Excalibur



 ◇選手控え室◇

 ワァァアア――……。
 館内に設置されたスピーカーから、ジェスのマイクパフォーマンスが煽る。
「さぁて二回戦の初戦が始まるぞぉッ、おぉーッとこれはぁあッ!?」
 シーン――……。
 一瞬だけ独特の間を置くと、ジェスの声色が一オクターブ程はねあがった。
「神秘に満ちた未開の地から、捕獲された魔獣の緊急参戦だぁあッ!」
 ワァァアア――……。
 血に飢えた観客の声援が大きくなる。会場に熱狂的な喝采が湧き起こった。
「――ッ? 魔獣やてッ? ンなアホなッ。勝てっこねぇスやんッ?」
 ガタン――ッ。
 血相を変えて椅子から立ち上がる小男。只ならぬ気配を察し直人が尋ねる。
「……魔獣? どういうタイプなんだ? 普通の動物とは違うのか?」
「ぜんぜん違いまスよッ! 魔の力で暗黒道に堕ちた闇の眷属ッス!」
 息まくプロミス。その傍では、両足を組んだディアナが椅子に凭れている。
「にひひっ♪ ねぇ直っちぃー。ぁたしが代役で出てあげよっかー?」
「バカ。俺が出るよ。お前を危険な目に会わせる訳にもいかないだろ」
「ふーん。格好いー事言うじゃん。ならちゃちゃと終わらせてねっ♪」
「……っ」
 思いつめた面相で頑なに沈黙を保っていたセレス嬢が、やおら口を開いた。
「直人、さん。で、いいのかしら。必ず、……生きて戻って下さいね」
「解っている。ありがとうセレス。貴女との約束は、ちゃんと護るよ」
 話を聞く限り、セレスは曰くありの過去をお持ちの様だ。助けてあげたい。
「強行突破でも構わないんだが、それだとハデスの怒りを買うかもな」
 規定通りの手順を経る事で、この世界での市民権を得られる可能性は高い。
 最終的には打倒すべき相手ではあるが、目下の所は休戦を保っておきたい。



 支配人ジェスの低く捲し立てる様な声音が、一オクターブ程はねあがった。
「初戦で大波乱を巻き起こした新星、ブルーサンダーの登場だぁッ!」
 ワァッ――。
 歓声が大きくなった。客席スタンドの各階層からは喝采とブーイングの嵐。
「いーぞぉ雷神ィッ! また大波乱起こして儲けさせてくれぇえッ!」
「来た来たぁッ! おいら好みの人間発電所がやって来たぞぉおッ!」
「わだすも抱きつきたいわぁあんっ。可愛いビリビリボォオ~ウイっ」
 ヒッピーの環の中にフーリガンの様なトランスジェンダーが混ざっている。
 彼らからは特に絶大な支持を集めている様だ。物品が宙を盛んに飛び交う。
「じゃ、行って来るよ。直ぐ終わらせて来るから少し待っていてくれ」
「セコンドは要るっしょ? いざとなったら手助けしてやっからさ♪」



「お前は指名手配中だろ? また騒動に巻き込まれるのは御免だぞ?」
「にゃははっ♪ だいじょぶだってぇ。またぶっ飛ばせばいーじゃん」
 ガチャ――、バタンッ。
 いがみ合う様に外へ出る直人とディアナ。見送ったセレスがぽつんと呟く。
「未開の地と濁して表現してはいるけど、……多分センチュリオンよ」
「今から俺等ぁ行こうッて予定してたとこスよね。大丈夫スか嬢さん」
 オォオォオ――……。
 静謐な部屋で束の間の留守をするセレスとプロミス。互いの思惑を語らう。
「え、えぇ……。私も観戦するわ。重要な何かを思い出せるかも……」
「無理しないで欲しいス。嬢さんを護る事が、ぁっしの喜びッスから」
「ありがとプロミス。貴方もハデス叔父様に従うつもりはない様ね?」
 長年ハデスに仕えてきたプロミスだが、ここに来て遂に決意を固めた様だ。
「覚悟……、決めましたから。兄貴に出会ってぁっしも変わりやした」
「……そうね。ただ、今回の相手は、センチュリオンからの刺客……」
「それでも兄貴なら、……きっとやってくれるって、信じてるんスよ」
 ワァアア――……。
 会場全体が、湧き立つ様な熱狂に包まれた。直人がリングに上がった様だ。

 ◇リング会場◇



 オォオォオ――……。
 手狭なリング上で対峙して初めて相手の脅威が解った。並の相手じゃない。
 茶褐色の肌。毛むくじゃらの巨体。鋭利に伸びた爪。完全な肉食獣だった。
「ワンデイトーナメントォ、これより二回戦の初戦を開始しますッ!」
 派手な衣装を身に纏った外人が、リング中央に立って狂おしく叫び立てる。
「うぉおおッ! これよこれぇッ! 血沸き肉躍るこれだよぉおッ!」
「やっちまえや怪物ゥウッ! みんなお前に期待しとんじゃぁあッ!」
「んンの貧乏神ィやってまえッ! 大金張って待っとんじゃゴルァッ」
 ワァァアア――……。
 常識外れのマッチメイクに、客席で総立ちの観衆からはオベーションの嵐。
「赤コーナー、三千世界からの来訪者ぁッ! 三千パウンドォオッ!」
『ゥゥガルルルゥゥァァアアッ!!』
 紹介の最中、気性の荒い対戦者は早速コーナーポストを引き千切っている。
「三千パウンドォ、……――キング・グリズリー・ベアァァアアッ!」
『オオッウオォオォオーンッッ!!』
 遠吠え。鉤爪を振りかざし、二Mを悠に超える羆型魔獣が雄叫びを上げた。
「ンだよこれ。……普通じゃねェ。こんなマッチメークいいのかよ?」
 非人道極まる組み合わせだ。何しろ相手は羆――。しかも闇の眷属ときた。
 国家非公認の闇賭博兼闘技場とはいえ、あからさまに人権を侵害している。
「ぉーい直人ぉ、何のんびりしてんのぉー? 相手はクマでしょ~?」
 コーナーポストでは、ディアナが優雅に片足を挙げてストレッチしている。



「ひゃぁん。ティアラちゅわぁぁあーん、こっち向いてよぉお~っ!」
「ぼ、……ボクたちの、あっ、アイドルにな、なってよぉお~~っ!」
 惜しげもなく下履きを晒す彼女に、俄オタクがファンクラブを作った様だ。
 賭けに興ずる富裕層を尻目に、会場の一角が異様なオタ臭に包まれている。
「何してんのよ直人っ! そんな奴、びりびりってヤッちゃえって!」
「……チッ」
 ワァ―、ワァ―……。
 人員不足だろうか、倒したロイヤルガードが襲ってくる気配は今の所ない。
「バカが。迂闊に接近出来ねーんだよ。……解ンねェのか、メスガキ」
 コーナーから喚き立てる少女を、キッと睨みつける直人。彼女は知らない。
 敏捷性、パワー、ボディの頑丈さ、すべてが異次元だ。人間とは訳が違う。

 ◇選手控え室◇ 



 ワァ―、ワァ―。
 直人の選手控え室では、新たな端末を手に、プロミスが色めき立っていた。
「嬢さんッ、兄貴スよ兄貴! 兄貴の闘う姿がぁっしの憧れなんスッ」
「……心なしか緊張している様に見えるけど。……あの相手は……?」
「完全に珍獣か猛獣の類スけど、兄貴ならッ、何とかなるんスよッ!」
「……プロミス、貴方……?」
 眼を煌かせる小男の横顔をまじまじと眺め、野暮な言葉を呑み込むセレス。
 プロミスは、どうやら直人に憧れている様だ。どうにか、勝利して欲しい。

 ◇リング会場◇



 ――カーンッ!!
「さぁ~ゴングが鳴りましたねぇッ。どう予想しますかオリカさん~」
「そうですね~はい。相手は何しろ混じり気なしの猛獣ですからねぇ」
 ワァァアア――……。
 解説陣営も呑気なもので、茶飲みに興じながらの中継を愉しんでいる様だ。
 特別ルール。今回ばかりはレフェリーのジェスもリング外での中継となる。
「ぁに突っ立ってんのっ。とっとと痺れさせちゃえやいいじゃんっ!」
「……くッ」
 打開策を見出すべくフル回転する直人。複数の戦略が浮かぶが、通じるか。
『グルルルルぁァァアアアアッ!!』
 ドドドドドォ――ッ。
 向こうから来た。猛獣が対角線上の直人を目掛けて一直線に突進してくる。
「おぉーっとぉおッ! キングベアーが突っ込んできたぞぉおッ!?」
「しゃぁあッ! いったれやバケモンンッ! お前に決めたァアッ!」
「おぉおやってまえッ! チュールゥゥッ 熊まっしぐらぁああッ!」
 ヴン、――ボッ。
 ベアーの大振りフックが空を斬る。紙一重のスウェーで攻撃を見切る直人。
「木崎流奥義――、デッドリー・スピアッ」
 ヒュッ、――ドボォオッ!!
 側面に回り込み様、直人の蹴り足が一閃した。高速のミドルキックが炸裂。



『グボォオォ……ッ!?』
 ズザザァ――……。
 二足で後ずさる巨体。想定外だったであろう反撃に、キングの動きが鈍る。
『グベボォォォォオオッ』
 バッシャぁァアア――ッ。
 湧き立つ観衆の見守る中、一、二度えづいた巨体が、吐瀉物をまき散らす。

 ◇選手控え室◇

『おぉーっとォこれは効いたぞォッ! 流石の魔獣も轟沈かぁあッ?』
 ワァァアア――……。
 ホログラムのボリュームを最大限にして試合観戦に興ずる留守番組の二人。
「しゃッ、しゃぁあッ! 兄貴があの化け物にくれてやりましたよッ」
 選手控え室では、歓喜に沸く小男が頻りにガッツポーズを繰り返していた。
 ヴヴヴ――……。
 宙に浮かび上がった三Ⅾホログラムが、直人の勇壮な姿を映し出している。
「でも、プロミスっ、……あのグリズリー、普通の熊じゃないのよ?」
「ははッ、だから何スか! 兄貴が負けるワケありゃしませんてッ!」
「……それは、そう願いたいけど……。何かが起きそうで……怖いの」
 ドクン――。
 一抹の不安が胸中を過る。あの魔獣から何か得体の知れない不安を感じる。
 まだ記憶に響きこそしていないものの、胸騒ぎは一段と大きくなっていた。

 ◇リング会場◇



 ドォオォオ――……。
 地鳴りの様なブーイングで会場内が揺れている。ディアナが眼を輝かせた。
「っ! ひゅ~やるじゃん。ぁたしが見込んだ男だけあるじゃんかっ」
 ――ギシィッ。
 反吐を吐き散らす魔獣を悠然と睨み据えながら、直人はコーナーに凭れる。
「ケッ。耐久力はまぁまぁだな。……が、俺の敵じゃない事は解った」
 ――ザッ、……――スゥ――。
 一歩前に歩み出ると、左を軸足に右足を頭上へと掲げ、その場で待機する。



 独自に編み出した攻防一体の迎撃法。螺旋の力を一点に集約して穿つ絶技。
「木崎流背水陣型の一、……――不沈艦大和――」
「な、……何だ? この構えはァ――……ッ!?」
 ドォオォオ――……。
 独特の構えに、会場内が騒然となる。レフェリーのジェスも絶句して沈黙。