Excalibur

 ◇選手控え室◇



 縦置き型の3Ⅾホログラムタブレットは、中継の合間に宣伝を混ぜてくる。
 ♪~ジャララァ~、ジャ~ァ~ァ~♪
『貴方の為の冠婚葬祭、ご用命はハーモニーハデス会館まで♪』
 聴き慣れない奇妙な音楽に載せて、満面の笑みを浮かべたハデスのCMだ。
 予想通り、先日セレスの居城で遭遇した初老の男と容貌はそっくりだった。
『プッ、ザぁー……。直人、木崎直人、……聞いているんだろ』
「……?」
「これはこれは兄貴ィ、ボスからの宣戦布告やないでスかぁ~」
 部屋の外は普通に番宣で賑わっている。ホログラムからのみ聞こえる様だ。
 ザぁぁ――……ヴンッ。
 ノイズの映像乱れが整い、二人の直ぐ眼前でハデスの姿が浮かび上がった。
 およそ一Mにも満たない立体映像だが、威厳と貫禄は十分に備わっている。



『キザキナオト、反逆せし者よ。ワシが憎いか。倒したいか?』
「あぁ。……倒したいね。ついでに、セレスって奴を解放しろ」
「ちょっ、兄貴ィっ! ちょっとはぁっしの事も考えてぇっ?」
『ワーハッハッハッ! その威勢、ワシは大層気に入ったッ!』
 哄笑が響く。ホログラムの男が嬉しそうに嗤った。直人を気に入った様だ。
『こちら側へ来るつもりはあるか? お前になら直ぐにも――』
「……断る。俺は誰の手下にもならん。自分の世話で手一杯だ」
 即断で拒否る直人。そもそも欲しいモノも何もない。現時点で足りている。
 強いてあげるなら――。否――。失ったモノを取り戻す事は摂理に反する。
『ん……? んん? ほぉう。そうか、……そうかそうか……』
「……?」
 ホログラム上の男が、直人を覗き込むような前屈み姿勢で、首を縦に振る。
『……お前、確か、墜落事故の……。生存者ではなかったか?』
 声が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。慎重に、腹の底を窺う様な、ハデスの問い。
「何時の情報だ? 悪いが俺は健忘症でね。直ぐ忘れるんだよ」



 ――バチィッ!
 刹那の火花が散る。タブレットがショートした。乱れた心中を整える直人。
「……下らねェ質問しやがって。……あの野郎、気に食わねェ」
「つーか兄貴ッ、ボスにめっちゃ気に入られてますやんッ!?」
 小躍りするプロミスが羨望の眼差しを注いでくる。が、正直どうでもいい。
 大胆なハデスの宣戦布告は、直人の闘争本能を悪戯に刺激しただけだった。
「兄貴ィ、ぁっしの事も頼んますよう。権力が手に入るんスっ」
 ガ――ッ。
 直人にしがみつく小男。黒曜石の様な瞳が、かつてない輝きを放っている。
「欲しいモンも、何ならハーレムだって何でも叶いまっさッ!」
 およそあらゆる欲望が手中に入るであろう事は、小男の様子からも明白だ。
 が、まるで魅力を感じない。どんな財宝も栄誉も色褪せて後には残らない。
「……要らん。俺には不要だ。余りしつこい様ならお前も……」
「ぁっ、ぁっ!? そりゃ駄目っス! それだけは許してっ!」
 ブンブン――っ。
 両手を慌しく振って懇願するプロミス。最初から直人も本気にはしてない。

 ◇選手控え室◇



 ほとぼりが冷めパイプ椅子に対面で腰掛ける二人。タブレットは故障中だ。
 試合観戦こそ出来ないが、呼び出しブザーが鳴れば試合に出るだけの事だ。
 ――特に問題はない――。
「チッ。……ハデスつったら、お前の上司にも当たるんだろ?」
「へッ。まぁ無関係とは言いませんが、理想の上司とは遠いス」
 意外と本音の様だ。観察して解ったが、この男は己の感情に嘘を吐かない。
 億劫な待ち時間を使って、少しずつでもハデスの情報を把握しておきたい。
「どういう所が理想的ではないんだ? もう少し具体的に頼む」
「目的の為にゃ手段を選ばねっスよ。非道でも何でもやる男ス」
「……へぇ。流石は冥界の王だな。実は憧れてもいるんだろ?」
 この世界では頂点に君臨する男だ。プロミスの眼には羨望の的に映るハズ。
「実は、……兄貴の生き様を見ていて、変わった気がするんス」
「……?」
「ぁっしの夢や野望なんざ本当下らねェって。気付いたんスよ」
「……」
 一瞥し、無言で頷く直人。自分の存在が、男の成長に少しは役立った様だ。
「人生ぁっという間ス。残るのは、確かに生き様だと思うスよ」
「……あぁ。その通りだ。わかってきたじゃないか、プロミス」
 この男、物分かりが意外と早い。地頭が良いのか、死生観を普通に語れる。
「ならプロミス。ハデスのやり方はどうだ。強引だと思うか?」
「えぇ。万象を時間で区切ってしょっ引くやり方。強引スよね」
「なら、時間。……要はエントロピーを双方向に出来ればいい」



 ゴトン――。
 直人はテーブル上のカップを倒すと、それをゆっくりと元に戻してみせた。
「どちらでも選べる。どちらが先か後かは無関係。同時進行だ」
「無限ループっスか? それって、終わりがないンじゃ……?」
 ウロボロスの環。或いはシーシュポスの岩。とも形容される、無限ループ。
 プロミスの困惑ぶりも解る。哲学的要素が多分に強く素人は混乱するハズ。
「いや、マルチで良くないか? マルチバースで双方向も可能」
「マルチで、……双方向? それって、じゃあなんなんスか?」
 眉を顰め、手で眉間を抑えつけながら、プロミスが必死に考え込んでいる。
 悩める小男を観察するのも悪い気はしない。が、適切な助言は必要だろう。
「要は未来も過去も、別次元にだって自由に往来可能って事だ」
「頭痛くなってきた……ちょっと何言ってんのかわかんないス」
「……あぁ、すまなかった。少しマニアックに走り過ぎた様だ」 
 ワァァア――……ッ。
 客席の歓声が一段そのボリュームを増した。ジェスの高い音声が鳴り渡る。
 多層構造の闘技会場はシューボックス形状となっており、音響効果は高い。
「あぁーッとォッ! ここでゼットンがダウンだぁあーーッ!」
「様子見かあッ? セブンはどうしますかねぇオリカさんッ!」
「……はいっ、セブン選手も体力の限界の様ですからねェーっ」
 ♪~ドムッ、ドムッ、ドムッ、ドムッ~♪
 立体音響が館内全域を揺らしている。ムービングライトがリング上を巡行。
 サスから照射される青白いサスペンションライトが会場内を華やかに彩る。 



 ガタン――っ。
 痺れを切らして椅子から立ち上がる直人。これ以上はディアナを待てない。
「ちょっと外の様子を見て来るよ。まぁ一通りは待ったからな」
 ハデスの管轄する地下闘技場だ。彼女が騒動に巻き込まれた可能性もある。
「ぁっ、兄貴ィッ! ぁっしは何してりゃいいんスかぁッ!?」
「適当に部屋で寛いでいてくれ。次の試合まで間もあるからな」
 ガチャ、バタン――。
 ドアノブを回し、後ろ手に扉を閉めつつ素早く人気のない廊下側へと出る。
「……」
 ディアナの遅刻の理由も不明だ。不測の事態にあるなら助力の必要がある。

 ◇エントランスホール◇



 ワァ―、ワァ―。
 貴賓席からやや離れたエントランスホールの一角に、人集りが出来ていた。
「そこじゃぁオラぁッ! やってまぇえッ!」
「そんな筋肉ダルマぁ、ボコってまぇやあッ」
 ゴッ、ゴッ、ゴッ――。
 重低音を響かせながら、青い髪の少女が屈強な筋肉質の男をボコっている。
 強引に馬乗りになり、無抵抗な相手を延々ボコる様はまさに狂気の沙汰だ。
「……っ!」
 回廊の壁際では、ガードマンに囲まれた顔面蒼白な幼い少女が震えている。
「ぁーもぅっ、硬いんだよっ。鍛え過ぎっ!」
 ゴッ、ゴッ――。
 相手の胸に馬乗りになったまま、追撃のパウンドを浴びせ続けるディアナ。
「やめんかいッ、何時まで殴っとんじゃッ!」
「よせぇッ、容赦ってもんを知らんのかッ!」
「そいつはもうええッ、俺の上に乗れやあッ」
 ぐぐぐ――……。
 セレスの護衛達が喚き立てながら、ディアナを力づくで引き剥がしている。
「しゃあッ、ワシぁあの小娘にいったるわ!」
「とんだサプライズじゃッ、全額張ったるゥ」
「セレスお嬢様が連れ去られるに全額じゃッ」
 バッサァあ――ッ。。
 ドル札が宙を飛び交い、金に餓えた賭博狂達が両手を高々と頭上に掲げる。
「こんな場外でッ、所持金ぜんぶいてまえや」
「やってまえッ! ロイヤルガード壊滅やッ」
「賞品狙とんのぁここに居るみんなもじゃッ」
 ワァー、ワァ―……。
 リング内の生中継とは別に、勃発した場外での乱闘すら賭博の対象となる。
 およそ考え得る総ての予想が賭けの対象となる、魔の地下闘技場の素顔だ。

 ◇エントランスホール◇

「賭けに負けた口か? 憂さ晴らしかよッ!」
「テロの可能性もある、お嬢様をお守りしろ」
「セレスお嬢様を、全力でお守りするんだッ」
 ザザァ――……。
 ガードを引き剥がす目論見が外れた。セレスの周囲に、筋肉の鎧が出来た。
「裏目に出ちゃったか……。くっ、放せよっ」
 バッ――。
 捕まれた腕を強引に振り解くと、ディアナは目標をセレスへと移し替えた。
「ワラワラ湧いてっ! キリないんだけどっ」
 ヴォン――っ。
 振り抜いた大振りパンチが空を切り、寸隙をハゲ男のタックルが炸裂する。
「うおらぁッ!」
「……はぐぅっ」
 ドボォッ――。
 スキンヘッドがドテッ腹に炸裂。もんどりうったディアナが尻餅をついた。
「散々仲間ぁコテンパンにしてくよったのぉ」
「ぅっ、ぁぐっ、ぁ、ゃめっ、……きゃんっ」
 ゴッ、ゴッ、――ゴンッ。
 顔を護ろうとガードした両腕の横から飛んで来たフックが、側頭部に直撃。
「……っ」
 視界に星が散った。口をパクパクさせるディアナ。意識が一瞬、遠くなる。
「おらトドメだッ! ネンネしちまいなッ!」
「……ぅ……」
 膂力をなくして横たわるディアナ。暗くなる視界の端に青い靄が横切った。
「ぎゃあッ!」
「……ぇ……」
 直ぐ頭上で男の悲鳴が上がった。ズッシリとした荷重が身体に圧し掛かる。
「……ぉらッ」
「ぶほぉおッ」
 ドボォ――ッ。
 何者かに蹴飛ばされ、圧し掛かっていた巨漢が何処かへと吹き飛んでゆく。
「遅ェぞお前」
「……ぁっ?」
 眼を上げた先に立っていたのは、両手をポケットに突っ込んだ直人だった。

 ◇ロビー◇



 ヴヴヴ――……ッ。
 エントランスホールを巡行していた青い靄が手狭なロビーへとシフトする。
「木崎流奥義、――春霞」
 ヴヴ、――ヴン……。
 姿が見え隠れする。標的をまともに捉える事すら出来ず護衛衆は沈黙した。
「ぎゃッ!?」
「ぐぁ……ッ」
「おごぉッ!」
 ゴッ、ガッ、ベキィ――。
 手狭な回廊内に無骨な打撃音が散り、男達の痛ましい悲鳴が回廊内を劈く。
 セレスを護衛するロイヤルガードが全滅するのに、時間はかからなかった。



「ちゃんと来い。遅刻するなよ」
「……ぇ……?」
 ――フッ。
 口許に浮かぶ微笑。ディアナに目配せすると、直人はその場から姿を消す。
「なんじゃ、何が起きたんじゃッ!?」
「コイツ等、勝手に倒れちまったぜッ」
「おぉい、賭けが成立しねぇだろぉが」
 ワァ―、ワァ―。
 予想外の展開に、混乱を極める場外の賭博者達。散らばった札が拾われる。
「俺の金だッ! 俺が見つけたんだッ」
「ボクのだよ! ちょっと待ってよっ」
「ワシの金じゃッ、お前等拾うなぁッ」
 ドォオォオ――……。
 手狭なロビーで喧嘩が勃発した。殴り合い、札をかき集めるデスレースだ。
「おぃゴルあッ! ワシの金じゃぞぉ」
「おじさんこっちだよー。べーっだ!」
 キャははは――っ。
 血塗れの小太り男が拾い集めた金が、ハイエナの子供たちにスられている。
「ちょ、……ちょっと待ってよぅっ!」
「ぁの、……ぉ姉ちゃん……だよね?」
「……ぇ、ぁ……? せ、……セレス」
 振り向いた直ぐ背後に、紫色のドレスを纏ったセレスが悄然と立っている。
「会いに来てくれたの、お姉ちゃん?」
「……ぁ、ぁははっ。……お久、かな」
 急な再会に口許をヒクつかせるディアナ。喜びより驚きの方が大きかった。