
「貴殿の技量、感服致すッ。もう一本だッ!」
「げははッ、何本だろうと相手したるわいッ」
「いけぇ御大ッ! コテンパンッしょぉッ!」
ワァァ――……。
異星人にしてはヘラクレスも酔狂な性質の男だ。すっかり溶け込んでいる。
「ジュンさん、もしかして兄さまを、……見ませんでしたか?」
「……悪いが俺は、……お前の兄貴の事は、何も知らない……」
――ス……。
着衣を掴む少女の手をやんわり解きながら、申し訳なさそうに言葉を濁す。
(……くッ、)
半分事実、半分嘘だった。学園屋上で一度だけ、兄の直人と遭遇している。
初遭遇時の対戦では、重傷を負った。人間にしては異常過ぎる強さだった。
――人間にしては、……――?

(……ッ?)
普通の人間じゃないのだろうか。あの男、ゴーストに関しては、謎が多い。
体内電気を操る技量が並外れて上手い。どころか、霊的探知能力も抜群だ。
――そう、まるで――……。
「ジュンさん、私と一緒に、兄を探してくれませんか?」
「ッ? ……いや、俺は、本当に申し訳ないんだが……」
天界のみならず魔界、異星人、人ならざる総ての者を異常に憎む偏執狂だ。
知人サンダーを瀕死へと追い込む程の男だ。木崎直人は正直、危険過ぎる。
「何、男らしいのは図体だけ? 中身は根性なしなの?」
「……あ?」
呆気に取られるジュン。まさか少女が嫌味を言って来るとは思わなかった。
大人しそうな顔に似合わず案外、強情なタイプとみた。腹を括るしかない。
「……ッ。わかった。……お兄さんが一緒に探してやる」
「本当に……? わぁーっ、ありがとうジュンさんっ!」
わぁ――っ。
歓喜に湧き立つ少女を諦観の面持ちで眺めながら、ジュンは溜め息を吐く。
◇固有結界前◇

オォオォオ――……。
ゆっくりと晴れてゆく被膜。直ぐ眼前で、セレスの眼がぱっちりと開いた。
「……あ、……」
「ッ!? セレス、……目が覚めたのか?」
「貴方、……確か、……」
思うように言葉が出て来ないのだろう、セレスが何事か言いあぐねている。
「俺はジュンだ。ずっと以前に、会った事あったかな?」
「……えぇ……。過去に、貴方を襲った事が何度か……」
「……あぁ、そうか。鬼軍曹とか呼ばれてたンだっけな」
おぉおぉお――……。
袋叩きにされた苦い記憶の中に、清涼剤の様な温かな記憶がポツンと宿る。
嘗て異星人には悉く手痛い目に会わされた。だが、あの少女だけは違った。
「ディアナ? ……そういえば、あの青髪の少女は……」
「えぇ、彼女なら、……恐らく、この辺の何処かに……」
……キョロ……。
言葉を濁しつつ、セレスが辺りをぐるりと見渡す。被膜は殆ど消えていた。
「結界が解けた時、大抵私の近くに解放されるのだけど」
不思議そうに小首を捻るセレス。
「もう少し待ちましょう。彼女たちが戻って来るハズよ」
「……あぁ、……だな」
特にやれる事は何もない為、従容と同意するジュン。待つしかなさそうだ。
「ジュンさん。この人、誰? ジュンさんの知り合い?」
「セレスだ。君は初対面なハズだから、知らないよな?」
「ぅん。……けど、彼女から、何か深い悲しみを感じる」
「ッ? 悲しみ、だと……? あのセレスが、……か?」
楓の言葉にはっと息を呑むジュン。その双眸が、遠間の藪に人影を捉えた。
「……ディアナ? ……と、アレは、――直人……ッ?」
「ぇっ? ……ぁ、……ぉ、お兄ぃ、……さま……っ?」
おぉおぉお――……。
揃って口を閉ざす二人。桜の木陰に、見覚えある二体の人影が立っている。
◇学園校舎前◇

ヴゥ――ン…………。
歪んだ景色が、馴染み深い背景、――青凛学園の校舎前。と同化してゆく。
「どうやら、……無事に現実世界に帰還出来たみたいだな……?」
「はぁ。長旅もこれで一段落って訳ね。まったくどうなる事かと」
憮然顔で嘯く『ディアナ』に、直人は放射冷却の様に冷めた視線を向ける。

「それはこっちの台詞だ。俺が飛び込まなければどうなった事か」
『ディアナ』は居酒屋で酒乱ぶりを発揮し、オープンカフェでも錯乱した。
あのまま魂魄をハデスに吸収される可能性もあった。本当に間一髪だった。
「どーもなんないしょ。最後のぁたしの活躍見てなかったのぉ?」
「……ぐッ、……」
何も言い返せず、絶句。歯軋りして悔しがる直人。この女の実力は本物だ。
どんな攻撃をも己の燃料に変えてしまう巨獣を、――が、この女は倒した。

厳然たる結果を出されてしまっては、反駁の余地はない。認めるしかない。
「……ぁ、ぁあーーーっっ!」
「……ン? 何だどうした?」
「あそこ見てっ! ほら、ジュ……っ、――セレスが見えるっ!」
何事か言いかけ、はっとして言葉を変える『ディアナ』。直人が追従する。
「なに、……セレス? ……――ぅッ!」
オォオォオ――……。
見やった瞬間、直人の面相が愕然と凍り付いた。妹そっくりの人物が居た。

「……そ、そうだった。あの少女、確か、アリエスだったか……」
黒髪をツインテに束ねた少女の容貌は、在りし日の楓に限りなく酷似――。
が、――中身がどうも異なる様だ。性格が違う。身に纏った雰囲気が違う。
「ほら、行って合流しよっ。それともこの辺で、別行動にする?」
「……いや、合流しよう。俺は、……臆して逃げたりなどしない」
「話が早い♪ ちょっと名残惜しいけど、んじゃレッツゴーっ♪」
タタタ――っ。
青髪の少女が、意気揚々と校舎前へ駆けてゆく。ゆっくりと後を追う直人。
「……」
ザッ、ザッ――。
アリエスの傍らに学生服を着込んだジュンの姿が視えるが、進むしかない。



