開けた『ドア』の向こうは一転、灼熱世界であった。
むせ返るような熱風に襲われた一歩目で『狭間』から出るのを本能的に躊躇ったものの、容赦なくそこから吐き出されてしまえば『ドア』はやはり音もなく霧散していった。例によって下から上へキラキラと白んでゆき、間もなく空気に溶けてしまったので、輪をかけて悲壮感に襲われた。
「ここ、どこだ?」
「わからん」
「てことは、いつに来たのかも……」
「わからん」
その場に居るだけで汗が噴き出る程の暑さ。情けなしに肌や眼球へ突き刺さる陽射し。
慣れてきた目がとらえた光景は、深く澄んだ濃い青の空と、緩やかな山並みが幾重にも連なる赤みを帯びた砂、そして強く吹き付ける熱を纏った風――砂漠であった。
「ほんっとーに砂しかないねぇ」
「砂漠じゃしの」
「にしてもあっちーなぁ。室外機に顔近づけてるみてぇ」
「カラカラだからまだいいけど、くぅ暑いの苦手だから、このままじゃ溶けちゃうよぅ」
「安心しろ、人間は暑さじゃ溶けねーよ」
蘇芳の学ランとくぅのセーターは、それぞれ黄土色のローブに変わっていた。足首まで隠れる丈、鼻まで隠れる目深なフード、そしてかなり厚手の生地はもしやなにかの動物の皮かと思えてしまう。ローブの首もとはタートルネック様で隙間がないため、中に何を着ているのかがわからない。それはは陽射しから肌を護るためかとあとになって気が付いた。
「このままなにもない砂地でいつまでも突っ立っとれんじゃろ」
「だな。んじゃま、進むしかねぇか」
熱風や陽射しを防ぐため、蘇芳は迷わずフードを被る。気が付いていないらしいくぅにもフードを被せてやり、一歩一歩と砂地を進んだ。
「うえぇ、フード被っても暑いぃ。この中で干からびちゃうぅ」
「我慢しろ。これ着てねぇと日焼けじゃ済まねぇくらい陽射しがヤベーんだから」
三歩進んだところで「手足が焼けてしまう」と不快感をあらわにした夜さまが、蘇芳のローブの中へスルリと潜り込んできた。足元から侵入しふくらはぎをよじ登り、なかば無理矢理左肩に収まる。
そのときになってようやく認識した履き物は、これまた特殊なものであった。なにかの柔い皮製のブーツで、粗い縫い目ながらもこれまた隙間がない。上手く砂に埋もれない造りになっているらしく、雪上を行くかんじきのように埋まらない仕組みなのだろうかと蘇芳は歩みごとに勘ぐっていた。
「すぅちゃん、お水飲んでもいい? 貰った竹筒のやつぅ」
「いいけど、二本しかねーんだからがぶ飲みすんじゃねーぞ。大事に飲めよ?」
「はあーい!」
「すぅ。あの右手に見える砂山を越えるのじゃ」
「右の砂山? ……って。むっちゃデケーじゃん! あれ登んの?!」
「ええーっ?! いくら夜さまの頼みでも無理だよう! すぅちゃんくぅのこともおんぶしてぇーっ。それか肩車ぁ!」
「ウルセー、ワガママ言うなっ」
「えーん! 暑いぃ、疲れたぁ、砂に足取られるぅー」
「いちいち口に出すなよ、ますますイライラすんだろーがっ」
「うぇーん、すぅちゃんの鬼ぃ。夜さまのイジワルゥ。くぅのことも丁重に扱ってよぅ!」
「泣き真似する余裕はあんのかよ」
砂地を進むにつれ、徐々に右側がせり上がるかたちの斜面になっていく。それは斜面を登っている確たる証拠であるが、淡々と疲労だけが上乗せされていく。
砂地の斜面は進んだ心地がしない。緩やかなりとも斜面であることから、いまにも溶けてしまいそうなのろい歩みとなるのは必至である。
「夜、さまっ。なんで、右に、進路、とったの」
「越えらば恐らく建造物が見えるよって」
ヘェヘェとだらしない口元で問う蘇芳。反して涼しげで普段どおりの口調を徹せている夜さま。その反応にイライラは積もる。
「恐らく? 建造物? なんで、わかんの」
「気配でわかる。あちらから術者の力を感じるよって」
「へー、そー」
術者だとか力を感じるだとか、そんなことを訊ね返す気力はない。登っているこの砂山を越えた先に目標物があるというのであればそれに従うまでだ、と蘇芳は頭の中から余計なことを一掃していた。
「あづい。ちゅかれた。あづい。ちゅかれた」
「くぅ、一歩ごとに言うな。こっちまで疲れ増えるだろ」
「もう少しじゃ。ややもすると砂山の頂に着く。さすれば建造物が見えよう」
「わがだっ。くぅ、なんとか、がんばりゅ」
「夜さま。この珠、首から下げとくとか、そーゆーふーに、できる?」
「の? 握り締めとるのも限界じゃろ。じゃて『狭間』で埋めるのがよいと言うたんじゃ」
「埋めたら、また、取り出せる?」
「言うまでもあるまい。ヌシの元来の荷もそうして埋めてあるゆえ」
「はあ? それって、俺の学校の鞄とか、携帯とか?!」
「今更気が付くとは。すぅはまだまだ未熟じゃな」
「だーっマジかよ、なんかねぇなって、思ってたんだよな! わあ、マジかぁ、埋めてあるとか……はあ。つか夜さま、すげー埋めたがり、だよな。さすがにちょっと、引くわ」
「なぜじゃ。失くさず済むじゃろ。斯様に利便的なこともなかろう?」
「俺はそっちより、夜さまの、常識外れな思考に、引いてんだけどね」
「夜さますぅちゃんっ、見て見て!」
蘇芳の右を歩いていたくぅが、突然ピタリとその足を止めた。肩を上下させつつ「どした」と窺えば、くぅはフードの奥で喜色に顔をほころばせ、前方遠くの一点を幾度も指しはじめる。
「すんっごいおっきい建物!」
くぅの言うとおり、進んでいた砂山の前方になにやら大きな城壁様の建造物を見留めた。どうやら歩みの果てに、無事砂山の頭頂へと達したらしい。蘇芳は目深のフードを手の甲で押し上げ「おお」と感嘆を漏らした。
「なんだ、あれ? なんか、漠然とすげぇ」
地に広がる赤みを帯びた砂よりも薄い色の建造物。黄土色よりも金色に近いため荘厳な印象を受ける。
「とりあえず、そこでお水、貰おーよっ」
「だな。つーか、どうせなら、しばらく休まして、もらおーぜ。さすがに日射病、なりそ」
「だねーぇ、さーんせーい」
目標到達点が目視できただけで瞬時に確かな足取りとなる。砂山の下り坂を、転げ落ちぬよう気を配りながらズンズンと下っていく蘇芳とくぅ。「随分現金じゃな」と蘇芳の左肩で苦笑いの夜さま。
そのとき。
ヒュンッ、ヒュンッ、と相次いで飛んでくる何か。進行方向である建造物側から直線的に飛んできて、まもなく足元の砂上に刺さって消える。
蘇芳がそのことを認識した直後、くぅとの合間を直線的に、再び『何か』が抜け砂地に刺さる瞬間を見た。矢だ。
「すぅちゃん、なんか飛んできて……」
「くぅ止まれ、伏せろッ」
ゆるりと振り返った前方のくぅへ、咄嗟に右腕を伸ばす蘇芳。砂地の斜面での緊急事態という状況下で、くぅは足をもつれさせ体勢が崩れた。ローブの中の夜さまは、蘇芳の左肩からするりと抜け出し、熱い砂地へ下り立つなりくぅの元へと駆け出す。
すると第三射が射られた。一本はくぅの頭上を掠め、一本は夜さまの間近の砂地を射止め、そして一本はザシュと鈍い音をたててどこかに刺さった。
「……え」
不可思議な衝撃に、蘇芳は二歩ほど後方へふらつく。
左肩がじんわりと熱い。数秒前まで夜さまが居た場所である。夜さまの体温ではない熱が、じんわりと、やがてズキンズキンと左肩に滲み広がっていく。
「すっ、すぅちゃんっ」
熱砂の突風でフードが外れ、あらわになったくぅの顔面は蒼白そのものであった。悲鳴に似た甲高い呼びかけが、真っ青な晴天に高く抜ける。
「すぅちゃん! やだ、すぅちゃあん!」
「くぅ、動くでないっ!」
グラリと視界が揺れ、傾く。熱い左肩に触れようとしたとき、同じザシュと鈍い音をたてて左脇腹にも衝撃が加わった。
「や……だ、いやぁっ! すぅちゃん、すぅちゃんがっ!」
膝の力が抜け、その場に崩れ落ちる。そうなりようやく肩と脇腹の衝撃をきちんと認識した。
矢が刺さっている。蘇芳の左肩と左脇腹に、矢が一本ずつ刺さっている。
「なっ、んだ、これ?」
「だめ抜かないで! やだ、お腹も血が……夜さま早くっ。早く『魔法』でっ」
腹這いのくぅの栗色の双眸からみるみるうちに涙があふれ、ボロリボロリと砂地に落ちていく。
「すぅ、しっかりせい! すぅっ!」
なに言ってんだ。俺はしっかりしてるよ、夜さま――。
頬に貼り付いた赤い砂が熱い。口にも入ったのではないかと妙なところに気がまわる。
「すぅちゃん?! ねぇ、すぅちゃん、お願いしっかりして、すぅちゃん!」
ボタ、ボタ、と降るようなくぅの涙粒が、蘇芳の頬に冷たく落ちてくる。覆い被さるように蘇芳の頭部を囲われたことには気が付いているものの、いつくぅがここまで這ってきたのかはわからない。
「死んじゃやだぁ!」
バカ、死なねぇよ。こんくらい、なんでもねぇから。だから――。
狭窄しゆく視界。合わなくなってゆく焦点。目を開けていられそうにない。必死に名を叫ぶくぅの声が、ただただ遠くから響き耳に入る。
声、枯れちま うだろ が 黙っ て ろ。
「すぅちゃんっ!」
そう声に出したつもりで、しかしその口は既に動いていなかった。
「…………」
間もなく、蘇芳はゆっくりと目を閉じた。
むせ返るような熱風に襲われた一歩目で『狭間』から出るのを本能的に躊躇ったものの、容赦なくそこから吐き出されてしまえば『ドア』はやはり音もなく霧散していった。例によって下から上へキラキラと白んでゆき、間もなく空気に溶けてしまったので、輪をかけて悲壮感に襲われた。
「ここ、どこだ?」
「わからん」
「てことは、いつに来たのかも……」
「わからん」
その場に居るだけで汗が噴き出る程の暑さ。情けなしに肌や眼球へ突き刺さる陽射し。
慣れてきた目がとらえた光景は、深く澄んだ濃い青の空と、緩やかな山並みが幾重にも連なる赤みを帯びた砂、そして強く吹き付ける熱を纏った風――砂漠であった。
「ほんっとーに砂しかないねぇ」
「砂漠じゃしの」
「にしてもあっちーなぁ。室外機に顔近づけてるみてぇ」
「カラカラだからまだいいけど、くぅ暑いの苦手だから、このままじゃ溶けちゃうよぅ」
「安心しろ、人間は暑さじゃ溶けねーよ」
蘇芳の学ランとくぅのセーターは、それぞれ黄土色のローブに変わっていた。足首まで隠れる丈、鼻まで隠れる目深なフード、そしてかなり厚手の生地はもしやなにかの動物の皮かと思えてしまう。ローブの首もとはタートルネック様で隙間がないため、中に何を着ているのかがわからない。それはは陽射しから肌を護るためかとあとになって気が付いた。
「このままなにもない砂地でいつまでも突っ立っとれんじゃろ」
「だな。んじゃま、進むしかねぇか」
熱風や陽射しを防ぐため、蘇芳は迷わずフードを被る。気が付いていないらしいくぅにもフードを被せてやり、一歩一歩と砂地を進んだ。
「うえぇ、フード被っても暑いぃ。この中で干からびちゃうぅ」
「我慢しろ。これ着てねぇと日焼けじゃ済まねぇくらい陽射しがヤベーんだから」
三歩進んだところで「手足が焼けてしまう」と不快感をあらわにした夜さまが、蘇芳のローブの中へスルリと潜り込んできた。足元から侵入しふくらはぎをよじ登り、なかば無理矢理左肩に収まる。
そのときになってようやく認識した履き物は、これまた特殊なものであった。なにかの柔い皮製のブーツで、粗い縫い目ながらもこれまた隙間がない。上手く砂に埋もれない造りになっているらしく、雪上を行くかんじきのように埋まらない仕組みなのだろうかと蘇芳は歩みごとに勘ぐっていた。
「すぅちゃん、お水飲んでもいい? 貰った竹筒のやつぅ」
「いいけど、二本しかねーんだからがぶ飲みすんじゃねーぞ。大事に飲めよ?」
「はあーい!」
「すぅ。あの右手に見える砂山を越えるのじゃ」
「右の砂山? ……って。むっちゃデケーじゃん! あれ登んの?!」
「ええーっ?! いくら夜さまの頼みでも無理だよう! すぅちゃんくぅのこともおんぶしてぇーっ。それか肩車ぁ!」
「ウルセー、ワガママ言うなっ」
「えーん! 暑いぃ、疲れたぁ、砂に足取られるぅー」
「いちいち口に出すなよ、ますますイライラすんだろーがっ」
「うぇーん、すぅちゃんの鬼ぃ。夜さまのイジワルゥ。くぅのことも丁重に扱ってよぅ!」
「泣き真似する余裕はあんのかよ」
砂地を進むにつれ、徐々に右側がせり上がるかたちの斜面になっていく。それは斜面を登っている確たる証拠であるが、淡々と疲労だけが上乗せされていく。
砂地の斜面は進んだ心地がしない。緩やかなりとも斜面であることから、いまにも溶けてしまいそうなのろい歩みとなるのは必至である。
「夜、さまっ。なんで、右に、進路、とったの」
「越えらば恐らく建造物が見えるよって」
ヘェヘェとだらしない口元で問う蘇芳。反して涼しげで普段どおりの口調を徹せている夜さま。その反応にイライラは積もる。
「恐らく? 建造物? なんで、わかんの」
「気配でわかる。あちらから術者の力を感じるよって」
「へー、そー」
術者だとか力を感じるだとか、そんなことを訊ね返す気力はない。登っているこの砂山を越えた先に目標物があるというのであればそれに従うまでだ、と蘇芳は頭の中から余計なことを一掃していた。
「あづい。ちゅかれた。あづい。ちゅかれた」
「くぅ、一歩ごとに言うな。こっちまで疲れ増えるだろ」
「もう少しじゃ。ややもすると砂山の頂に着く。さすれば建造物が見えよう」
「わがだっ。くぅ、なんとか、がんばりゅ」
「夜さま。この珠、首から下げとくとか、そーゆーふーに、できる?」
「の? 握り締めとるのも限界じゃろ。じゃて『狭間』で埋めるのがよいと言うたんじゃ」
「埋めたら、また、取り出せる?」
「言うまでもあるまい。ヌシの元来の荷もそうして埋めてあるゆえ」
「はあ? それって、俺の学校の鞄とか、携帯とか?!」
「今更気が付くとは。すぅはまだまだ未熟じゃな」
「だーっマジかよ、なんかねぇなって、思ってたんだよな! わあ、マジかぁ、埋めてあるとか……はあ。つか夜さま、すげー埋めたがり、だよな。さすがにちょっと、引くわ」
「なぜじゃ。失くさず済むじゃろ。斯様に利便的なこともなかろう?」
「俺はそっちより、夜さまの、常識外れな思考に、引いてんだけどね」
「夜さますぅちゃんっ、見て見て!」
蘇芳の右を歩いていたくぅが、突然ピタリとその足を止めた。肩を上下させつつ「どした」と窺えば、くぅはフードの奥で喜色に顔をほころばせ、前方遠くの一点を幾度も指しはじめる。
「すんっごいおっきい建物!」
くぅの言うとおり、進んでいた砂山の前方になにやら大きな城壁様の建造物を見留めた。どうやら歩みの果てに、無事砂山の頭頂へと達したらしい。蘇芳は目深のフードを手の甲で押し上げ「おお」と感嘆を漏らした。
「なんだ、あれ? なんか、漠然とすげぇ」
地に広がる赤みを帯びた砂よりも薄い色の建造物。黄土色よりも金色に近いため荘厳な印象を受ける。
「とりあえず、そこでお水、貰おーよっ」
「だな。つーか、どうせなら、しばらく休まして、もらおーぜ。さすがに日射病、なりそ」
「だねーぇ、さーんせーい」
目標到達点が目視できただけで瞬時に確かな足取りとなる。砂山の下り坂を、転げ落ちぬよう気を配りながらズンズンと下っていく蘇芳とくぅ。「随分現金じゃな」と蘇芳の左肩で苦笑いの夜さま。
そのとき。
ヒュンッ、ヒュンッ、と相次いで飛んでくる何か。進行方向である建造物側から直線的に飛んできて、まもなく足元の砂上に刺さって消える。
蘇芳がそのことを認識した直後、くぅとの合間を直線的に、再び『何か』が抜け砂地に刺さる瞬間を見た。矢だ。
「すぅちゃん、なんか飛んできて……」
「くぅ止まれ、伏せろッ」
ゆるりと振り返った前方のくぅへ、咄嗟に右腕を伸ばす蘇芳。砂地の斜面での緊急事態という状況下で、くぅは足をもつれさせ体勢が崩れた。ローブの中の夜さまは、蘇芳の左肩からするりと抜け出し、熱い砂地へ下り立つなりくぅの元へと駆け出す。
すると第三射が射られた。一本はくぅの頭上を掠め、一本は夜さまの間近の砂地を射止め、そして一本はザシュと鈍い音をたててどこかに刺さった。
「……え」
不可思議な衝撃に、蘇芳は二歩ほど後方へふらつく。
左肩がじんわりと熱い。数秒前まで夜さまが居た場所である。夜さまの体温ではない熱が、じんわりと、やがてズキンズキンと左肩に滲み広がっていく。
「すっ、すぅちゃんっ」
熱砂の突風でフードが外れ、あらわになったくぅの顔面は蒼白そのものであった。悲鳴に似た甲高い呼びかけが、真っ青な晴天に高く抜ける。
「すぅちゃん! やだ、すぅちゃあん!」
「くぅ、動くでないっ!」
グラリと視界が揺れ、傾く。熱い左肩に触れようとしたとき、同じザシュと鈍い音をたてて左脇腹にも衝撃が加わった。
「や……だ、いやぁっ! すぅちゃん、すぅちゃんがっ!」
膝の力が抜け、その場に崩れ落ちる。そうなりようやく肩と脇腹の衝撃をきちんと認識した。
矢が刺さっている。蘇芳の左肩と左脇腹に、矢が一本ずつ刺さっている。
「なっ、んだ、これ?」
「だめ抜かないで! やだ、お腹も血が……夜さま早くっ。早く『魔法』でっ」
腹這いのくぅの栗色の双眸からみるみるうちに涙があふれ、ボロリボロリと砂地に落ちていく。
「すぅ、しっかりせい! すぅっ!」
なに言ってんだ。俺はしっかりしてるよ、夜さま――。
頬に貼り付いた赤い砂が熱い。口にも入ったのではないかと妙なところに気がまわる。
「すぅちゃん?! ねぇ、すぅちゃん、お願いしっかりして、すぅちゃん!」
ボタ、ボタ、と降るようなくぅの涙粒が、蘇芳の頬に冷たく落ちてくる。覆い被さるように蘇芳の頭部を囲われたことには気が付いているものの、いつくぅがここまで這ってきたのかはわからない。
「死んじゃやだぁ!」
バカ、死なねぇよ。こんくらい、なんでもねぇから。だから――。
狭窄しゆく視界。合わなくなってゆく焦点。目を開けていられそうにない。必死に名を叫ぶくぅの声が、ただただ遠くから響き耳に入る。
声、枯れちま うだろ が 黙っ て ろ。
「すぅちゃんっ!」
そう声に出したつもりで、しかしその口は既に動いていなかった。
「…………」
間もなく、蘇芳はゆっくりと目を閉じた。
