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「あんたの話、ひとっつも信じらんない」

 まるで土下座のような姿勢で頭を垂れ、小刻みに肩や震わせている人影を見ていた。あれは自分だ。かつての自分。
 その場はシンと冷えた雪景色。怒気と緊張感で充ちており、眺めているだけで表情がこわばる。

「そんな夢物語みたいな出来事、あるわけない。信じる方がおかしい、ありえないっ」

 自身に言い聞かせるような言い草は、口に出すことでそれを噛み締め、認め、頷くことを敢えて行っているようであった。

「けどじゃあ、ありえないとしたらっ、■■■はどこなの? あの足跡が半分なのはどうして?! あの続きは?!」

 ガバッと顔を上げ指差した先にあったのは『ドア』であった。その敷居を跨ぐように、踵側の足跡だけが最後に残っている。行ったきり――そう見て取れる足跡に、急速に肝が冷える。

「あの半分の足跡の続きはどこに繋がってんの?! どこに、っ、どこに……」

 ズッ、ズズッと鼻を啜る音が、常緑針葉樹の木々の合間に虚しく響き消えてゆく。やがてひたいが雪上に擦り付けられる。

「ハァー……ッ」

 荒らげた声で訊ねたものの、しかしその返答を待たずともとっくに答えをわかっていた。対峙した相手の話を「信じられない」のではない、「信じたくない」のである。そんなことは、当時の自身が一番よくわかっていた。
 雪の冷たさで赤くなっている膝や両掌が痛々しく滲み見える。しかしもはや温度などわからないのであろう。対峙した相手はなにとも言わず瞼を伏せている。

「かえして、かえしてよォ……」

 涙に混ざる悲痛な願い。低い声でただそれだけを呟き始めるかつての自分。

「■■■を、かえしてぇ。まだ何も、言えてない……何も伝えられてないっ、あたしは■■■に……■■■と……!」

 怒り、悲しみ、絶望、悔恨、落胆――あらゆる負の感情が渦となり、まるで全身に絡み付いているかのようだ。
 ギギュ、とかすかに聴こえたのは、その人が掌に雪を握った音。地についていた手をそのまま拳にし、雪と悔しさはそうして共に握られる。するとじんわりと体温で溶け、やがて水となった。水は周辺の雪に混ざるが、悔しさだけは混ざらない。
 負の想いだけを両手に宿し、自身の頬に擦り付ける。まるで、溢れ出る感情を含んだ涙を雪解け水に溶かすような。

「■■■をかえしてぇっ!」

 くくっとしゃくった拍子に、腹の底から想いが沸き立ち声に乗った。かつての自分は、そうして虚空(こくう)(むせ)び泣いていた。

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