Excalibur



 ◇選手控え室◇

 ガチャッ――。
 控え室のドアが勢いよく開き、青い髪色の少女がぴょこっと顔を覗かせた。
「おっ待たせぇーっ♪ セレス連れて来たよぉーっ!」
「えぇーっ!? マジっスかぁ? ちょっと兄貴ィっ」
 大仰なリアクションで騒ぎ立てるプロミスを他所に、自然に対応する直人。
「良く来たな。こいつはプロミス。愛すべき付き人だ」
「……ふーん。なんだかパッとしない付き人だね……」
 青い眼をきょろっと小男に据えたまま、ディアナが冴えない表情をみせる。
「な、なな、なんスか、それ。ぁっしに失礼っしょ?」
「よせプロミス。この女が俺の相棒、……ディアナだ」
「はじめましてよろしくー。って感じでいーのかなー」
 ピキキ――。
 投げやりな対応に、こめかみに青筋を立てて憤慨する小男。大口を開いた。
「めっちゃビッチやないっスか! いんスか兄貴ィ?」
 下着が丸見えの超ミニスカ。丸い美尻。煽情的なニーハイが男を刺激する。
「なんスかあのコスプレ、だから女は嫌なんスよッ!」
 フー、フーッ。
 総身に激情を迸らせる男の怒りはちょっとやそっとでは治まりそうにない。
「プロミスッ!」
 ドンッ――。
 デスクを軽く叩く直人。びくっと身体を震わせた小男が、直人を仰ぎ見る。
「違うんスよ、……兄貴ィ、……ぁっしは、ただ……」
「まぁ落ち着けプロミス。あの女はあぁいう服なんだ」
 荒ぶる小男の肩をポンと叩いて宥めつつ、直人は静かな声音で安心させる。
「駅裏とか歩道橋の下に良く居るだろ? あんな女が」
「……ま、まぁ。それもそうっスね。へ、へへッ……」
 説得されて、憤りを懸命に鎮めるプロミス。が、顔面は未だに赤いままだ。
「ビッチだろうが今は仲間だ。信じれなくてどうする」
「そ、それもそうっスけど……、で、でも、兄貴……」
「ハデスの椅子に座りたいんだろ。どうなんだ、あ?」
「……ッ!」
 キラリ――。
 黒曜石の様なつぶらな瞳に煌めきが宿った。落ち着きを取り戻すプロミス。

 ◇選手控え室◇

 ――はぁ~……。
 ドア前から、憐れむ様な、蔑むかの様な、呆れ声の溜め息が聞こえてくる。
「ショートコントは終わったかしらぁー? 紹介いーかなぁー?」



 ドア前で然程興味なさげに聞き流していたディアナが、やおら口を開いた。
「ぉ~ぃセレスぅー。大丈夫だよ~。危ない人達じゃないって~」
「危ない? ……聞き捨てならねぇッスね。訂正して欲しいッス」
「まぁ待て、プロミス。頭に直ぐ血が上るのはお前の悪い癖だな」
「……ッ」
 グッと小男の肩を引っ掴んで黙らせると、直人はディアナに目配せをする。
「ぅん。わかってるってば。ほら、セレスっ、出ておいでよっ!」
「……っ」
 ス――っ。
 ドアの陰から、可憐なドレスを纏った紫色の髪の少女が怖ず怖ず顔を出す。
「げッ?」
 少女の姿に、絶句するプロミス。まさか本物が来るとは思わなかった様だ。
「ま、まま、マジでぇえ~っ? 本物のセレス嬢っスかァ~ッ?」
「どうみれば偽物に見えるんだ? セレスだ。お前の憧れのな?」
「な、ッ、変な事言わんでぇ兄貴ィ~、何で分かるんスかぁッ?」
 ヤマをかけたつもりだったが、どうも的中の様だ。清楚系がお好きらしい。
「上手くやれば……解るだろ? お前にもワンチャンあるよな?」
「へ、へへッ……、ま、マジっスか? 期待していぃんスかねっ」
「好きに選べるって言ったろ? 総てお前の持って生き方次第だ」
「へ、……へへッ、……ぁっしの、……腕一つって訳っスか……」
 ――ギラ、ギラッ。
 小男の眼の色が変わった。澱みきっていたつぶらな瞳に生気が漲っている。

 オォオォオ――……。
 生のセレス嬢を前にプロミスの面相が変わった。下品な笑いが形を顰める。
「ぁっしが、……この身に替えても、……お嬢様をお守りしやす」
「やれるのか? ハデスの部下に過ぎないお前が。護れるのか?」
「へへッ、そりゃセレス嬢は、……ぁっしの憧れでしたから……」
「……そうか……」
 ゴゴゴゴゴ――……。
 小男を遠巻きに見守る直人。決意を固めた男に、かける野暮な言葉はない。
「……という訳だ、ディアナ。セレス嬢は、プロミスに任せよう」
「は? こんな奴に? 本気で言ってンの? 正気じゃないよっ」
 拒否するディアナ。大事なセレスを初見の男に任せたくない気持ちは解る。
 が、自分達は謂わば異世界に迷い込んだ身の上。結局は還らねばならない。
「まぁ落ち着け。何れ俺達は元の世界に戻らなきゃならないんだ」
「まぁそうだけど……っ。でも、何でこんな訳わかンない奴にっ」
「実際に話してみて気付いた事だが、プロミスは信用出来る男だ」
「……はっ? 直人、本気なの? ぁんた絶対騙されてるって!」
 憤慨するディアナと裏腹に、プロミスは感激のあまり身体を震わせている。
「へへッ、嬉しいッス兄貴、……ぁっしの事、そんなにまで……」
「お前が俺に見込ませたんだ、プロミス。お前の実力なんだよ?」
「……ぅ、っ……、兄貴ィ……っ」
 おぉぉぉ――……。
 身を震わせて感涙に咽ぶ小男を尻目に、直人はセレスの傍へと歩み寄った。
「紹介が遅れて申し訳ない。俺は木崎直人。こちらはディアナだ」
「は、初めまして。セレスと申します。ぁの、初戦、見てました」
「あの試合を見たのか? なら、俺がどういう人間だか解るな?」
 清楚な美貌が曇る。俯き加減に、セレスが慇懃な口ぶりで言葉を絞り出す。
「……は、はぃ……。強くて、とても、容赦のない方、だと……」
「ちょぉっと兄貴ィ。ぁっしにもインタビューさせて下さいよぉ」
「すまない。大事な要件なんだ。少し席を外してくれないかな?」
 二人で話がしたい。プロミスのみならず、ディアナにも目配せで指示する。
「ちぇッ。よりにもよってこんなアバズレと二人でなんて……ッ」
「ふんだっ。変な事しよーとしたらただじゃ済まないかんねっ!」
「するわきゃねーだろッ! なにが愉しくてテメェなんぞ……ッ」
「ぁんたに言ってないバカっ! ぁたしは直人に言ってんのっ!」
 ギャーギャー……。
 口喧嘩でたちまち賑わう選手控え室から、足早にセレスを連れ逃げる直人。



 ワァ―、ワァ―……。
 相変わらず場内は支配人ジェスのマイクパフォーマンスが冴え渡っている。
「あぁーっとぉーッ! ここでザップ選手のパワーボムだぁーッ!」
「これは立てないでしょぉッ! おぉお? 立ち上がったぁーッ?」
 ドォオォオ――……。
 揺れる地下闘技場。割れんばかりの声援と喝采が飛び交い凄まじい音響だ。

 ◇人気のないロビー◇



 比較的落ち着いたロビーで相対する二人。控え室から然程遠くはなかった。
「……ここなら、ちょっとは落ち着いて話が出来そうだな……」
「ぁのっ。……そのぉ……。次戦の準備とか、いいんですか?」
 照明が割と薄暗い回廊内でも、夜眼が利く直人にはセレスの佇まいが解る。
 色白の美形だ。整った顔立ち。佇まいに気品が漂う。育ちが良いのだろう。
「俺は大丈夫だよ。それよりセレス嬢。そちらの方が心配だが」
「ぇ? 私の心配ですか? ……特にそのような心配事は……」
 困惑気に振る舞う彼女の様子からは、恐らく何も知らされてないとみえる。
「今回のワンデイトーナメント。優勝賞品がお前なんだけどな]
「……ぇ?」
 呆気に取られた表情を浮かべるセレス。どうやら何も知らされてない様だ。
「恐らくお前の親族が、勝手にお前を優勝賞品に仕立てたんだ」
「ぇ? そんな……。ハデス叔父様が? 私を大会の景品に?」
 薄暗がりの下、セレスの顔色が明瞭に曇るのが解った。衝撃を受けた様だ。
「まぁそんな事だろうと思ったが、……黙っては見過ごせない」
 己の姪っ子に当たるセレスの商品化。直人に対する挑戦状の様な気もする。
「人生はお前自身で選ぶべきだ。誰に干渉される筋合いもない」
「……で、でもっ。戒律に逆らう事は、……厳しい厳罰が……」
「だったら抗えッ。盲従など止めて自分の手で抗ってみせろッ」
 ディアナとの約束もある。相手の心に響くか否か懸命の説得を試みる直人。
 生き方は自分で選ぶべきだ。誰の為でもないセレス自身の幸せの為に――。
「厳罰だと? そんなモノ突っ撥ねればいいんだ。違うかッ?」
「ぅ、でも……っ。いきなりそんな、……私、今まで通り……」
 熱の籠った直人の力説だったが、まだ幼いセレスはしくしくと泣き始めた。
「今まで通り? これまで同様、ハデスの言いなりで満足か?」
「ぅ、……ぅぅっ……」
「解るよ。相手は王様だもんな。キングに逆らうのは怖いよな」 
 熱い口調が一転、優しい声音で少女を宥める直人。少女には荷が重そうだ。
 慣れ親しんだ家訓や戒律を破り、それに背く生き方は想像つかないだろう。
「大丈夫。俺も最初は怖かった。ただ、……何とかなったから」
「ぅぅ、……ぇ?」
 セレスの双眸が真っ直ぐに直人を仰ぎ見た。その肩の震えが鎮まっている。
 シーン――……。
 先ほどまでアレほど煽り立てていたマイクパフォーマンスが、……止んだ。



 オォオォオ――……。
 先程まで泣いていたセレスの身体の小さな震えが、嘘の様に鎮まっている。
「……木崎、……直人、でしたっけ? ……あなた、は……?」
「……」
 慎重な低い声。人がガラリと変わった様だ。ハデスの遠隔支配を疑う直人。
 何せこの世界はハデスの王国だ。影響下にない人物は目下、ディアナのみ。
「あぁ。そうだよセレス。俺の名前だが、……どうかしたか?」
「貴方、……世の摂理を、破ってますよね? 違うかしら……」
「悪いが人違いだ。俺は物理法則に反する様な生き方はしない」
 半ば本心、半ば歪曲――。旅客機墜落事故の生存率は限りなくゼロに近い。
 が、――直人は生還して、現に今、存在している――。
「そう……? 貴方とは会った事がある様な気がしますの……」
「……」
 直人の記憶にある限り、過去に、セレスの様な少女と出会った覚えはない。
 オォオォオ――……。
 不穏な雰囲気が満ちるロビーの角。先ほど迄の騒々しさが嘘の様に静かだ。
「闇の無限ループに堕ちる様な方には、共通の特徴があるのよ」
「――悪いがセレス、お前の質問にこれ以上答える予定はない」
 ――パンッ。
 セレスの両肩にやんわり手を叩き置くと、直人は静かにセレスを説得する。



「俺の作戦を聞いてくれ。お前をハデスの支配から解放したい」
「……私を口説き落とすつもり? ぅふふっ。呆れた男ね……」
「……ッ!」
 セレスの声音が、変わった。外見は幼いままだが、明らかに中身が異なる。
 ハデスの遠隔支配を受けている気配はない。隠れたセレスの本性だろうか。
「お前の為だと思っていたか? ディアナの為だ。彼女はなッ」
「……あの女はディアナじゃない。貴方も知ってるんでしょ?」
「ッ。……薄々な。が、俺が言ってるのはそういう事じゃない」
 パリ、バチィ――ッ。
 直人の総身から迸った怒りのスパークが、薄暗い回廊内を青い光で染める。
「彼女の必死の気持ちをお前が蹂躙しているかどうかだッ!!」
「……ぅふふっ。別にね……、蹂躙してるつもりはないわ……」
 バサァ――っ。
 優雅な所作で紫の髪を掻き揚げながら、セレスは禍々しい気品を漂わせる。
「だけど木崎直人。貴方はつくづく出過ぎた真似をしたわね?」
「……ッ?」
 ゴゴゴゴゴ――……。
 挑発的なセレスの宣戦布告に、爆発しそうな怒りを懸命に抑えつける直人。