
ズシィン、ズシィン、……。
大音を立てて地面を揺らしながら、巨大な影が校舎前に急接近して来る。
「なにアレ?」
「……――ッ」
ズシィン――ッ。
学校屋上ほどの高さを誇るギガントが、角ばった棍棒を手に足を止める。
「オマエラ、ジャマ、……、ココデ、タオス。ウエノ、メイレイ」
ヒュォ――、ザッ。
高々と跳躍した黒い影が、ギガントの足元に着地し、慇懃にお辞儀する。
「主君に足止めを命じられこの地へ馳せ参じた。お覚悟を――ッ」
チャキ――ッ。
大剣を握った男は、黄金色の甲冑を着込んでおり、気品を漂わせている。
「ジュンっ! コイツ等――っ」
「あぁ……、新手の様だな。レディ達が待ってる。速攻で行くぞ」
「オゥケィっ」
ヴン――。顕現した大鎌を携え、身の丈十Mの巨人に対峙するアリエス。

ドガァア――……。
校舎前で大乱闘が起きている。前線二人が新たな異星人と交戦中の様だ。
「マジかよ……、ヘラクレスとタイタンじゃねーか?」
焦燥を募らせるジュピター。ハデスから通告を受けた自分も処罰対象か?
両者とも堅物だ。上の命令には絶対服従。話して解る様な連中じゃない。
「おいっ、……そこのお前だっ、聞いてンのかよっ!」
慌てて振り返るが、先程まで背後に立っていたハズの謎の男の姿がない。
「っンの野郎、一体何処へ行きやがったってんだよ!」
ディアナはセレスの展開した固有結界の中だが、……あの男は、何処へ?
オォオォオ――……。
手前に広がる校舎内には血の海と屍の山。息を荒げるセレスの姿がある。
「はぁ、はぁ……っ」
セレスは肩で息をしており、一段と辛そうだ。襲って来る気配すらない。
「へっ。自業自得ってンだ、澄まし顔で何っ時もバカにしやがって!」
パリッ――……。
両手に雷光を纏うジュピター。今のセレス相手なら、難なく倒せそうだ。
彼女の固有結界も解除され、幽閉された朋友ディアナも無事助け出せる。
「……っ」
が、――その手間も省けそうだ。セレスの固有マグマは尽きかけている。
理由が直ぐには浮かんでこない。標的は結界内に封じたハズ。なら何故?

オォオォオ――……。
山頂の断崖から揃って見晴らす景観美が、二人の眼に強い思い出を残す。
「大丈夫セレス? 何だか辛そうだけど?」
「え、えぇ。大丈夫。ありがとお姉ちゃん」
気丈に振る舞う幼少期のセレス。だが、肩で息をしており疲労は明白だ。
「何か私に出来る事があれば手伝うよ? ほら、あの怖い館の事とか」
「……ぅ、ぅん。そだね。でも、御免ね。私、お館様に逆らえないの」
「お館様……? セレス、あの家って貴女の屋敷だよね? 違うの?」
セレスの眼が寂しそうに沈んだ。
「えぇ……。本当はね、私、……ずぅっとあそこに幽閉されているの」
「幽閉って閉じ込められてンの? ……お館様に? なンて可哀相な」
「だからね、連れ出して貰えて、……嬉しい反面、本当は怖くて……」
「お仕置きとかされるん? 酷いね。どんな事されるん? 教えてよ」
「……っ」
セレスの鋭い眼光が、ディアナを盗み見た。
「その、……貴女の事も、既にお仕置き対象に入ってると思うの……」
「へっ? 私がぁ? なんで? 部外者なのに? 不思議だなぁ~♪」
「……御免なさい。私のせいで。お姉ちゃんを巻き込んじゃって……」
パッ、と顔を上げると、セレスは満面に精一杯の微笑を浮かべて見せる。
「もぉ帰りましょ、お姉ちゃん。お館様が、私を待っているから……」
「逆らえないんだね、その、……男に。私も何とかしてあげたいけど」
「その気持ちだけで嬉しいよっ。ありがと。お姉ちゃんっ」
「……っ」
夕下がりの森の中を掻き分け、暗い獣道を助け合いながら下山する二人。

ホゥ、ホゥ……。
麓まで降りた二人。辺りは薄暗く、梟の様な鳥の鳴き声が反響している。
「はぁ。はぁ。時間かかったねっ。ここまで来ればもー大丈夫かな?」
「あの……、お姉ちゃん?」
「ん? なぁにーセレス?」
快活に振り返るディアナの眼に、薄っすらと微笑むセレスの憫笑が映る。
「もぉ、……来なくても大丈夫だよ。私、強くなったから。……ね?」
「……。ぅん。そっかぁー。セレスがそう言うなら、わかったよっ!」
「さ、帰路を急ぐぞっ!」
「あ、ぅんお姉ちゃんっ」

分岐路付近で、振り向いたセレスの眦には、涙が薄っすらと滲んでいた。
「お姉ちゃんには、帰る場所とかって、……ないの?」
「ぇへっ。ちょっと帰り方が解んなくなっちゃって~」
ぁははは――っ。
白々しく両手を振りながら笑って誤魔化すディアナ。セレスが吹き出す。
「帰り方わからないなんて、お姉ちゃんてば変なのっ」
「ぁー。確かに変っていえばそーだよねー。ぁははっ」
ぁはははは――。
月明かりに照らされた夜の街角に、楽し気な少女の笑い声が弾けあった。
彼女は屋敷に帰らねばならない。彼女の生い立ちにまでは干渉出来ない。
「んじゃー、まったね~。忘れないでね、セレスっ♪」
「……ぁ、ぅ、……ぅんっ。さよなら。お姉ちゃんっ」
慎ましやかに手を振り返すセレスのドレス姿が、徐々に遠ざかってゆく。
つぎに会えるのは何時になるだろう。幼少期のセレスが寂し気に微笑う。

ガヤ、ガヤ――……。
再び夜の繁華街。昨夜の事は酒で良く覚えていない為、また行ってみた。
「……ん?」
昨夜と同じ居酒屋前に辿り着き、驚いて眼をキョトンとさせるディアナ。
真っ暗な店内は閑散としており人気がない。昨夜のあの熱気が嘘の様だ。
「は? 休業日? ふざけてんのっ?」
――ガタンッ。
玄関は施錠されており、侵入を試みようと裏口へ。勝手口が開いていた。
傍から見れば不法侵入者。だが、寝泊りさえ出来れば何処でも良かった。
「ごめんくださ~ぁいっ。勝手に入っちゃいますよーっ!」

ガラララ――……。
小声で囁きながら勝手に引き戸を開けて中に入る。ホールは無人だった。
ジャズが鳴っていたシックな店内も、今は無音。薄暗くて良く見えない。
「……ぇ?」
暗がりのホールに人の気配がした。中央の丸テーブルに誰か座っている。

「……誰っ! 誰かそこに居るの?」
「おい、……そろそろ、帰るぞ……」
直人の声だ。一瞬、脱力感に襲われるディアナ。やがて猜疑心が擡げる。
「は? ちょっとぉ。何であんたがここに居んのよぉー?」
「バカが。……ハーデスの攻撃に気が付かなかったのか?」
「ハーデスぅ? ここじゃまだ会った事もないけどぉー?」
嘆息一つ。人影がガタンと席を立つ。パチッ。電気の光が室内を照らす。
「……ぁっ?」
壊れた備品やテーブル。散らかったホール内は乱闘の爪痕が残っていた。
「っ」
今朝の閑散さを思い出すディアナ。居酒屋は無人だった。あの時、既に?
「ぁんた何時からここに居たの? 昨夜、それとも今朝?」
「そ、そんな事は関係ないだろ? お前が知る必要はない」
直人の態度が途端に白々しく変わる。声も、心なしか上ずっている様だ。

肝心な質問だった。もし昨夜に来たのなら助けてくれても良かったハズ。
「ふぅーん。貴方、なんか隠してない? 様子が変だけど」
「知らないって言っているだろ。しつこい奴は嫌われるぞ」
ゴゴゴゴゴ――……。
睨み眼で断ずる直人の気迫に圧され、ディアナは仕方なく話題を変えた。
「他の連中はどったの? 店のマスターとか居たっしょ?」
「縛り上げて別館の納屋ん中だ。猿轡のお陰様で静かだろ」
楽しくもなさげに憮然顔で吐き捨てる直人。顔はそっぽを向いたままだ。
「ふーん。そこまでやんなくたって。手加減て知らない?」
不満げに愚痴を零すディアナ。文句を言ってる割には満更でもない様だ。

目元、口許、零れる歯……仕草の端々にちょっとした笑顔が垣間見える。
「でもさぁ良く結界の中に入って来れたね。どやったの?」
以前から薄々勘付いてはいたが、直人は結界を突破する力が優れている。
恐らく知能が高いのだろう。本質を見抜く直観力に長けている節がある。
「……周波数だ。セレスの結界に固有の周波数を看破した」
いとも簡単に説明する直人。言うは容易いが中々実行できる事ではない。
セレスの結界が出す周波数に、己の周波数を共鳴させるのは至難の業だ。
「へぇ~。ぁんたやっぱ手強いね。将来私の敵になるかも」
「今の所、お前とやり合うつもりも、やり合いたくもッ?」
――ガタンッ!!
椅子に躓く直人。――らしくない。何かに動揺している感じさえ受ける。
「くッ、こんな所に、……椅子が、……ッ?」
「シタくないなら別にいーけど。でも何か隠してるよネ?」
「ッ!! 隠し事などないんだッて。いい加減にしろッ!」
ザ――ッ。
珍しく感情を顕わに怒声を上げると、直人はホールを後に路地裏へ出る。
「一生そこに居ろッ! セレスとやらの仮想世界になッ!」
「あっ! ちょぉっと~、待ちなさいよー、バカぁーっ!」
タタタ――っ。
小さなヒールの靴音が足早に追従する。居酒屋の勝手口を後にする二人。



