Excalibur

 ◇闘技会場内◇



 ワァァアア――ッ。
 賑やかな地下闘技場全域に歓声が響き渡っている。熱気は最高潮に達した。
『グモォァアッ!!』
「――っ」
 ドォンッ!!
 マットを陥没させる剛腕が風切る唸りを上げて青い髪の少女に襲い掛かる。
「くっ」
 ――ドガシャアッ!
 横殴りの剛腕が直人の寝ていたコーナーポストに激突、力任せにへし折る。
「直人っ?」
「……チッ」
 カミュが声を掛けるリングの下方から、ロープを掴んで直人が顔を上げた。
「……はぁ」
 直人の姿に、安堵の息を吐くカミュ。一瞬たりとも気を逸らせない状況だ。
 相手は狂暴な実体化ホログラムだ。喰らえばそれなりのダメージを受ける。
「……随分派手だな、……っとぉ」
 ――ガシャァンッ。
 覚束ない足取りで後方に数歩退がると、そのまま解説者陣営へ倒れ込んだ。



「あぁーーっとぉおッ! ブルーサンダーが乱入して来たぞォおッ!」
「きゃぁぁあっ! 引き締まった逞しい筋肉してるじゃなぁぁいっ!」
「お、オリカさんッ! し、仕事中ですゥッ! おいたは駄目ェエッ」
 必死の形相で茶を濁す解説陣。傍で陣取るジェスがすかさず話題を変える。
「が、この魔獣を止める術はあるのかッ! 彼女には荷が重いぞぉ?」
 ワァァアア――ッ。
 ジェスの煽りに湧く闘技場。リング上の攻防に観衆が一喜一憂を繰り返す。
「やっちまぇえッ! セコンドのひ弱なチビをいてまぇ怪物ゥウッ!」
「うぉおおッ! 我らがキング・コング様の御暴走タイムだぁあッ!」
「わっしょいッ! スーパーコング・ラッシュ・タイム突入だぁあッ」
 オォオォオ――……。
 乱れ舞う札束。揺れ動く地下闘技場。方々で暴動と乱闘騒ぎが頻りに勃発。
「そっちだッ! オカマが逃げたぞッ! そっちの方へ逃げたぁッ!」
「こっちは例のジェンダーフリーだぁッ! 警棒を盗まれたぁあッ!」
「護送車が足りないッ! パトカーと警備隊もッ! 至急増援をッ!」
 ドォオォオ――……。
 数少ない治安部隊が惑いながら行き交い、札付きのならず者をしょっ引く。
「呑気なモンだわっ!」
 ――ドガァンッ!
 バンカーバスターの様な打ち下ろしの鉄槌が形状記憶マットを陥没させる。



「……ぅっ!」
 ――ダァンッ。
 直撃こそ避けたものの、暴風に飛ばされてマット脇に這いつくばるカミュ。
 避けるのに気力を注いだ結果、既にカミュはかなりの体力を消耗していた。
『グモォァアアッ!!』
 ヴォォン――ッ。
 暴風の様な両の剛腕が旋回する。カミュとの交渉はどうも決裂した様子だ。
「……まだ……、っ?」
 オォオォオ――……。
 リングサイドに眼をやるカミュ。直ぐ傍に息を整えるセレスの姿が視えた。
 バン、バンッ!
 サイドから撓んだマットを手で何度も叩きながら、セレスが懸命に訴える。
「ディアナっ! 何やってるの! お願い、早く立ち上がって頂戴!」
「……セレス……っ?」
『グモォォァアーーッ!!』
 ――ヴォンッ!!
 咆哮を発する魔獣の渾身の鉄槌が、カミュの頭上目掛けて振り下ろされた。



 ◇セレスの回想◇

 オォオォオ――……。
 魔獣の咆哮が反響する洞窟内。二丁拳銃を手にセレスは恐慌状態にあった。
「……下手に攻撃すれば、……強化させちゃう」
『ウォォォォ――……ォンッッ』
 ヴォン、――ドゴォオッ!!
 空を切った剛腕が壁面を陥没させる。剛腕を薙ぎ払う様に回してくる魔獣。
「……くっ、どうすれば……っ」
「……」
 見やった前方では、手負いのディアナが震える身体を起こそうとしている。
 先程の一撃で既に致命傷を負っていた。これ以上の追撃は駄目押しに近い。
「ディアナっ! 大丈夫っ!?」
「……っ、だ、……大丈――っ」
 ――ヴォンッ。
 唸りを上げる横殴りの剛腕を掻い潜って躱しつつ、手にした光線銃を撃つ。
 ドキュ、ドキュッ! ――ズガァアッ!!
 爆風。風に浚われて硝煙が晴れてゆき、中から艶めく外骨格が姿を現した。
 一見ほぼノーダメージ。逆に、身体が一回り大きくなった様にすらみえる。
「……くっ、ぅ、嘘、だ……っ」
『ウォォォオオオオ――……ッ』
 咆哮が大気を震わせる洞窟奥地。セレスの必死の叫び声が内部に反響する。
「ディアナっ! お願い立ってっ! 連携で倒しましょうっ」
「……ぅ、……そ、そうだね……。こんな、ところでっ……」
 ぐぐ、ぐ――。
 呼び掛けに応じるべく震える身体に鞭打って、果敢に立ち上がるディアナ。
 その傍では、手負いのセレスが両手に二丁の銃身を構えたまま立っている。
「ディアナっ! この魔獣を倒すには、アレで行くしか……」
「っ! そうだね、……まだ、アレがあったね、……ゴプっ」
「――ディアナっ、しっかり!」
「ぅっ、ぐっ、……ごぷっ……」
 口から血泡を噴き出しながらガックリと頽れるディアナ。その直後だった。
「――ディアナっ!」
『グゥォォアッ!!』
 ドゴォォオ――ッ!!
 必死の叫びも空しく、真上からの鉄槌がディアナの居た地面を陥没させた。

 ◇地下闘技場◇



 ワァァアア――ッ。
 酷い耳鳴りだ。突然、周囲の騒音が耳に飛び込んで来た。我に返るセレス。
「嬢さんッ、セレスお嬢さんッ! ほら、ディアナが立ちましたよッ!」
「……っ!?」
 オォオォオ――……。
 長い微睡から覚めたかの様に、はっと目を見開くセレス。リングが見える。
「……っ!?」
 凹んだリング中央、叩きつけられた魔獣の剛腕がマットにめり込んでいる。
「……ディアナっ! 早く立ち上がって頂戴! ほら、何してるのっ!」
 ――バンッ!
 思わずマットを叩き、懸命に呼び掛けるセレス。網膜に当時の情景が映る。
 あの時も懸命に呼び掛けはしたが、ディアナは地中に埋もれたきりだった。

 

 ――立ち上がって欲しかった――。
「……聞こえてる、……ってば……っ!」
 グ、ググ――……。
 砂塵の舞うリング上で、青髪の少女が身を震わせながら敢然と立ち上がる。
「嬢さんッ、セレスお嬢さんッ! ほら、ディアナが立ちましたよッ!」
「……っ!」
 ワァァアア――……。
 湧き立つ歓声を耳に、はっと顔を上げるセレス。そこに、ディアナが居た。
「……セレスっ、……長い間、寂しい思いをさせちゃって、御免ね……」
「ディアナっ! そうよ、立って! あの怪物を、一緒に倒そう……っ」
『グモォォォォぁァァアアアッッ!!』
 ヴン、――ドガァンッ!!
 再度の鉄槌が頭上から降ってくる。その攻撃を正面から受け止めるカミュ。
「ディアナっ!」
「……ぎっ、ぃぃ~。キツイなぁ……」
 ぐ、ググ――……。
 両の前腕を交叉させたクロスガードで、カミュが魔獣の剛腕を堰き止める。
「……ぃぎぃっ!?」
 ――ボゴン――ッ。
 歪に曲がったマットに身体がめり込み、身動きが取れなくなってしまった。
「ディ……、この化け物ぉおっ」
「ぇえッ? 嬢さん何をッ!?」
 バ――ッ。
 サイドから弛んだトップロープを跨ぐと、セレスがリングに駆け上がった。
「ほら、捕まって! 立つの!」
「っ? ……助かったぁ……っ」
 ググ――……。
 セレスに手を引かれ、カミュは辛うじてめり込んだマットから這い上がる。
 
 ◇



 ワァァアア――……ッ。
 歓声が一段、勢いと苛烈さを増した。観衆達の熱狂ぶりが最高潮に達する。
「おぉーっとぉおッ! 今大会の賞品でもあるセレスの乱入だぁあッ!」
「いいぞぉ姉ちゃぁんッ! そんな魔獣をボコボコにしてやれぇえッ!」
「金融資産全部張ったでぇッ! たった今から嬢ちゃんに全額やあッ!」
 ドォオォオ――……。
 客席のどよめきが更に熱を帯びたウェーブとなって会場全体を包み込んだ。
「即席タッグがここに誕生だぁあッ! 不滅艦を轟沈できるかぁあッ?」
 ワァァアア――……。
 司会者のジェスが掠れ声でがなり立て、観衆一同がセレスコールを上げる。
「ディアナ、アレで行きましょうっ! コンビネーション・アタック!」
「……セレス……?」
 過去の死闘をすべて視た訳ではないが、言わんとする事は凡そ察しがつく。
 やられる少し直前、ディアナはセレスと何らかの連携を取ろうとしていた。
「さぁ、行くよっ!」
「……わ、わかった」
 恐らくは合体攻撃――。効果があるかは不明だが、ヤマ勘で方法は浮かぶ。
「……っ」
 ――グッ……。
 セレスの傍に並び立ち、両の拳を硬く握り締めるカミュ。青い瞳が煌めく。