Excalibur

 ◇現代、校舎前◇



 ヴヴゥ――……ン……。
 セレスの外周を覆っていた半透明の膜が、緩やかに虚空へ溶け込んでゆく。
「……ッ?」
「結界が? ……どうも、そろそろ解除されそうな塩梅だな……」
 そう呟くと、安堵の色を浮かべた褐色肌の男がジュンの肩をポンと叩いた。
「もう直ぐセレス達が戻って来る筈だ。良かったな、ルシファー」
「ん? ……あぁ……」
 うわ言を返すジュン。膜の内側からの生還。狐に摘まれた様な気分だった。
 地底人が固有の結界を持つ事は知っていたが、実際に間近で見ると複雑だ。



「ヘラクレス。……お前も、あんな風に結界を展開できるのか?」
「いや、俺はやらない。誰にも得手不得手ってモンがあるだろ?」
 瓢げたように肩を竦める褐色肌の男――。何気なくジュンが小言を漏らす。
「そうか。……ま、お前はどちらかといえば、脳筋タイプだよな」
「……おい、一言余計だ。相変わらずデリカシーがないな貴様は」
 素っ気ないジュンの返事を、咎める様なジト目を投げて批難する褐色の男。
「結界に頼る様な軟弱な輩は、どうとも好きにさせておけばいい」
 おぉおぉお――……。
 毅然と断ずるヘラクレスの後方では、小太りと眼鏡が顰めっ面をしている。
「うへぇ~。酷い言い方しますやないですかぁ、褐色肌の兄貴ィ」
「こういう融通利かん奴ってな、冗談ってモン通じひんからの~」
 ――バィィンッ。
 小太り担任が、おどけた独特のジェスチュアで太鼓ッ腹を揺らせてみせる。
「下洗の爆乳も同意しとるわ。こうゆう奴が犯罪起こすんじゃあ」
「へッ、下洗御大ほどの御方が、まさかこき下ろすなんてねぇ♪」
 おぉおぉお――……。
 安田の絶妙なトラッシュトークではあったが、ハゲはあくまで泰然自若だ。
「当然じゃあッ。こうゆう頭でっかちが凶悪事件の犯人じゃあ~」
「ですよ・ねっ♪ 大将っ! さっすがわかっていらっしゃるゥ」
 どッ、わぁーっはっは――っ。
 安田のよいしょと共に弾ける笑い声。場に漲っていた緊迫感が吹き飛んだ。
「……何だと? お前ら、今、俺の背後で何か言わなかったか?」
 オォオォオ――……。
 褐色肌の男が、肩越しに後方を睨みつけている。安田の挙動がきょどった。
「い、いぃえぇ、滅相も御座いやせんよぉ、褐色肌の兄貴ィいっ」
 下洗に懇願の眼を向け、助力を求む安田。援護を期待したが、裏目と出た。
「ワシやないでぇ? コイツが勝手にお前の悪口言うたんじゃぁ」
 オォオォオ――……。
 睨み眼をそっぽに向け、タラコ唇をムスっと尖らせながらの『突き放し』。
「……な、なっ! そんなっ、ちょっ、下洗御大ィイ~~っ!?」
「ほぅ? ……俺の悪口を言ったのは、……眼鏡のお前だとな?」
 ……ザッ。ゴゴゴゴゴ――……。
 襤褸の甲冑を着込んだ褐色肌の男がゆっくりと、安田の方に身体を向けた。
「ぼ、僕じゃないんですっ、お願い信じてっ!」
「……ちょっとぉ、な、何なのよこの人……っ」
 ザッ、ザッ――……。
 にじり寄る男の気迫にすっかり圧され、安田の傍で身を震わせるアリエス。

 ◇地下闘技場◇



 ドォオォオオ――……。
 歓喜に揺れる地下闘技場。静かに立ちあがると、カミュが静かに微笑った。
「ミッション・コンプリート。……ってね。やったよセレス♪」
「き、決まったぁーーーッ!! 完全決着だぁあーーーッ!!」
「やったッ! ついにやりましたねッ、セレスお嬢さぁんッ!」
 リング外から讃辞を送るプロミス。声の出し過ぎで、喉は既にカラカラだ。
 ワァァアアア――……。
 満場の大歓声に包まれるリング上。カミュとセレスがハイタッチを交わす。
「やったねセレスっ♪」
「ぁりがとぅディアナ」
 ――パァンっ!
 派手なタッチ音を響かせると、二人が揃って会場内の観衆にお辞儀をした。
 ジェスからマイクを受け取ったカミュが、溌溂としたアニメ声で挨拶する。
「本日は、御来場頂きまして、誠にありがとうございますっ!」
「セレス劇団のパフォーマンスショーをお送り致しましたっ!」
 おぉおぉお――……。
 カミュから渡されたマイクを手に、セレスが落ち着いた美声で後を続ける。
「尚、これ迄の賭け金は、参加者に全額返金致しますので――」
「来場者の皆ぁー、賭けチケットは捨てちゃ駄目だからねー♪」
 ワァァアア――ッ。
 ディアナに扮したカミュが笑顔で両手を振りながら、観衆の声援に応える。
「ちょ、ちょっと勝手に……ッ? 今のアドリブ無しでぇえ!」
 ドドドォォォォ――……ッ。
 慌てふためくジェスの制止を振りきり、賭博券引き換え場に殺到する群衆。



「退けやぁオッサンンッ、外れチケット無効だッチューのッ!」
「俺が先だつってんだッ! 押すなよお前ら、絶対押すなッ!」
「そりゃあお前ェ、押すのが礼儀ってもんだろ馬鹿野郎ォッ!」
 ワァァアア――ッ。
 先程までの応援一色ムードも束の間、殺気立った賭博狂が再度暴れ出した。
「やったぁッ! ついにやりましたねッ、セレスお嬢さんッ!」
「ありがとうプロミス。貴方の支えがあったから、やれたの!」
 素直に感謝の意を示すセレス。プロミスも満面の笑みで頻りに頷いている。
「チッ、……そろそろ降りて来い。何時までアイドル気取りだ」
 憮然顔の直人が苛立ちも顕わに吐き捨てた。鋭い双眸がカミュを睥睨する。
「るっさいなー。ぁんたに言われなくてもわぁってるっつーの」
「とっとと降りて来いッ。スポットライトは時を待たないぞ!」
「すぽっと……? んもぉっ! 淑女に失礼な事言わないでっ」
 カンカン、……カン――。
 愚痴りながらも名残惜し気に階段を降りるカミュ。後からセレスが続いた。
「でも、……もう少しアイドル気分っての味わいたかったなー」
「ほら、ディアナ! つぎの試合も控えてるんだから、早くっ」
「ぁはっ。……すっかりその気なんだから、セレスってば……」
 ワァァァァ――……。
 つぎもヤる気満々な様子のお嬢に辟易、口許をひくつかせるカミュだった。

 ◇人気のないロビー◇



 オォオォオ――……。
 控え室にセレスと小柄な従者を残し、作戦会議と称した談話に勤しむ二人。
「何だアレは。アイドル気分が抜けないか? この売女がッ!」
「ご、御免。ついその場のノリで。……つーか、売女って何?」
 キョトン顔を直人に向ける『ディアナ』。純真無垢な反応に毒気も失せる。
「何でもない。チッ、……常に俺より先を行きやがって……ッ」
「……? ごめん。何言ってるか解んなかった。それでぃぃ?」
「……チッ」
 内心複雑だった。『ディアナ』は自分の倒せなかった怪物を実力で倒した。
 正直認めたくなかった。が、彼女の実力は本物だ。受け入れねばなるまい。



「先ず、お前に敬意を表さんとな。……有り難う」
「……へ?」
 キョトン顔を浮かべながら、青い瞳がまじまじと直人を眺め、小首を捻る。
「感謝だよ。二度も助けて貰った。お前は恩人だ」
「は? なんか妙に素直だけど。頭でも打った?」
「フ。核分裂なんて馬鹿な事をしたせいかな……」
 照れ臭そうに笑う直人。こんな風に自然に笑えるなんて、自分でも驚きだ。
 何かが自分の中で変わってきた感じがする。それが何なのかは、解らない。
「ぁー、ぁはは。アレは駄目。道徳上駄目っしょ」
 きゃははは――っ。人気のないロビーに、少女の無邪気な笑い声が弾けた。
「……ッ?」
 ドクン――。
 何時以来だろう。胸中に、人間らしい温かな感情が溢れてゆくのを感じる。
(……)
 山奥の時以来か。いや、――妹の楓と、秘密基地で遊んでいた頃だろうか。
 直人にとって、今の『ディアナ』は掛け替えのない存在になりかけていた。



「さて、そろそろ戻らなきゃ。セレスが待ってるからっ」
「……」
 ぁはは――っ。
 屈託のない笑い声が、郷愁に浸っていた直人の意識をロビーへと引き戻す。
「……お前、疲れた顔してるが、気力は大丈夫なのか?」
「っ!? ぅ~ん。……正直、大丈夫じゃないけどねぇ」



 巨獣を倒して以来、これ迄と違う責任感がカミュの肩に圧し掛かっていた。
「何かね、セレスを大事にしなきゃっ……。みたいな?」
 リング上で彼女の身に一体何が起きたのか、直人には皆目見当もつかない。
 が、――『ディアナ』は直人にとっても恩人だ。恩を仇で返したくはない。
「お前は良くやってると思うが? これ以上大切にしようがないだろ?」
「……ぁりがとね。だけど、まだ何か足りない気がするんだよなー……」
「そうか。……具体的にお前は、何が、どの様に足りないと思うんだ?」
 直人の問いに、カミュの顔が暗くなった。答えを探しあぐねている様子だ。
「その、……実はぁたしにも良く解んないんだよね……」
「そう、――か。わかった。お前は少し休んだ方がいい」
 華奢な肩をポンと叩きつつ、直人は青髪の少女に労いの言葉を投げかける。
「そろそろ戻ろう。プロミス達が待ってるだろうからな」
「ん、そだねっ。セレスも心配してるよね、急がなきゃ」
 タタタ――っ。
 コクンと頷くと、カミュは急ぎ足で控え室に戻る。ゆっくり後を追う直人。
(……ッ……)
 後ろ姿を眺めながら、直人は、彼女の中に何らかの気配を感じ取っていた。
「アイツ、……成長したな……」
 オォオォオ――……。
 呟きながら、ディアナが遠くへ行ってしまったかの様な寂寥感を胸に抱く。