目を開くと見慣れた場所のような気がした。
 ……どこだっけ?
 萌音(もね)ちゃんの部屋ではない。頭がまだぼんやりとした状態で辺りを見渡す。

「ミルク、起きたか?」
「ニャ……(浬か)」
「俺、お前ごとスリング持ち帰ってきちゃったんだよねー。んで、萌音が今日は俺んちで預かってってさー」
 それは予想外の展開だ。
「どうするミルク? ここで寝るか、萌音んち帰るか。どっちみち隣なんだけどねー、ははっ」
 幼なじみで家も隣同士。家族同然のように家を行ったり来たり。
 すでに浬はお風呂に入ったようで部屋着姿だった。もうそんな時間になってたんだ。
「ミルク、飯まともに食ってないだろ。これ食ってから寝ろよ」
 そう言えば萌音ちゃんに夏祭りでフランクフルトを一口もらっただけだ。どうりでお腹の虫が鳴ると思った。
 浬の家にもキャットフードが常備してあって、浬が容器に出すとカラカラと音を立てた。
「いっぱい食えー」
 むさぼりつくように食べた。浬とは一度、男と男同士、腹を割って話したい(いや、どうやって?)と思ってたから泊まるのは丁度いいやと思った。
 お腹いっぱいになったので布団に潜り込んだ。

「お、潜ったってことはお泊り確定なー。じゃあ俺と一緒に寝ようなー。萌音じゃなくて残念かもだけど男同士つるむぞ」
「ニャッ(ほいキタ!)」
「よーっし、よし。可愛い奴だなぁ、お前。俺は好きだよミルクのこと。お前は俺のこと、どう思ってんのかな。好き? 嫌い?」
「ニャー」
「そっかそっか好きか。やっぱりな、俺いい奴だもんな」
 ボク、まだ『ニャー』としか言葉発してませんけど······と浬に突っ込みたいんだが。
 ああっ、実にもどかしい!
 今ここで、浬と話せたらいいのにって思う。伝えたいこと沢山あるのに。

 ベッドサイドの棚に小さなアロマディフューザーというものがあって、夜寝る前にこの灯りだけをつけて過ごすことが多い浬。落ち着くんだそう。
 舌を噛みそうで言いにくい名前のアロマディフューザー、スイッチを入れると灯りがつく。容器に水と好みのアロマオイルを数滴たらしてスイッチオン。
 最大の特徴は霧のようなものを噴霧してアロマの良い香りを部屋中に送り込むのだ。今日の香りはラベンダーらしい。
 ボクの鼻は効きすぎるくらいなので強い香りはちょっと苦手。

「クシュンッ──」
「ミルクごめん。香り系、猫はダメだったな! すぐ切るわっ」

 浬はそう言って、灯りはそのままにしてアロマディフューザーの機能のみスイッチを切った。換気もしてくれた。せっかく雰囲気作ってくれたのに浬ごめん。

 浬は枕とクッションを背もたれにして足を伸ばした。ボクは浬のお腹辺りに体を寄せた。
 萌音ちゃんの小さくて可愛らしい手とは対照的な、骨格のはっきりとした大きな手のひらでボクの体をあちこち撫でる。あまりに気持ちよくてゴロゴロと動いてしまう。

「なあ、ミルク。お前になら素直に言えそうだから聞いてくれる?」
 
 見上げると、浬の頬が暖色系の花束みたいな色に染まっていた。けれど、いつもと違う雰囲気を醸し出している。おとなしくしたまま彼の話を聞くことにした。