ちはるのおにめ

瑞貴(みずき)様という隊士で、月花様をとても慕っていたわ。任務ではいつも月花様と行動を共にしていた。というより、瑞貴様が月花様と組みたいといつも隊長に頼み込んでいたの」
 ふふふっと清良が笑いをこぼす。
「瑞貴様は月花様に憧れていたの。鬼人が邪気を纏うことは知ってるわよね?」
「はい」
「通常邪気を纏った鬼人は荒々しくなるものよ。けれど月花様は静かに邪気を纏うの。そして魔物を倒すと同時に静寂のまま邪気を鎮めてしまう。まるで眠っている間に降り積もった雪が朝日と共に消えていくようだ、と、蒼円様は言っていたわ」
 千晴は深く頷いた。
「そんな月花様に憧れる者は少なくないわ。瑞貴様もそうだった。憧れ、いえ、憧れ以上の崇拝に近い気持ちを持っていたのかもしれないわね」
「そんな方がどうして月花さんを?」
「……月花様が襲われた際、何を使われたかは聞いた?」
「毒、ですよね? 邪気を高める」
「そうよ。これは想像だけれど……憧れていたからこそ、だったんじゃないかしら」
「どういう意味ですか?」
「憧れていたからこそ、月花様がどれほどの強靭な鬼人と化すか、見てみたかったのではないかしら」
「そんな理由でっ?」
「あくまで想像よ」
 千晴を押しとどめるように、清良は手のひらを広げた。
「ただ、事件以前から瑞貴様がそうした発言をされていたのは事実なの。月花様の本気を見たい。あの方なら、もっと多くの邪気を纏ったとしても己を保ち戦うことができるはずだと。もともと月花様は邪気の扱いに長けた方。事件以前から祓い場を利用されることがほとんどなかったくらいだから。そして事件は起こり、状況的にも襲ったのは瑞貴様だと判断されたわ」
「証拠があったんでしょうか?」
「ええ。……あの日の月花様は全てを拒絶していたわ。邪気の影響もあってのことでしょうけど、深く傷ついてしまわれたのね」
 両手で湯呑を包み込み、清良は悲しいため息を落とした。
「事件から数日経って、月花様は自分を襲ったのは瑞貴様ではないとおっしゃって、他の隊士を疑う言動をなさったの。それで月花様と隊士達の間に亀裂が生じてしまったわ」
「犯人は他にいると……」
 清良が頷く。
「きっと自分を襲ったのは瑞貴様ではないと思いたかったのでしょうね。けれどそれは別の誰かを疑うことになる。私も月花様が隊士たちと言い争う場面に居合わせたことがあるのだけど……、みんな『疑うような目で人を見るな』と月花様に激しく怒っていたわ」
(疑うような目……)

 千晴は思う。月花は、邪気の痕跡を見つけようとしたのではないか。自分が目を凝らしたからこそ理解できる。かなり集中しなければ、邪気の痕跡は探せないだろう。

「月花様が祓い場を使わない理由は、仲間に裏切られた悲しみと、隊士達とあまり顔を見合わせたくないからなのでしょうね。以前は声をかければお顔を見せてくれることもあったのだけど、今ではもう」
「……そういうことなんですね……」
 千晴はそっと唇を噛む。
(月花さんが隊士を信用できないのは、犯人が瑞貴様じゃないからだわ。本当の犯人は今もどこかに潜んでいるんだから……)
 一刻も早く犯人を見つけ出したい。月花を安心させたい。そのために自分は何ができる?
 そうだ、と、千晴はひらめいた。
「清良さん、聞いてもいいですか?」
「ええ」
「祓い場には、月花さん以外の隊士の方達が集まるんでしょうか?」
「そうね。任務後は祓い場へ向かい、邪気を祓うのが決まりよ」
「では祓い場を見せていただくことってできますか?」
「えっ?」
「任務後、隊士の方達が集まっている時に」
 月花の邪気を探すなら隊士が一堂に集まる時がいい。それに任務の後であれば、隊士はみな自分の邪気を纏っているはず。月花の邪気が残っていれば判別しやすいかもしれない。我ながら冴えていると、千晴は少し興奮する。
 しかし。
「残念だけど、それはできないわ」
 きっぱりと清良が言った。
「隊士は当たり前のように邪気を扱うけれど、鬼人にとっては邪気とは己を左右する諸刃の剣。祓い師もまた、全身全霊で邪気と向き合わなければならない。そして祓い場は神聖な場所。認められた者しか入ることは許されないわ」
 清良の真剣な眼差しが千晴に突き刺さる。
(そうだ。月花さんも言っていたじゃない。命を差し出すって……)
 千晴の頭はカアっと熱くなり、後悔で埋め尽くされた。
「申し訳ありません……あまりに浅はかでした……」
「いいのよ。でも、どうして急に?」
「それは……、あの、邪気を祓うとはどういうことなのかと思って」
「ああ、そうよね。隊士の鬼目になったのだから、気になる所よね」
 表情を緩め、清良は顎に指を添える。
「そうね。邪気に吞み込まれないよう己を保つこと……祓い師はその補助を行い、時に直接手を差し伸べる、と言えばいいかしら」
「己を保つ……ですか?」
「鬼人の本質は戦にあり、という言葉は聞いたことあるわよね? 本質とは鬼人に眠る邪気を示すのでしょう。邪気を纏った鬼人は肉体も精神も戦うために変化する。そうでなければ、恐ろしい魔物に立ち向かうことなんてできないもの」
「それほどの力が眠っているということですね」
「そうね。邪気を祓うことは邪気から己を取り戻すこと。隊士たちは『精神より深い場所から己の水面へ浮かび上がること』と表現されるわ」
「己の水面……」
「ごめんなさい、上手く説明ができなくて」
「いえ、そんな」
「私も鬼人ではないから理解が及ばない部分もあるのだけど、それは言い訳。祓い師としてもっと学びを深めないといけないわね」
「すごいです。私なんてまだ……」
 何もできていない。胸の上で手を握りしめる。
「焦らない方がいいわ。千晴さんには千晴さんの役目が必ずあるもの」
「……はい」
「千晴さん。私からも聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「何でしょうか?」
「あなたの目のことなんだけれど」
「左目のことですよね。私は生まれつき右目だけが鬼目色なんです」
「まあ、生まれつきなのね。ごめんなさい。あなたのような鬼目には、初めて会ったものだから」
「いえ。誰でも気になることだと思います。本当に鬼目なのかと怪しまれても当然のことですから」
「鬼目でない者が異界へ渡ることはできない。こうして鬼道入りしたのだから、あなたは間違いなく鬼目よ」
 同じ鬼目であり、気品に溢れ、博識で優しい清良。彼女に認められたことがたまらなく嬉しくなり、千晴の胸はくすぐったく踊った。
「そうだわ。きっと近いうちに、鬼目会の案内状が届くはずよ」
「鬼目会?」
「鬼目たちの集まりよ。年に数回開かれるの。一緒に鬼道入りした鬼目の認定式も行われるわ。認定式には王法院(おうほういん)も出席されるの」
「王法院ですかっ?」
 鬼人の世界、その頂点に立つのは鬼人の王。王法院は王族のことを示す。
「そうよ。今回は代表として皇子が出席されると思うわ」
「皇子様、が……。緊張しますね……」
「大丈夫よ。式自体は短いものだし、いわば千晴さんの歓迎会だもの」
「それは、桜子もですよね」
「桜子?」
「昨晩鬼道入りしたもう一人お鬼目です。私の従妹で桜子といいます」
「鬼目が二人? 本当なの?」
「はい。私の家、鬼咲(きさき)家には鬼目が二人生まれたんです」
「なんて珍しい。しかも千晴さんの従妹なの。驚いたわ。本当に、此度の鬼道入りは驚くことばかりね」
 胸に手を当て、清良は自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「それならきっと鬼目会で会えるわ。楽しみね」
「そうですね……」
 千晴は小さく笑った。
「緊張しなくて大丈夫よ。気を楽にして参加してもらえると嬉しいわ」
「はい」
「今日は千晴さんと話せてよかったわ。同じ鬼目同士、これからよろしくね」
 優しい笑顔と言葉が心に響く。千晴は真っ直ぐに清良を見つめた。
「はい。こちらへ来て、初めてお会いした鬼目が清良さんでよかったです」
 千晴が言うと、清良は一瞬目を丸くさせ、そしてすぐに元の笑顔に戻った。