Excalibur



 ドォオォオ――……。
 館内がどよめきで揺れている。満場ほぼブーイングの嵐で満たされていた。
「あぁあああーーッ! ゴメスの野郎ォォオオッ! 許さねェエエッ!」
「しゃあッ、スッカラカンじゃッ! どないして過ごせちゅうねやッ!」
「運営側ぁ責任取れんのかあッ! こりゃ世界恐慌起きるでぇえッ!?」
 オォオォオ――……。
 試合に賭けた富裕層はごく一部ではあったが、何れも名うての名家揃いだ。
 当然、株価にも影響が出る。関連企業が衰退すれば市場全体の混乱を招く。
 破産者の続出、犯罪率上昇、観衆の暴徒化、賭博場全域の治安の悪化――。
 前回チャンピオンの不測の秒殺劇は会場全体に様々な影響を及ぼしていた。
「バカか? ……今時分、世界恐慌なんぞ起きねェよ……」
「へへッ、兄貴の圧勝でしたね、……ちょっと驚きやした」
 ザザぁ――……。
 暴徒の群れに巻き込まれない様、足早に花道へと引き揚げる二人の男――。
「おら待てやおどれらぁッ、賭けた額全部返せぇええッ!」
「ただじゃ返さへんでぇえッ! 覚悟しときぃやぁあッ!」
 ワァ―、ワァ―……。
 飛び交うブーイングの渦中を急ぎ足で控え室へと逃げる。まるで逃亡者だ。

 ◇選手控え室◇



 オォオォオ――……。
 騒然たる館内。丸テーブルを挟み例のパイプ椅子に対面上に腰掛ける二人。
「おい、約束通り、俺にちゃんと全額張ったんだろうな?」
「へへッ、御安心下せェ。そりゃもぅ。全額っスよ~……」
 ニカッ――。
 何処まで真実か、にこやかに嗤いながら小男が指でオーケイサインを作る。
「チッ、……守銭奴め。その金、せいぜい大事に使えよ?」
「兄貴についてきまさぁ。地の果てまでもね、へへッ……」
 キラリ――。
 黒曜石の様なつぶらな瞳が煌いた。自信に満ちた笑みを浮かべるプロミス。
「……そうか……」
 無関心を貫く直人。この機に乗じて小男が権力を得たいならそれも自由だ。
 魑魅魍魎の跋扈する裏社会で奴がのし上がりたいのなら好きにすれば良い。
「ぁっしと兄貴が手ェ組めば……、好き勝手やれまさぁ~」
「悪いがそれは無理だ。目的を果たしたら俺は他所へ行く」
 過去世界に縛られるつもりはない。安住は新たな成長の機を逸してしまう。
 飽くなき挑戦を続け自己研鑽を重ねる日々こそが魂の研鑽に必要な糧――。
「え~他所ってぇ? 兄貴ィ~そんな事、嘘っしょぉ~?」
「バカか。……どうでもいい嘘を吐いて一体、何になる?」
 食い下がる男に冷淡な眼を向けると、直人は無感情の憮然顔で言い放った。
「己の信ずる道を進むだけの事だ。お前も自分で道を拓け」
「……あ、兄貴ィ……ッ」
 普段の狡猾めいた饒舌さがすっかり形を顰め、一時の沈黙を保つプロミス。
「ぁっし等ぁ陽の当たる場所、……出れないんスかね……」
「だから何だ。そんなものどうでもいい。下らないんだよ」
 スターダムも檜舞台もどうでもいい。重要な事は己の信念を如何に通すか。
 他人の評価も世界情勢も移ろい褪せる。後に残るは己の生きた道程のみだ。
「へへッ。こんな薄暗い地下で、……陽の目も浴びず……」
「生き方は自分で選べる。裏社会を牛耳りたいのなら……」
 堅気に戻りたいなら戻ればいい。裏社会で名を馳せたいのならそれもいい。
 余計な世話だ。他人の生き方にまでわざわざ干渉をするつもりはない――。
「それも自由だ。お前の人生だ。好きに選べ」
「……そ、それもそうスけど。でも兄貴……」
 俯く付き人のプロミス。沈黙の中で一体何を思うかは本人のみぞ知る事だ。

 ◇地下闘技館内◇



 ざわ、ざわ――……。
 騒がしい館内は治安こそ悪いが、お祭り前夜の様な活気で満ち溢れている。
 特設リング上では、ワンデイトーナメントの初戦が引き続き行われていた。
「あーッと、ここでダウゥーンッ! モイネロ選手、ダウンだぁあーーッ」
「うぉおぉおッ! 立たんかいッ! もっと会場盛り上げんかいやあッ!」
「……ぐッ、……ぅぐぐ……」
 ぐぐぐ――……。
 中腰で両手を広げるモヒカンの挑発に、身を震わせながら立ち上がる小男。
「さぁーー! 不死鳥の異名を持つ我らがモイネロが帰ってきたぞぉッ!」
 ワァァァ――……。
 リング狭しと煽り立てる支配人ジェスのマイクパフォーマンスが冴え渡る。
 直人の秒殺劇以降、冷えきっていた会場内の熱気はすっかりと戻っていた。
「……」
 3Dホログラムから眼を離し、直人は席を立った。プロミスは所用で不在。
 今頃ハデスかその従者への直近報告だろう。仕事とはいえ心労は多そうだ。
「……」
 ワァ―、ワァ―……。
 次戦までには幾許かの間があった。偵察がてらセレスに謁見しておきたい。
 初戦の鮮烈な電撃デビューもあり、地下賭博場では一躍お尋ね者の身分だ。
「……」
 カチッ、ヴン――……。
 フードの迷彩をオンに切り替える事で、誰にも見つからず目的地へ行ける。

 ◇貴賓席◇



 貴賓席迄は遠くなかった。外張りのガラスは厚みがある。防弾なのだろう。
 真ん中付近の革張りの椅子にドレスで着飾ったセレスが上品に座っている。
「……」
 商品の覚悟があるとは思えない。無自覚なまま贈呈されるなら阻止したい。
 地下闘技自体がハデスの仕掛けた罠だろう。が、今は企みに乗るしかない。
「……お嬢様。どうぞこちらへ……」
「少し休憩してくる。お嬢様を頼む」
 読心術で読み取った会話は他愛ない内容だった。護衛達は交代で休む様だ。
「……チッ」
「ん……?」
 貴賓席の傍にディアナが立っていた。手早くコインで連絡を取る事にする。



 カシュ、カシュ――ッ。
 発火機能を学習した今、うっかり火を立てない様に注意を払う必要がある。
『個人的に幾つかセレスに質問をしたい。融通してくれるか?』
「んー。ぁんたがぁ? まぁ、たまには協力してあげるわよ?」
 両手を腰に添えたまま、澄まし顔のディアナが気取った物言いをしてくる。
「さっきは儲けさせて貰ったしさ♪ 今度も儲けさせてよねっ」
『……金の話には興味がない。それより、セレスの事なんだが』
 話を本筋に戻す。ディアナは面識がある様だが、直人はセレスを知らない。
『こっちは初対面なんだ。優勝賞品の事を少し知っておきたい』
「ぁたしに飽きたら今度は彼女を口説くの? やめといたら?」
『……は?』
 飽きる? 言っている意味が良く解らないが、嫉妬でもしてるのだろうか。
 口説くというのも意味不明だ。これまで女性を口説いた経験すらなかった。
『側近に気取られぬ様、彼女を選手控え室まで連れ出してくれ』
「彼女は優勝賞品だよ? そんな事、勝手にしていいと思う?」
 至極全うな言い分だ。が、優勝出来る保証もない。保険はかけておきたい。
 初戦こそ人間が出てきたが、次戦は恐らくはハードルを上げて来るだろう。
『上手い事やってくれよ? 出来る出来ないじゃないんだから』
「……ン……。まぁ、それもそっか。解った。やってみるね?」
 にこっとチャーミングな笑顔を見せるディアナ。この場は任せる事にした。
『俺は一足先に控え室で待機している。首尾よく頼むぜ、相棒』
「だーれが相棒よっ! 勝手に決めんなっ。べーーーっっだ!」
『……ふふッ』
 ザッ――……。
 しかめっ面で舌ベロを出す青髪の少女を尻目に、直人は控え室へ舞い戻る。

 ◇選手控え室◇



 ワァ―、ワァ―……。
 ジェフの独特のマイクパフォーマンスが音響を通じて館内中に鳴っている。
「しっかし、マジで来るんスかね、兄貴ィ……?」
「あぁ。……仲間に頼んでおいた。多分大丈夫だ」
 相対してパイプ椅子に腰掛ける二人の男。控え室の居心地にも慣れてきた。
 無機質で殺風景な場所ではあるが、場内の喧騒も然程なく落ち着いている。
「仲間ァ? 兄貴に仲間なんざぁ居たんスかぁ?」
「……失礼な奴だな。別に居たってよくないか?」
「……へへッ、そっスね。それもそぅっスね……」
 会話を通じ、プロミスがどうやら根っからの悪党じゃない事が解って来た。
 金に困り、今の闇賭博に流れ着いた彼なりの苦労と経緯がある事が解った。
「……借金、返すいい機会だろ? 次も全額だぞ」
「兄貴に乗りますよぅっ! そりゃ乗りますっ!」
「……調子のいい奴だな。返済して故郷に帰れよ」
 調子づくプロミスを眺めるのも悪くはないが、直人にはやるべき事がある。
 セレスの奪回。およびハデスの撃破。最終的には結界内からの脱出となる。

 ◇選手控え室◇

 少しばかり待ったが、ディアナが到着する気配は今の所、微塵もなかった。
「遅いっスねェ……、兄貴の相棒ってな、男で?」
「いや、女だ。青い髪色の、ディアナって少女だ」
「……ケッ。最悪だ。そんな女ァ居たなんて……」
「ッ? 何が悪いんだ? 別に居たっていいだろ」
「へ、へへッ、……まぁ、それもそうっスね……」
 苦虫を噛んだ面相を浮かべていたが、プロミスも自分なりに納得した様だ。
「……」
 遅い。ディアナは信用出来るだろうか。裏切る様な事態は想像したくない。