Excalibur



 ◇選手控え室◇

 ワァ―、ワァ―……。
 会場全体に熱気が漲っている。が、控え室内は一転、静謐に包まれていた。
「……セレスお嬢さん。熱々の紅茶、……飲みたいスよね……?」
 コポ、コポ……。
 カップに注がれるレモンティー。漂う香りに沈鬱なセレスの表情が和らぐ。
「……ありがとうプロミス。ハデス叔父様とは上手くいってる?」
「ボチボチっスかね。ですが、……兄貴の事もありますんで……」
 コトン――……。
 言葉を濁しつつ、カップをセレスの席上に置くプロミス。顔色は冴えない。
「ぁっしも正直、辛いんスよ……。ボスと兄貴との板挟みで……」
「今ならね、……私にも分かる気がするのよ。貴方のその気持ち」
 偽ディアナに執拗なまでに迫られ、嬉しい反面、正直うんざりもしていた。
 あのなり替わり女が、何故そこまで自分に固執するのか未だ判然としない。
「お嬢、例の遺跡ってのぁ、こッからそれ程遠くはないんしょ?」
 過去、本物のディアナが失踪したという遺跡。一度、確かめてみたかった。
「今の私が居る世界、……つまり数千年後にはもう水没区域帯よ」
「水没。……え? お嬢の居た世界ってな、そうなってンスか?」
「ぇぇ。少なくとも私の意識はそこから遡ってきているけど……」
 今のセレス、――未来のセレスという事になるが、プロミスには理解不能。
 彼女が近未来を見通す神通力を持つ女性、という風にしか認識が出来ない。
「未来の、……か、海底遺跡っスか? 一体、場所は何処スか?」
 どうも将来的に水没する地帯らしい。が、今はまだ陸地を保っている様だ。



 地続きであれば調査は十分に可能。現場に出向き直接確かめる事も出来る。
「何処なんスかそこって。行ける場所なんなら、今からでも……」
「繁栄と混沌の港街センチュリオン。ここから数時間程の距離よ」
 気丈に答えるセレスだが、その口ぶりは重く、顔色も何時になく悪そうだ。
 無理もなかった。彼女には蓋をすべき忌まわしき記憶を想起させる場所だ。
「こッから、……たった数時間……スか? ……だったら、……」
 得られた情報を基に、慎重に吟味するプロミス。打開策を必死に編み出す。
「お嬢ッ、そこへ行って何が起きたか確かめてみましょうやッ!」
「ぅ、ぅぅ。なんだけど、……何か、思い出しそうで怖いの……」
 ズキン――。
 間断ない痛みが襲う。苦悶に眼を細め、こめかみを手で抑えつけるセレス。
 一旦閉じた記憶の蓋を再び抉じ開け様とする蛮行が、彼女の心中を痛める。
「だったらッ! なおの事行ってみる価値があるってモンしョ?」
「そ、そうね……。確かに貴方の言う通りよ。行ってみましょう」
 ……――ポゥッ。
 セレスの青い眼の奥深くに静かな決意の火が灯る。確かめる必要があった。
 忌々しい過去を追憶するのは苦痛を伴う。が、何れ乗り越えねばならない。



 オォオォオ――……。
 活気の戻った館内ロビーの一角で、直人は仁王立ちする女を見上げていた。
「んだよ。もう隠さないのか? どーなってンだよ、お前の感覚」
「修復するのに時間がかかるのよ。今は隠してる暇も余裕もない」
「要は面倒臭いだけだろ……。それとも何。俺へのアピールか?」



「はぁ? ざけてんの? 悪いけど、ぁんたに何の感情もないよ」
「……そうか。まーその方が俺も気楽でいいけどな。助かったよ」
 こんな露出狂いに、いちいち欲情なんかしていたら神経がやられてしまう。
 至極まともともいえる直人の反応だった。が、ディアナは面白くない様だ。
「なによ。ちょっとは勃ったら? ぁたしの事バカにしてンの?」
「いや、断る。羞恥心すらないお前の〇〇〇見ても有難みがない」
「はぁ? なら何? ぁたしがぁんたに乗っかったら変わンの?」
「いや、待て……。それは待ってくれ……ッ。お願いだから……」
「ふーん。ぁ、そーなんだぁー。ぁんたもしやと思ったけどぉ~」



「――ッ!」
 ガッ、ダァン――ッ。
 自分を見下ろすディアナの片足を引っ張り倒すと、直人はマウントを取る。
「きゃんっ」
 ズシィ――。
 華奢な身体にすかさず馬乗りになると、暴れる両手首を強引に抑えつけた。
「……攻守交替だ。さて、生意気なお前をどう料理してやろうか」
「ゃ、ゃめてよバカぁっ! か弱い乙女にいきなり何すんのっ?」 
「減らず口を叩けなくしてやってもいいんだが、……さて、とッ」
 パリッ、……バチィ――ッ!
 少女の両腕をフロアに抑えつける直人の両手が、青白いスパークを発した。



「っ? ひぁんっ?」
 バチィッ。ぷしゃぁあっ――。
 ビクン、ビクンと華奢な身体が仰け反る。クレバスから小水が溢れ出した。
「俺とお前の実力差が、何だって?」
「ぁんっ、……な、何でも……なっ」
 頬を紅く染め、腰をガクガクさせるディアナ。眼は虚ろで軽くイッた様だ。
 これ以上彼女を濫りに喜ばせるのも癪に障る為、直人は追撃の手を控える。
「……凌辱行為は俺の流儀に反する。今回はこれで止めてやるよ」
「……だ、誰が……っ。ぁんたの方が、弱っちぃ癖にぃ……っ!」
 ふーふーと息を荒げるディアナの腰上から、直人はそっ、と身体を離した。
「痺れさせて悪かった。さ、部屋に戻ろう。セレスが待ってるぞ」
「……ぅっ、はぁっ。な、生意気な口、……叩かないでよ……っ」
 バッ――。
 眦に涙を浮かべながら、頬を染めたディアナが直人を批難の眼で仰ぎ見る。
「汚れた床は放っておけば乾くだろ。ほら、急がなくちゃな……」
「……ぅ、ぅん。そだね……。セレスが待ってるもんね……っ?」
 ぐッと手を掴んでディアナを引き起こすと、直人はフイとそっぽを向いた。
「お前の方が多分経験値が俺よりずっと上だ。……尊敬してるよ」
「……はぁ? 急に何? 何言ってンだかワケがわかんないっ!」



 羞恥に火照った顔を真っ赤に染めたまま、少女が直人をキッと睨みつける。
「いや、……何でもないよ。ただの独り言だ。ほら、行くぞ……」
「……ん、っ?」
 ――ザッ。
 廊下を先に進む直人の後ろ姿が、心なしか若干落ち込んでいる様にみえた。
「ぁ~ぁ……。言ってくれれば何時でも協力したげるのになぁ~」
 パンパンと手で叩いて着衣の乱れを整えながら、深々と嘆息するディアナ。
 直接声に出すのも憚られるが、護るべき何事かに頑なに固執している様だ。



 ◇選手控え室◇

 ガチャ、――バタンッ。
 ドアが大きく開き、青ざめた表情の直人と赤い顔のディアナが入ってくる。
「ッ? 兄貴ッ、その顔、……その女に何かされたんスかッ!?」
「……?」
 ――スゥ――。
 浮かない視線をゆっくりと上げ、直人がぼんやりした眼でプロミスを見る。
「るっさいタコっ! ぁんたは黙ってろっ! このざぁ~こっ♪」
「……ぅ、ぐぅうッ!」
 入ってくるなり少女に嘲弄され、プロミスの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「兄貴ッ、もう我慢の限界だ。この女、とっととシメましょうッ」
「……落ち着けプロミス。それよりセレス嬢に話があるんだが?」
「こっちもッスよ。今お嬢とその事で簡単な打ち合わせを……ッ」
 ガバァ――ッ。
 颯爽と身を乗り出す小男。先程セレスと交わした会話の一部が明けられる。
 失踪前のディアナが行方を眩ます直前に出向いたとされる遺跡調査の件だ。



 オォオォオ――……。
 話をじっくりと聞いていた直人が、確かめるかの様な目線を小男に向ける。
「……成る程。その遺跡に行けば、何か手掛かりが掴めるのか?」
「可能性は高いス。そこへセレス嬢を連れて行けば或いは……ッ」
「……っ」
 ぎゅっと手を握って押し黙るセレスを一瞥すると、小男は力強く代弁する。
「――お嬢が何か大切な手掛かりを思い出すかもしれねえッスよ」
「……――ッ?」
 オォオォオ――……。
 慎重に、セレス嬢を窺い見る直人。背後ではディアナが沈黙を保っている。



「本当かセレス? もしかしてお前も、事件に関係してるのか?」
「……解らないの。き、記憶が曖昧で、……思い出せないの……」
 シーン――……。
 か細い声を震わせるセレス。漂う一時の沈黙を、能天気な萌え声が破った。
「んじゃ、みんなで一緒に行ってみよーよっ? ね、セレスっ♪」
「……ぁ、ぇえ。……そ、そうね……。ありがとうディアナ……」
 素直に感謝の意を示すドレス姿の少女。プロミスが不貞腐れた表情を作る。
「ケッ。偽者の分際でッ、……偉そうに言うじゃねぇっスかぁッ」
「プロミス。彼女をそんな風に貶めるな。俺達は味方だろ、な?」
「……へ、へへッ、兄貴がそう言うんなら、そ、そうスけど……」
 歯切れ悪い愚痴を零しながら、恨めし気な眼を偽ディアナに注ぐプロミス。