Excalibur



 ◇コンコース◇

 ゴォォオ――……ッ。
 炎の渦が彼方に消えた。信じ難い光景に一瞬、我を忘れて瞠目するレディ。
 オォオォオ――……。
 軌道上のストラクチャが消失し、風穴が出来ている。悍まし程の破壊力だ。
「……ジャッカル……っ」
 オォオォオ――……。
 慄然たる眼を凝らすレディ。二階層上段の吹き抜け回廊に黒い影が視える。
「……っ」
 安堵の息を吐くレディ。獄炎に呑まれる寸前、どうも倍速化で逃れた様だ。
「うぬぅ、……まだか、……力が湧き出て来ぬわ……」
 グッ、グッ――……。
 手を握ったり開いたりを繰り返し、力の充溢具合を確かめる初老の男――。
 何処かで何がしかの影響を受けているのか、今一つ本調子ではなさそうだ。
「貴様らぁッ、……揃いも揃って無駄な抵抗を……ッ」
 ギギギ――……。
 苦虫を噛み潰す初老の男に、満身創痍のレディが挑発的な口撃を浴びせる。
「貴様の目論見通りには、……させんぞ、ハデスっ!」
「ぅ、ぐぬぬ……ッ、おのれら虫けら風情がぁ……ッ」
 グギュゥゥ――……。
 二又の杖・バイデントを握る手に膂力が漲る。総身を戦慄かせる初老の男。
「……ぅぐぅう……ッ?」
 が、身体が意のままに動かない。彼の内部でとある抵抗勢力が抗っていた。
 そこを完全に鎮圧しない限り、本領を発揮する事が困難な状況下にあった。
「どうしたハデス、私に止めを刺さないのかっ、……刺せないのか?」
「我が潜在意識下に介入する輩めが……、眼にモノ見せてくれるわッ」
 ――ヴゥ――……ン。
 男の気配がまたも沈黙。再度、ハデスは己の意識を水面下に潜り込ませる。
 嘗ての経緯より、こうなったハデスは容易に仕掛けては来ない。好機――。
「……っ!」
 沈黙を千載一遇の好機と捉えるレディ。だが、――身体の自由が利かない。
「くっ、応答しろ、……ジャッカル!」
「……」
 渾身の喚起に、二階で佇む黒い影がピクリと反応する。が、動きが緩慢だ。
「駄目かっ、チャンスなのだぞ……っ」
 生きてはいる様だが、どうも先程のハデスの不意打ちがかなり効いた様だ。
 状況から推察するに、先程の一撃により大ダメージを負った可能性がある。

 ◇青海駅周辺◇



 オォオォオ――……。
 荒涼地と化した青海駅へと伸びる沿線一帯に、石造りの彫像が出来ていた。
「完了~♪ ここいら一帯は鎮圧しました。ハデス様の方が遅いとか~?」
 てきぱきした理知的な声。橙色の髪色をしたスリム体型の女性が揶揄する。
「馬鹿なッ、ヘラクレスが撤退だとッ? 一体どうなっているんだッ!?」
 正義感溢れる甲高い中世的な声が詰問する。緑色の髪をした軽装の少年だ。
 ザッ、ザッ――……。
 見慣れない二体の影が、死霊の群れを蹴散らしながら現地に近接してくる。
「これは――ッ!? 如何された、ハデス様ッ!」
「あらぁ~。首謀者がこれでは話にならないわね」
 ふぁ~あ……。
 鬼気迫る形相で駆け寄る男を、さも興味なさげに一瞥して欠伸をする少女。
「アテナッ! 手伝ってくれッ! ハデス様が例の発作だッ!」
「知らないわよそんな老いぼれ。またセレスの尻拭いでしょ?」
 間欠性てんかん発作――。高齢者に特有の症状だが、傍目には奇異に映る。
「お護りせねばッ、発作中は無防備な御身だ、忘れたのかッ!」
「はいはい。解りましたよぉ、……っとぉ、これはこれはぁ?」
 支柱の陰に凭れ掛かる様にして身を潜ませるレディの姿を、目ざとく発見。
「マルスぅっ! 異星人を見つけたよぉっ! 手伝ってぇー?」
「でかしたアテナッ! しかし、今はハデス様の御身が優先だ」
「んじゃー、私がちゃちゃっとやっちゃうけど、いーかなぁ?」
「好きにしろッ! 俺はハデス様のお護りを優先させて貰うッ」
 異星人達が共有言語で連絡を取り合っているが、今はそれどころではない。
「ちぃっ、こんな時に……っ」
 ググ――……。
 腹を括るしかない。疲労困憊の身体に鞭打ち、戦意を奮い立たせるレディ。
 二階席に眼をやったところ、ジャッカルの姿がない。どうも移動した様だ。
「……っ」
 ジャッカルの心配よりも、何より先ず自分の身が保つかどうかすら危うい。

 ◇地下闘技場◇



 ワァァアア――……。
 歓声が一際、大きさを増した。羆型魔獣を、コーナー際で待ち受ける直人。
「木崎流奥義、大和――。四十五口径、九十一式徹甲弾――」
「あぁーっとぉおッ!? 何事かを呟いているぞぉおッ!?」 
 オォオォオ――……。
 上空浮遊型ドローンでの拡大映像が巨大スクリーンに多角的に映写される。
「おぉおッ! 青い服の兄ちゃんッ! やってまぇえッ!!」
「相手がクマだろーがぁお前なら一発じゃねぇのかぁあッ?」
「全額いってもうてるさかい、負けるんは堪忍してやぁあっ」
 ドォオォオ――……。
 リング上の光景に過激な賭博に手を出した客席側が俄然ヒートアップする。
「どうしたブルーサンダーッ、縮こまって動けねぇのかッ!」
 怒号を飛ばす酒気帯び中年。偽造団に買わされた投票券を手に握っている。
「ボゥ~ゥイ♪ どしたのん? クマちゃん来るわよぉん?」
 一角に集ったジェンダーフリーの一群が、自慢の巨乳を揺らしながら煽る。
「直人っ! そんな頭悪そうなクマ、返り討ちにしちゃえっ」
「……あぁそのつもりだ。つーか、俺は容赦ねぇからな……」
 グ、ググ――……。
 柔軟な身体を弓の様に撓らせ、片足立ちでグリズリーの突撃を待ち構える。



「――おら来いよッ! 怖気づきやがったのかッ!」
『グゥオォオォオァァアア――ッ!!』
 ドドドドド――……。 
 咆哮を発しながら魔獣が突撃してくる。その直後、真っ青な閃光が奔った。
「木崎流奥義、――雷鳴弾ッッ!」



 ビシャッ、――ドガァアアンッ!!
 会場全館に、落雷の様な衝撃音が鳴り渡った。沈黙、固唾を呑む観衆一同。
「お、おい、見ろよアレッ!? く、クマ公が……ッ」
「ま、マジかよアイツ、……化け物じゃねーのかッ?」
「どーなってやがんだよ一体、あの野郎の身体……ッ」
「ヒャッハァーッ! ワシの総取りじゃぁああッ!!」
 ……――ワァァアア――……ッ。
 沈黙が一転、割れんばかりに沸き立つ歓声と場内一帯を満たすブーイング。
「ぅわぁっ、あの野郎マジ容赦ねぇっ! 鬼かよっ!」
 直人陣営のコーナーポスト外では、凄惨な光景にディアナがドン引き中だ。
「……へッ、俺の勝ちだな、クマ野郎……」
『……アグゥァァアアア……』
 オォオォオ――……。
 直人のカウンターを浴びたグリズリーの腹部に、巨大な風穴が開いている。
『……ゥオォオ……ンン……』
 グラり……ズゥゥン――……。
 硝煙を吐く巨体。ゆっくりと傾ぎ、崩れ落ちる巨体がリングを揺るがした。

 ◇選手控え室◇



 ワァァアアア――ッ。
 歓声が大きさを増す。館内全域が割れんばかりの野次と怒号に揺れている。
「やったッ、やりましたよ嬢さんッ! やっぱ兄貴っス!」
「えぇ……。でも、まだ試合は終わっていないんでしょ?」
「ッ? 何言うてんスか! どー見ても終わりっしょッ!」
「……よく見て、プロミス……あのグリズリーの身体をっ」
「……ッ!?」
 オォオォオ――……。
 客席よりも3Ⅾホログラム上の方が、魔獣グリズリーの変化が良く解った。
 硝煙の上がるドテッ腹の風穴の傷痕が、心なしか修復している様に見える。
「これは……ッ、何スか? 致命傷を負ったハズっスよ?」
「やはり……センチュリオンの刺客で間違いない様ね……」
 ギ――っ。
 唇を噛みしめるセレスの顔が、――歪む。項垂れた頭を両手で抱え込んだ。
「うぅ……っ、この感じ、……私、覚えがある気がするっ」
「何か、……思い出したんスか? しっかり、嬢さんッ!」
「う、……うぅ、……ディアナ……っ、御免なさい……っ」
「――ッ!?」
 うわ言の様に呟くセレスが漏らしたその名前に、慄然と眼を瞠るプロミス。



 ワァァァあああ――……。
 大歓声の上がるリング外で、ジェスが狂おしい程の絶叫を張り上げている。
「立ったぁッ? モンスターが立ち上がったぞぉおッ!!」
 オォオォオ――……。
 リング上で相対する二体の影――。直人の方が精神的にやや不利な状況だ。
『グオォオォオ……ッ』
 シュゥゥゥゥ――……。魔獣の腹部にできた風穴から硝煙が上がっている。 
 この世のモノとは思い難い、腹の底から絞り出す様な唸り声を上げる魔獣。
「ッ? ……チィッ、やはりな、追撃が必要だったか……」
「直人っ! ただのクマじゃないよっ! 油断すんなっ!」
 はっぱをかけるディアナだが、今の直人には外野の騒音にしか聞こえない。
「……くッ」
『グモォォォオ……ッ』
 シュゥゥゥゥ――……。
 傷がみるみる塞がってゆく。直人を睨みつけながら、魔獣がニヤリと嗤う。
「直人っ! とどめ刺さなきゃダメな奴だっ!」
「……んだよオイ、俺に気ィでもあんのか!?」
 パリッ、――バチィッ!!
 不敵な魔獣を前に、本気を出す直人。その総身が青白いスパークを纏った。