◇地下闘技場◇

ワァァアア――ッ。
歓声が大きさを増す。館内全域が割れんばかりの野次と怒号に揺れている。
「八百長じゃねェかッ! セコンドの女が攻撃したのを見てんだよッ!」
「おぅいレフェリィ~。反則負けにしろお! 全額スッとんじゃあッ!」
オォオォオ――……。
並々ならぬ怨嗟と憎悪が渦を巻く。闇賭博の神髄を垣間見せる地下闘技場。
「お前ェえッ、ワシの財布がスッカラカンなの、お前のせいじゃろおッ」
「ボケてんのかオッサンッ! 何処の乞食があんたの端金狙うんだよ!」
「ヤんのか、おおどうなんじゃッ、若造ごときがヤれんのかおぉンッ?」
「おぅ今直ぐやってやんよッ、全治一年くれぇは覚悟しとけやゴルァア」
ドゴォ、ガッ、ゴッ――。
殴り合いが勃発。ヒートアップした賭博狂いの中には薬中も混ざっている。
ただでさえ正常な思考を放棄した連中が、更にクスリの影響で暴徒化――。
「あぁ、やれんのかあッ?」
「えぇッやりましょおよお」
ワァァア――ッ。バキィ、ドガァッ。
そこかしこで乱闘、軽犯罪が発生。場内の治安は悪化の一途を辿っている。
治安部隊は先程の乱闘で病院送りにされ、仲裁を取り持つ正義漢も居ない。
混迷を極める場外の大乱戦を他所にリング上では試合が淡々と進んでゆく。
◇特設リング上◇

シュゥゥウ――……。
跡形もなく吹き飛んだ上半身の断端面が、凄まじい蒸気を噴き上げている。
『グモォォォ……ッ、コフッ、コフッ』
シュゥゥゥゥ――……。
呼吸器系から獰猛な気息が漏れる。時間を要したが、上半身も修復済みだ。
「だから、お前が俺の代わりに出ろって。それで全部丸く収まるだろ?」
「ぁんたがやる事に意義があるんだよ? ぁたしが代わっても意味ない」
ギャーギャー。
試合そっちのけで、コーナーポストを挟んで諍いを続ける青チームの二人。
「おぉーっとォッ、余裕のブルーチームはどうやら仲間割れかぁあッ?」
ジェスの煽りも心なしか力が抜けている。場外乱闘が気が気ではない様だ。
「早く優勝してセレスを解放したげなきゃ、この結界も何時まで持つか」
「ぁん? こん中は時間の流れが緩やかなんだろ? 急がなくても……」
「外部のセレス自身に何かあったらどーすんの? 只じゃ済まないよ?」
「……おぅ。ま、まぁ確かにな。その可能性が今は一番危険かもな……」
ディアナに指摘されて、改めてギクッとする直人。脱出を急ぐべきだろう。
「解った。つぎのラウンドで決着つけて来るよ。少しだけ待っててくれ」
「早くしなきゃ、事象の水平線に刻まれたデータの片鱗になっちゃうよ」
「……あ? んだよ、その事象の……ッ?」

聞き返そうとして、はっと口を閉ざす直人。ホログラフィック理論の事だ。
腐っても熾天使。直人のまだ至らぬ極地点に達していても不思議ではない。
「……解った。とっとと片付けるよ。余計な御託も聞きたくないしな?」
「はぁ? い~からとっととそのクマちゃん倒して経験値積んできなっ」
――カーンッ。
二R開始のゴングが鳴る。手負いの魔獣は様子を窺ったまま襲って来ない。
「……だろうな。既に動ける身体じゃないンだろ? が、俺から行くぜ」
「ゴーゴー直人っ! そんな雑魚モンスターなんてやっちゃぇえ~っ!」
キィィイ――……パリィッ。
檄に呼応し直人の下腿に勁力が凝集。マット上に放射状の磁気車線が奔る。
◇選手控え室◇

オォオォオ――……。
タブレットから投影された三Ⅾホログラムが虚空にリングを映写している。
「ンだよありゃ反則っしょ? 瀕死からの再生ってアリなんスかぁ~?」
「ぅ、……多分、蘇生力が、ぅぅっ、……強いんじゃない、かしら……」
苦悶に顔を時折歪めながら、声を絞り出すセレス。顔色も何時になく悪い。
「嬢さん大丈夫っスか? お茶でもお持ちしましょうか。お薬は……ッ」
「ありがとう、プロミス。いいのよ、私は大丈夫だか、……うぅ……っ」
ズキン――。
断続的に痛むこめかみを手の甲で抑えながら、気丈に立ち振る舞うセレス。
健気で痛ましいその様子が、プロミスの細やかな老婆心を逆に揺さぶった。
「その様子じゃ、まさかとは思いますが、……何か思い出したッスか?」
「……ぅっ、……えぇ。そのまさかよ。……段々、思い出してきた……」
煩悶に身を窶すセレスの表情に、懐古や郷愁、苦悩や嘆きの色が混在する。
まるで記憶の中を懐古旅行でも
「私のせいよ。私の力が、……至らなかったせいで、大事な仲間を……」
「嬢さんの責任じゃないスッ。ぁっしも少しは聞きかじって知ってやス」
「……っ? 誰に、……聞いたの? そんな事、……私、誰にも、……」
「――ッ」
一瞬ぎょっとするも、自分を奮い立たせると小男は懸命にセレスを労わる。
「誰でもいーじゃないスかッ。皆、言わないだけで薄々察してまスよッ」
小男の知る限り、ある事件を境にセレスは自ら記憶を閉ざし引き籠もった。
その引き金となったディアナの失踪事件。セレスの関与を誰しもが疑った。
が、本人が記憶を失っており、義父ハデスの監視下に置かれた経緯がある。
「ぁっしが、……嬢さんの記憶、何としても取り戻してやりまスからッ」
「……プロミス、貴方、……そこまでして私の事? ……ぅぅっ、……」
ズキン――ッ。
端正な美貌が苦悶に歪む。魔獣を眼にして以降、様相が変わりつつあった。
◇セレスの回想◇

オォオォオ――……。
農地に聳え立つ豪奢な邸宅。御神託を受け、極秘裏に討伐に出向くセレス。
遠征先は未開の地、センチュリオン。少し前から夥しい瘴気を感じていた。
地底深くとはいえ先鋭都市アガルタは豊かで実り多い文明を醸成していた。
「魔の討伐に行って参ります。どうかご加護を」
カチャ、ゴトン――。
神装武具を装備し、遠征の準備をするセレス。この頃はまだ自分の邸宅だ。
御神託を受けたのがつい先日。託宣は異界の眷属が蠢き出したというモノ。
自分達も先住民でこそないが、平和条約を締結して以降は友和を遵守中だ。
◇
コンコン、ガチャっ。
ノック音がして扉を開くと、そこに青い髪色の利発な顔立ちの少女が居た。
「……やっぱり行くんだね、セレス?」
「っ。……ディアナ? 何故ここへ?」
寂し気に微笑うと、青い髪色の少女は澱みのない透き通った瞳を煌かせる。
「セレスの考えなんてお見通しだよっ。私の予知能力、知ってるよね?」
「ぅ、ぅん。まぁそうだけど……」
口ごもるセレス。昔から勘の優れたディアナは先を見通す力を持っていた。
遠征を止めようというのだろう。だが、神託を受けたセレスの決意は固い。
「今回は誰にも迷惑かけたくないの。貴女にも邪魔して欲しくないのよ」
スゥ……――ガッ。
真横を通り過ぎようとした時、力強い手で肩を掴まれ、慌てて顔を向ける。
「なっ? 何のつもりなの? 私の邪魔しないでってアレほど……っ!」
「セレスのばか」
ディアナの真剣な眼差しを浴び、沈黙したままその場で立ち止まるセレス。
ぐ――……。肩を掴むディアナの手に、これまでにない力が篭もっている。
「セレス、……私達って友達だよね? 仲間って信用するものでしょ?」
「……っ」
「私も一緒に行ったげるよ。セレスだけ一人で行かせられないもんね?」
「……ディアナ……」
沈黙するセレス。今回の遠征は少し違う。誰も出向かなかった秘境の地だ。
月の住人誰もが行きたがらなかった異界の魔境。無事で済む保証などない。

ワァァアア――ッ。
歓声が大きさを増す。館内全域が割れんばかりの野次と怒号に揺れている。
「八百長じゃねェかッ! セコンドの女が攻撃したのを見てんだよッ!」
「おぅいレフェリィ~。反則負けにしろお! 全額スッとんじゃあッ!」
オォオォオ――……。
並々ならぬ怨嗟と憎悪が渦を巻く。闇賭博の神髄を垣間見せる地下闘技場。
「お前ェえッ、ワシの財布がスッカラカンなの、お前のせいじゃろおッ」
「ボケてんのかオッサンッ! 何処の乞食があんたの端金狙うんだよ!」
「ヤんのか、おおどうなんじゃッ、若造ごときがヤれんのかおぉンッ?」
「おぅ今直ぐやってやんよッ、全治一年くれぇは覚悟しとけやゴルァア」
ドゴォ、ガッ、ゴッ――。
殴り合いが勃発。ヒートアップした賭博狂いの中には薬中も混ざっている。
ただでさえ正常な思考を放棄した連中が、更にクスリの影響で暴徒化――。
「あぁ、やれんのかあッ?」
「えぇッやりましょおよお」
ワァァア――ッ。バキィ、ドガァッ。
そこかしこで乱闘、軽犯罪が発生。場内の治安は悪化の一途を辿っている。
治安部隊は先程の乱闘で病院送りにされ、仲裁を取り持つ正義漢も居ない。
混迷を極める場外の大乱戦を他所にリング上では試合が淡々と進んでゆく。
◇特設リング上◇

シュゥゥウ――……。
跡形もなく吹き飛んだ上半身の断端面が、凄まじい蒸気を噴き上げている。
『グモォォォ……ッ、コフッ、コフッ』
シュゥゥゥゥ――……。
呼吸器系から獰猛な気息が漏れる。時間を要したが、上半身も修復済みだ。
「だから、お前が俺の代わりに出ろって。それで全部丸く収まるだろ?」
「ぁんたがやる事に意義があるんだよ? ぁたしが代わっても意味ない」
ギャーギャー。
試合そっちのけで、コーナーポストを挟んで諍いを続ける青チームの二人。
「おぉーっとォッ、余裕のブルーチームはどうやら仲間割れかぁあッ?」
ジェスの煽りも心なしか力が抜けている。場外乱闘が気が気ではない様だ。
「早く優勝してセレスを解放したげなきゃ、この結界も何時まで持つか」
「ぁん? こん中は時間の流れが緩やかなんだろ? 急がなくても……」
「外部のセレス自身に何かあったらどーすんの? 只じゃ済まないよ?」
「……おぅ。ま、まぁ確かにな。その可能性が今は一番危険かもな……」
ディアナに指摘されて、改めてギクッとする直人。脱出を急ぐべきだろう。
「解った。つぎのラウンドで決着つけて来るよ。少しだけ待っててくれ」
「早くしなきゃ、事象の水平線に刻まれたデータの片鱗になっちゃうよ」
「……あ? んだよ、その事象の……ッ?」

聞き返そうとして、はっと口を閉ざす直人。ホログラフィック理論の事だ。
腐っても熾天使。直人のまだ至らぬ極地点に達していても不思議ではない。
「……解った。とっとと片付けるよ。余計な御託も聞きたくないしな?」
「はぁ? い~からとっととそのクマちゃん倒して経験値積んできなっ」
――カーンッ。
二R開始のゴングが鳴る。手負いの魔獣は様子を窺ったまま襲って来ない。
「……だろうな。既に動ける身体じゃないンだろ? が、俺から行くぜ」
「ゴーゴー直人っ! そんな雑魚モンスターなんてやっちゃぇえ~っ!」
キィィイ――……パリィッ。
檄に呼応し直人の下腿に勁力が凝集。マット上に放射状の磁気車線が奔る。
◇選手控え室◇

オォオォオ――……。
タブレットから投影された三Ⅾホログラムが虚空にリングを映写している。
「ンだよありゃ反則っしょ? 瀕死からの再生ってアリなんスかぁ~?」
「ぅ、……多分、蘇生力が、ぅぅっ、……強いんじゃない、かしら……」
苦悶に顔を時折歪めながら、声を絞り出すセレス。顔色も何時になく悪い。
「嬢さん大丈夫っスか? お茶でもお持ちしましょうか。お薬は……ッ」
「ありがとう、プロミス。いいのよ、私は大丈夫だか、……うぅ……っ」
ズキン――。
断続的に痛むこめかみを手の甲で抑えながら、気丈に立ち振る舞うセレス。
健気で痛ましいその様子が、プロミスの細やかな老婆心を逆に揺さぶった。
「その様子じゃ、まさかとは思いますが、……何か思い出したッスか?」
「……ぅっ、……えぇ。そのまさかよ。……段々、思い出してきた……」
煩悶に身を窶すセレスの表情に、懐古や郷愁、苦悩や嘆きの色が混在する。
まるで記憶の中を懐古旅行でも
「私のせいよ。私の力が、……至らなかったせいで、大事な仲間を……」
「嬢さんの責任じゃないスッ。ぁっしも少しは聞きかじって知ってやス」
「……っ? 誰に、……聞いたの? そんな事、……私、誰にも、……」
「――ッ」
一瞬ぎょっとするも、自分を奮い立たせると小男は懸命にセレスを労わる。
「誰でもいーじゃないスかッ。皆、言わないだけで薄々察してまスよッ」
小男の知る限り、ある事件を境にセレスは自ら記憶を閉ざし引き籠もった。
その引き金となったディアナの失踪事件。セレスの関与を誰しもが疑った。
が、本人が記憶を失っており、義父ハデスの監視下に置かれた経緯がある。
「ぁっしが、……嬢さんの記憶、何としても取り戻してやりまスからッ」
「……プロミス、貴方、……そこまでして私の事? ……ぅぅっ、……」
ズキン――ッ。
端正な美貌が苦悶に歪む。魔獣を眼にして以降、様相が変わりつつあった。
◇セレスの回想◇

オォオォオ――……。
農地に聳え立つ豪奢な邸宅。御神託を受け、極秘裏に討伐に出向くセレス。
遠征先は未開の地、センチュリオン。少し前から夥しい瘴気を感じていた。
地底深くとはいえ先鋭都市アガルタは豊かで実り多い文明を醸成していた。
「魔の討伐に行って参ります。どうかご加護を」
カチャ、ゴトン――。
神装武具を装備し、遠征の準備をするセレス。この頃はまだ自分の邸宅だ。
御神託を受けたのがつい先日。託宣は異界の眷属が蠢き出したというモノ。
自分達も先住民でこそないが、平和条約を締結して以降は友和を遵守中だ。
◇
コンコン、ガチャっ。
ノック音がして扉を開くと、そこに青い髪色の利発な顔立ちの少女が居た。
「……やっぱり行くんだね、セレス?」
「っ。……ディアナ? 何故ここへ?」
寂し気に微笑うと、青い髪色の少女は澱みのない透き通った瞳を煌かせる。
「セレスの考えなんてお見通しだよっ。私の予知能力、知ってるよね?」
「ぅ、ぅん。まぁそうだけど……」
口ごもるセレス。昔から勘の優れたディアナは先を見通す力を持っていた。
遠征を止めようというのだろう。だが、神託を受けたセレスの決意は固い。
「今回は誰にも迷惑かけたくないの。貴女にも邪魔して欲しくないのよ」
スゥ……――ガッ。
真横を通り過ぎようとした時、力強い手で肩を掴まれ、慌てて顔を向ける。
「なっ? 何のつもりなの? 私の邪魔しないでってアレほど……っ!」
「セレスのばか」
ディアナの真剣な眼差しを浴び、沈黙したままその場で立ち止まるセレス。
ぐ――……。肩を掴むディアナの手に、これまでにない力が篭もっている。
「セレス、……私達って友達だよね? 仲間って信用するものでしょ?」
「……っ」
「私も一緒に行ったげるよ。セレスだけ一人で行かせられないもんね?」
「……ディアナ……」
沈黙するセレス。今回の遠征は少し違う。誰も出向かなかった秘境の地だ。
月の住人誰もが行きたがらなかった異界の魔境。無事で済む保証などない。


