
◇人気のないロビー◇
シーン――……。
あれだけ賑々しかった館内が一転、不気味な程の静謐に満ちた薄暗い回廊。
支配人ジェスの仰々しいマイクパフォーマンスも、嘘の様に静まっている。
「――ッ」
「きゃっ」
ドンッ――。
背中を叩きつけるようにして、半ば強引にセレスを壁際に押しつける直人。
先程の問いの答えを、まだ確認していない。セレスの本心を直接伺いたい。
「出過ぎた真似かどうかは何れ解るさ。先ずは俺の質問が先だ」
ぐ、ぐぐぐ――……。
セレスの両肩は握り締めたままだ。怒りに震える両手に膂力が籠ってゆく。

「ディアナの想いを、お前が馬鹿にしているかどうか答えろッ」
「ぃ、嫌っ。……痛くしないでっ。野蛮な男は嫌われるわよ?」
苦衷に顔を歪めるセレス。が、その反応は直人の怒りに火を注いだだけだ。
「……あぁ。そんなに痛かったか? 全く気が付かなかったよ」
ググ、ギシィ――ッ。
更なる力を篭めてセレスを捕捉しながら、慎重に低い声音を絞り出す直人。
瞬き一つせず、獲物を狩るかの様な獰猛な眼差しをセレスに注いだままだ。
「優しくして欲しいなら、……解るよな? 態度で示せばいい」
「ぃっ、……ほんと嫌な男ねっ。勝手に私のなかに入ってきて」
「……へぇ。やはりそうか。お前、中身は大人の女性だな……」
今の反応で確信に変わった。やはり今現在のセレスの意識が内在している。
幼少期の彼女が順調に育つと、恐らく今の傲岸不遜な感じになるのだろう。
彼女の素性を見抜けなかったディアナの努力は、徒労だった可能性が高い。
「……色々と手間が省けたよ。案外お前が正直な女だと解った」
セレスは、己の為に身体を張ってきたディアナの事を信じてなかったのだ。
逆に、敵視していた。そう考えれば彼女が受けてきた仕打ちに辻褄が合う。
何も知らずに迷い込んだディアナを最初からハメるつもりだったのだろう。
「な、手間が省けたってなに? 一つ忠告しておきますけどっ」
「へぇ……。この期に及んでも、……随分と余裕なんだな……」
ぐぐ、……フッ――……。
肩を掴む力が緩む。セレスに対して抱いていた怒りは、既に氷解していた。

感情を素直に出すタイプは嘘が下手な事が多い。性根は歪んでないと解る。
「ところで、あっちじゃゾンビに囲まれてるんじゃないのか?」
「……っ!」
妥当な指摘だったか、セレスの眼が鋭くなった。キッと直人を睨み上げる。
「私が襲われたら、結界内の貴方達もただじゃ済まないのよ?」
「どうかな? ゾンビがお前を倒せば結界は解除されないか?」
「違うっ。結界もろとも貴方達も消失してしまう可能性がっ!」
「……」
セレスが嘘を言っている可能性はある――が、その様子は迫真めいていた。
「だったら俺達を解放しろ。……今は助太刀が必要なんだろ?」
この間にも、無防備状態のセレスの周りは、ゾンビで囲まれているだろう。
第三者に奇襲でもされ、セレス諸共に消失してしまう事態だけは避けたい。
「断るわ。貴方は私達の敵なのよ? それに貴方の友達はねっ」
グ――……っ。
押し黙るセレス。含みを持たせた彼女の溜めに、直人は不穏な気を察する。
「ディアナになり替わった女なのよ? 許してはおけないっ!」
「――ッ?」
ぐぐ、……――フッ。
そっと手を離す直人。セレスの攻撃の裏に、正当な理由がある事が解った。
生粋の悪党ではない――。誤解さえ解ければ胸襟を開く可能性だってある。
「あの女が本物になり替わってた事なんてバレてるんだからっ」
「……かもな。どういう事情があったのかは分からないが……」
異星人とのなり替わり。どんな経緯でそうなったか、本人に聞くしかない。
◇現世、青海街大通り◇

ボンッ、――ドゴォッ!!
爆音が轟き、霊子砲弾が建屋の一角ごとゾンビの群れを木っ端に粉砕した。
「ひゅーっ♪ ジュンっ! 気持ちい~火力出すじゃねーかよ~!」
「そうか? あれくらい普通だろ。つかお前、実力隠してるよな?」
「ははっ♪ ぁたいの実力が見たきゃー、ベッドで見せてやんよっ」
「……?」
意味が良く解らず、パチクリと瞬きをするジュン。ハゲ担任が肩を叩いた。
「だははッ、モテモテやのぉジュン坊。どや、ワシに譲らんかッ?」
「譲るって、……ジュピターを? 俺の一存で決める事ではないが」
「冗談やて冗談っ! だははッ。相変わらず真面目君じゃのうッ!」
「ふっ。ジュン君の反応は普通です。先生が不真面目過ぎるんすよ」
「おぉ、言うやないけ眼鏡ッ! 虐められっ子が成長したのぅッ!」
ゲェーーーハッハッハッ!!
ハゲ洗の引き攣った高笑いが、ゾンビの腐敗臭で満ちた大通りに反響する。
「ったくアイツ等、漫才やってる場合かよっ」
――バシィッ!
威力を低減させたテーザー銃の様な雷撃でゾンビを痙攣させるジュピター。
本当にゼウスの化身だか怪しい限りだが、力を温存している可能性は高い。
「……ッ」
タタタ――、……タッ。
駅前広場に急ぐ一行。重要な何事かに気付き、ジュンの足がふと止まった。

「ぉいどーした、ぁにやってンだよーっ! 置いてくぞジュ~ンっ」
能天気なジュピターの呼び掛けに続き、担任のハゲ洗、安田が声を揃える。
「どないしたんやジュン坊。ぼーっとして。何か思い出したんか?」
「ジュン君。……大事な仲間が待ってるんでしょ? 急がなくちゃ」
「……ジュン? ……ぅぅ~、……ジュン……?」
安田の背に背負われたアリエスが、何事かを懸命に思い出そうとしている。
「あぁ……。悪ぃンだけど一旦戻らないと。後で追いかけるからさ」
「ぇ、ぇーーーっ!? ジュン君、そんなぁあっ! やだよぉっ!」
「……ッ!」
ジュピターとジュンとの間を慎重に往来していた視線が、ジュンに留まる。
「……待ていジュン坊ッ、ワシ等ぁ、一蓮托生の間柄じゃろがいッ」
「そ、そーですよっ! ぼ、ボク等はジュン君の傍を離れないぞっ」
取り巻き二人の間を潜り、引き返してきたジュピターが会話に割って入る。
「ちぇっ。ここまで来たのに引き返すってか。で、何で戻るんだ?」
「ディアナだ。ディアナともう一人、あの変な女を置いてきた……」
校舎前ではディアナが紫色の髪の少女と戦っていたハズ。安否が気になる。
「ディアナとセレス? あぁ。あの二人なら大丈夫。仲良しだから」
あっけらかんとしたジュピターの返事だったが、ジュンは疑念を募らせた。
「仲良し? ……なのに喧嘩してたって事なのか? 一体、何故?」
ジュピターはともかく、仲の良い二人の異星人が争う理由があるだろうか。

◇選手控え室◇
オォオォオ――……。
無機質な部屋で待ちぼうけを強いられる二人。ディアナと、小男プロミス。
つぶらな瞳を煌かせながら、プロミスがディアナを注意深く観察している。
「しっかし、まぁ、ぁっしの知ってる限り、ディアナって確かァ~」
「んー? 何よぁんたー。さっきからぁたしの事ジロジロと失礼ね」
「いや、へへッ、……ぁっしの勘違いかもしんねェんだけどな……」
やけに勿体ぶったプロミスの物言いに、ディアナは胡乱気に眉根を顰める。
「数千年前、宇宙船から失踪して以来、行方知らずだったハズでさ」
「ぁ、そぅ? 別に今、ぁんたの目の前に居るじゃん。ぁたしがさ」
ファサ――ッ。
ミニスカをひらひらさせるが、注意深いのか、小男は意外とノッてこない。
「ぁっしの知る限り、何者かにヤられたって記憶してンだがねェ~」
「へ。ぁたしが? 何処の情報? ぁははっ。ヤられてないからっ」
ヒクク――っ。
つり上げた口許が細かく痙攣する。卑屈な愛想笑いではぐらかすディアナ。
少女を注意深く観察していた小男の満面に、不気味な嗤いが広がってゆく。
「へッ、へぇッへへ。嬢ちゃん、……ぁっしらを誰や思てますんや」
「誰って? ハデスと下僕たちでしょ? ほら、もてなしなさいよ」
「……はぁ~?」
ビキビキ――。
小男のこめかみに無数の血管が浮かび上がる。小柄な身体が、震え出した。
「……舐めとんスか? ぁっし等の土俵で、……丸腰の分際でよぉ」
「丸腰になって欲しい? 別にいぃけど。土下座したら考えたげる」

ガタン――っ。
椅子から立ち上がるなり、ディアナは片足を上げて椅子の縁を踏みつけた。
カパぁ――っ。
派手に捲れ上がったミニスカの中身が露になる。が、――小男は動じない。
「へッ、何? ノーパン? そんな事でぁっしを懐柔しようって?」
「誰が懐柔するって? おいポチ、ぁたしの足、とっとと舐めなっ」
「ッ!? ぅッ、……ぅぅッ!」
――ガタンッ。
椅子が下がる。動揺するプロミスを冷然と見下ろし、不敵に嗤うディアナ。


