Excalibur

 ◇選手控え室◇
 


 ガチャ――ッ。
 ドアが威勢よく開き、青髪の少女が颯爽と入ってきた。元気な声が弾ける。
「たっだいまー。おっ待たせー、セレスっ!」
「あら。遅かったじゃない。……直人さんも」
 漂う珈琲の匂い。『お嬢』は部屋の中で従者の小男と茶飲みに興じていた。
「ッ! 兄貴ィッ! さっきの試合、格好良かったッスよぅッ!」
「……止せ。俺は殆ど何もしていない。奴を倒したのはコイツだ」
 ギィ……。
 ドアを押さえながら、後から入ってきた直人がロビー奥から顔を覗かせる。
「ぇっへっへぇ~。ぁたしとセレスが協力して倒したんだよっ♪」
「事前にプランを立てといて正解だったわね。でも良くやったわ」
「ぁりがと、セレスっ」
 ――ガタン。
 白い歯をみせる『ディアナ』。心底嬉しそうに笑うと、セレスの傍に座る。



「相変わらず美人さんだね♪ どーすればそんな美肌になるの?」
「ぁら。ディアナだって艶々じゃない。とても可愛いと思うけど」
「ほんと? 嬉しぃ~。ありがとー!」
 キャーキャー。
 ガールズトークが始まった様だ。部屋の中がキンキン声で賑やかさを増す。
 急速に募るストレス。直人の静かな苛立ちはピークに達しようとしていた。
「おい、……プロミス、いいから、ちょっとこっちへ来い」
「……へぃ、ぁっしも丁度、同じ気持ちでさぁ兄貴ィ……」
 眼のやり場と、心の相容れなさを感じたのか、小男が苦し気に直人を見る。
 ――利害が一致した。――
「ジュースでも飲みに行こうぜ。外の空気を吸いに出よう」
「……へぃ、ちょっくらおいとま致しやすよ、お二方……」
 ガタン、――ザッ。
 肩を並べて控え室から廊下へと抜け出す二人の男。窮屈で仕方がなかった。
 黄色い声がはしゃぎたてる姦しい部屋に押し込められるのは真っ平御免だ。

 ◇人気のないロビー◇



 ガシャコン――。
 自販機の受取口から排出されてきた珈琲のプッシュ缶を開け、口をつける。
「ぷぅ。朝はやっぱりブラックに限るぜ、……だよな?」
「……へ、へぃ……。ぁっしも好きッスよ、……朝飲み」
 手渡された缶珈琲をグッと煽りながら、プロミスが申し合わせた様に頷く。
「でも、兄貴ィ、……ぁっしはどっちかといえば、……」
「――プロミス、お前に色々と託そうと思う。良いか?」
 あの怪物を倒して以降、結界内部の保護作用が薄まりつつあるのを感じる。
 時間の猶予が無い――。手っ取り早く、半ば強引に話題をすり替える直人。
「ぁっしに? 何でやしょう。ブルーサンダーの兄ィ?」
 さすり――……。
 条件反射なのだろう、相手の顔色を窺う小男が、重ねた手を擦り合わせる。
「おい、先ずその手揉みは止めろ。もう少し堂々としろ」
「へ、へィ、……す、すんません、ぁっしの癖で、つい」
 手揉みしながら顔色を窺う小男の悪い癖を、敢えて指摘する直人。親心だ。
「お前は良い男だ。もっとこう、毅然と胸を張れないか」
「……へ、へぃ……、兄貴が、是非そう仰るんなら……」
「――……んだと?」
 ――ガッ。
 直人の眼が剣を帯びた。小男の胸ぐらを引っ掴むと、顔を接近させて凄む。



「俺が言うから直す? お前、自分の軸が無いのかッ?」
「……へ、へぇ……すんません。そんなつもりじゃ……」
 カシャン――。
 手から零れる珈琲缶。鬼の形相で凄まれて、怖ず怖ずと狼狽えるプロミス。
「どんなつもりだ。もっと本心から正直に生きてみろッ」
「……へ、……へぃ……。か、畏まりまし、……ぅッ?」
 ――ドゴォッ。パラパラ……。
 プロミスの背後の壁が、怒りの鉄拳の煽りを受けて、ベッコリと陥没する。
「セレスを託すんだぞ! そんな状態で、お前に護れるのかッ?」
「――ッ。……へ、……へぃ……、す、……すんません兄ィ……」
 ――パシッ。
 ガクガクと戦々恐々の小男の胸ぐらから手を離すと、直人は苦虫を噛んだ。
「お前、……頼むぜ、もっと強くなってくれ、……な?」
「……ぅ、うぅ……、……ぐッ、……ぅうぅ……ッ……」
 ――ザッ。
 床上に崩れ落ち、涙ぐむプロミスを場に残し、直人は悠然と控え室へ戻る。
(……じゃあな、プロミス……)
 ――男に別れの言葉は要らない――。
 つぎに再会する機会があった時には、一人前に育ってる事を祈るばかりだ。

 ◇選手控え室◇



 ガチャ、――バタンッ。
 ドアを閉めると直人は二人の少女に向き直った。用件を伝える必要がある。
「セレス、そろそろお別れだ。俺とディアナは戻らなきゃならない」
「……そうね。名残惜しいけれど楽しかったわ。二人とも有り難う」
「またねセレス。ここで得た経験は、大事に活かさせて貰うからっ」
 サっと椅子から立ち上がると、カミュは悪戯っ子の様にニヒっと微笑った。
「そうね。……貴方たちのお陰で、私、大分強くなれた気がするの」
「……良かった。プロミスに大事な用件は託しておいた。後は彼に」
 ――ザッ。
 さり気なく伝えながら、ディアナを引き連れてその場を立ち去ろうとする。
「直人さん、……貴方、……外見に似合わず、本当にお優しいのね」
「……――ん?」
「うぇえっ!?」
 わぁ――っ。
 しんみりとしたセレスの一言に、カミュが大仰なリアクションで否定する。
「はぁあ? 誰が優しいってー? セレスぁんた騙されてるよっ!」
「ぅふふふっ……♪」
「……は、はは……」
 吹き出すセレス嬢に半ばつられながら、引き攣った半笑いを浮かべる直人。
 ぁはははは――っ。
 別れ際の控え室内で、愉し気な笑い声が湧き起こった。セレスが口を開く。
「ロビーを真っ直ぐ外へ出てカフェへ。そこで元の世界へ戻れます」
「カフェ? んー。そっかぁ。んじゃぁ元気でねーセレスぅーっ♪」
「……元気でな、セレス」
「また、直ぐに会えるわよ。ディアナ、……いいえ、………………」
 何事かを打ち明けようとしたか、セレスは開きかけた口を、そっと噤んだ。
 ――ザッ。
 ホールから眩しい曙光が差し込んでいる。どうやら長い夜が明けたらしい。
「兄貴ィぃい――ッ!!」
「……ん?」
 玄関から外へ出ようとした矢先、背後に聞き覚えのある男の叫び声がした。
 背後を見やる直人。『必勝』なる横断幕を掲げる小男の姿がそこにあった。



「兄貴ィッ、ぁっしは登りつめやすからッ! てっぺん極めやすッ!」
「……あぁ。頑張れよ、……じゃあな」
 ……――ザッ。
 振り返り様、プロミスに向けて手を振る直人。そのまま踵を返して戸外へ。
(……またな、……)
 結界内では色々な事があった。が、時は移ろい、景色はやがて過ぎてゆく。
 ――時は、待ってはくれない――。自分もやがて老い、そして終を迎える。
 
 ◇郊外のカフェ◇



 ザぁッ――。
 馴染み深い景色ともお別れだ。寂寥感が直人とカミュの胸中を過ってゆく。
「すっかりこの世界もさ、平和になって元通りって感じだけどぉ……」
「……あぁ、……あのカフェだな?」



 チュンチュン、ちちち――。(鳥の囀り)
 カランカラン――。
 鈴の音。木製の洒落たドアを開けて屋外へ。この付近にゲートがあるハズ。
「毎度ありがとうございましたぁー」
 ――ザッ。
 店員のアニメ声を背に、ゲート迄の束の間、付近の桜並木を散策する二人。
 カフェの珈琲はとびきり美味しかった。『ディアナ』も舌鼓を打っている。
「あぁそうか、そろそろ桜も散る頃合いか……。季節の流れは早いな」
「人間って、こうやって歳をとってくんだね。何だか羨ましいなぁー」
「……ん? お前は歳をとらないのか? まぁ、別にどうでもいいか」
「フッフ。直人クン、天使は歳をとらないんだよ? 知らなかった?」



「あぁ、……だったかな……」
「心配しなくても、キミが天に召された時は会いに行ったげるよっ?」
「……いや、遠慮しておくよ」
 『ディアナ』の言う事は時々、ぶっ飛んでいる。はぐらかすのにも慣れた。
(……)
 ジュンという男の姿が浮かんだ。あの男も、さぞや苦労していたのだろう。
 妙な親近感が湧いた。今度会ったら、話し合ってみるのも悪くなさそうだ。

 ◇カフェ横の歪み◇



 ザッ――。
「ふふっ。何だか昔の事思い出すね♪ 駆け出しの頃の青春って感じ」
「……いや、思い出したくはない……。昔の事なぞ、どうだっていい」
 楓の声、姿、思い出、すべてが甘く、そして苦い。直人の心を締め付ける。
 辛い過去に何時までも捕らわれ続ける事は、放棄した、――つもりでいた。
「へぇ。何時までも過去に捕われて前に進めないのは貴方じゃない?」
「……しィーーッ。……静かに、……――ッ?」
 ――バッ。♪~♪~♪
 カミュの小言を咄嗟に制止する直人。探し求めるかの様な囁きが聞こえる。
「……さま……」
 パァァ――ッ。
 虹色の空間が二人の姿を包み込んだ。歌声の中に懐かしい声が呼んでいる。
「おに……さま、……お兄さま……っ」
「……――楓ッ!?」
 ――ヴゥ――ン……。
 瞠目する直人の眼が、目まぐるしく移ろう景色の中に楓の姿を映し出した。
 有り得ない。半信半疑で眼を擦る直人。楓はあの日、航空機の事故で――。
「……ぇっ!?」
 オォオォオ――……。
 ディアナに扮したカミュにも何か視えている様だ。頻りに瞬きをしている。
「貴女……っ?」
「……くッ……」
 ――ギリィッ。
 歯軋りする直人。現世で一体どんな変化が起きているのか見当もつかない。